第5章 交錯する視線
港七番倉庫での騒動から一夜明け、蓮は留置場の硬いベンチに腰を下ろしていた。
警察の取り調べは夜通し続き、ほとんど眠っていない。
向かいに座る刑事が、冷めたコーヒーをすすりながら書類をめくる。
「神崎蓮。十七歳。暴走族“黒炎会”所属、過去に傷害と窃盗で補導歴あり。……で、昨夜は何の用で港の倉庫に?」
「バイトだ」
「何のバイトだ?」
「荷物運び」
「中身は?」
蓮は無言で刑事を睨んだ。刑事はため息をつき、ペンを置いた。
「神崎、お前まだ未成年だ。この件から足を洗えば、未来はある。だが――」
その時、ドアが開き、別の刑事が顔を出した。
「こいつ、証拠不十分で釈放だ」
「はぁ? まだ調べが――」
「上からの指示だ」
蓮は手錠を外され、廊下に出た。外に出ると、眩しい昼の光が目に突き刺さる。
校門の前には、隼人が立っていた。昨日と同じ制服姿だが、目の下には深い隈ができている。
「……助かったな」
「助かった? お前、何であそこにいた」
蓮の声には苛立ちが混じった。
隼人は短く息をつき、周囲を警戒しながら言った。
「港の荷を動かしてるやつを調べてる。俺の兄貴が、それで死んだから」
唐突な告白に、蓮は言葉を失った。
「……事故じゃなかったのか」
「事故じゃない。兄貴は荷の中身を知って、逃げようとした。それで――消された」
隼人の声は低く、握った拳が震えていた。
「だから俺は、証拠を集めてる。倉庫の写真も、その一部だ」
その瞬間、蓮の中で何かが繋がりかけた。だが同時に、背後からクラクションが鳴る。
黒い高級車が路肩に止まり、窓から西村が顔を出した。
「蓮、乗れ」
西村の声は淡々としていたが、眼光は鋭かった。
蓮は一瞬だけ隼人を振り返った。
「この話、続きは後だ」
「……必ず聞かせる」
短いやり取りの後、蓮は車に乗り込んだ。
車内は重苦しい沈黙が支配していた。西村はしばらく何も言わず、煙草を吸い終えると、低い声を出した。
「昨夜の件、組はお前が“動いた理由”を気にしてる」
「言われた通りに運んでただけだ」
「……そうか。じゃあ信じる」
その言い方が、信じていないことを雄弁に物語っていた。
事務所に着くと、奥の座敷に案内された。そこには黒桜会の幹部数人が座っており、中央には組長の
久世
が鎮座していた。
「神崎、お前、あの倉庫で誰と会った?」
「誰とも」
「嘘をつくな」
久世の声は低く静かだったが、その圧は異常なまでに重い。
「……同じ高校のやつがいた」
「名前は?」
蓮は一瞬迷ったが、答えなかった。
沈黙が続く中、久世はゆっくりと煙を吐き、薄く笑った。
「いいだろう。だが、お前の立場は今、綱渡りだと思え」
その夜、蓮は自室のベッドに横たわりながら、天井を見つめた。
隼人の兄の死、封筒の中身、倉庫の騒動――すべてが一本の線になりそうで、ならない。
だが一つだけ確かなのは、もう後戻りできないということだった。