第7章 最初の警告
夜の北浜商店街は、昼間とはまるで別の顔を見せていた。
シャッターの降りた店舗の並びに、ネオンの明かりだけが点々と残り、風が吹くたびに遠くの風鈴がかすかに鳴る。
俺と龍也、それに元暴走族の仲間二人は、練習を終えてコンビニで買った缶コーヒーを片手に、商店街を通って帰路についていた。
「今日は悪くなかったな」
龍也が、少し息を弾ませながら言った。
「全員、素振りのフォームが前より安定してた。バット握ると、やっぱ変わるんだよな」
「道具の魔力ってやつだな」
俺が笑いながら答えると、少しだけ空気が和んだ。
――その瞬間、背筋を氷の刃でなぞられたような感覚が走った。
後方から、低くうなるエンジン音。
振り返ると、黒塗りのワゴン車が、ゆっくりと、しかし確実に俺たちに近づいてくる。
スモークのかかった窓の向こうで、何人かの影が動いた。
「……来たな」
龍也の声が低く沈む。
俺たちは足を止めた。ワゴンはすぐ後ろで止まり、スライドドアが音を立てて開く。
降りてきたのは、スーツ姿の男が三人。
中央に立つのは、鋭い鷲のような目をした男――鷹野だった。
「よぉ、ガキども。いい汗かいてるじゃねぇか」
笑っているが、その目は一片も笑っていない。
「何の用だ」
俺が一歩前に出ると、鷹野はポケットから煙草を取り出し、火をつけた。
煙が夜風に混ざり、甘ったるい匂いが鼻に残る。
「用なんて単純だ。お前ら、野球部なんざやめろ」
「……は?」
「耳が悪いのか? この街で何をやるにも、許可ってもんがいる。ましてや、お前らみたいな厄介者が人集めなんて――目障りなんだよ」
仲間の一人が口を開きかけたが、鷹野の背後に立つ大男が一歩前に出るだけで、その声は喉奥で消えた。
筋肉で盛り上がった腕、首筋に覗く龍の刺青。明らかに現役の武闘派だ。
「忠告はこれで終わりだ。次は、道具も場所も――お前らの体も無事じゃ済まねぇ」
鷹野はそう言い、足元に何かを落とした。
転がったのは、俺たちが倉庫から見つけた古いボール。
だが、縫い目には赤いスプレーで大きく「×」が描かれていた。
ワゴンが走り去ったあと、商店街には不自然な静けさだけが残った。
仲間の一人が震える声で言う。
「……どうする? 本当に、やめた方が……」
「やめねぇよ」
俺は短く答えた。
喉の奥が焼けるように熱く、拳の中で爪が掌に食い込む。
恐怖は確かにあった。だが、それ以上に、踏み潰されたプライドの方が重かった。
「俺たちは、やるって決めたんだ。あいつらに指図される筋合いはねぇ」
龍也が、ゆっくりと頷く。
「なら、覚悟決めろよ。これはもう遊びじゃねぇ」
「ああ」
翌日、グラウンドに着くと、フェンスの一部が切り裂かれ、倉庫の扉がこじ開けられていた。
中のバットやグローブは、すべて破壊されていた。
昨日の「警告」は、もう行動に移されていた。
俺は、握った拳をゆっくりと開き、破片になったバットを見つめた。
これは単なる野球部再建の話じゃない――生き残るための戦いが、もう始まっている。