「ただ赤く、美しかったから」
「ただ赤く、美しかったから」
あらすじ
・悠人は、道端で捨てられたゴミや落ちているものに心を動かされる少年。
・ある日、民家の庭先に置かれた真っ赤なトマトを見つける。
・ただ「美味しそう」「赤がきれい」と思っただけで声をかけるが、返ってきた言葉は「お金ないの?」。
・悠人は少し寂しさを抱きながらも、そのトマトをひと口かじり、心の中でこう呟く。
「これは夢のカケラだ。僕にとっては"価値”じやなく、“輝き"だから。」
夕暮れの路地。
軒先に並ぶ木箱の中で、ひときわ赤く光るトマトがあった。
悠人は足を止め、しばらく見つめていた。
それはただの野菜ー一けれど彼の目には、宝石のように映った。
......食べてもいいですか?」声をかけたのは、そこにいた年配の人。
返ってきたのは少し意外な言葉だった。
「お金ないの?」
悠人は首を横に振った。
「あります。でも.....赤くて、きれいで。だから、欲しいと思ったんです。」
一瞬の沈黙ののち、手渡されたトマト。
悠人は両手で受け取ると、そのままかぶりついた。
甘さと酸味が広がる。
口の端から零れ落ちた果汁が、頬を伝って滴り落ちる。
「.....やっぱり、夢のカケラだ。」
小さく呟いた声は、誰にも届かない。
人は、価値をお金に換えて測ろうとする。
けれど悠人にとっては、ただ心が動いた瞬間こそが、かけがえのない価値だった。
食べ終えた後、手のひらに残った小さなトマトの欠片が、夕日を浴びて淡く光る。
風に吹かれて、光の粒となって空に溶けていった。
悠人は笑った。
「僕にはまだ、この世界がこんなにも輝いて見えるんだ。」
そして再び歩き出す。
ゴミも、落とし物も、ありふれた日常も。
すべては、彼にとって夢のカケラだった。