第4章 封筒の真意
夕暮れの港南高校グラウンドは、赤く染まった空の下でボールの音だけが響いていた。
練習が終わり、部員たちは次々に更衣室へと引き上げていく。
蓮は外野の芝生に腰を下ろし、汗で濡れたシャツの襟元を引っ張りながら、最後まで残って投球練習を続ける隼人の姿を見ていた。
――あいつ、本気でプロを狙ってる顔だな。
昨日ロッカーから見つけた封筒の中身を思い出す。倉庫の写真、黒桜会の木札。
あれが何を意味するのかはわからない。だが少なくとも、単なる偶然ではないだろう。
隼人が最後の球を投げ終え、息を切らしながら蓮の方へ歩み寄ってきた。
「……お前、なんで入部した?」
「監督に頼まれた。それだけだ」
「嘘つけ」
隼人は笑いもせずに、じっと蓮の目を見た。
「中学の時のお前は、打席で笑ってた。勝とうが負けようが、野球が楽しいって顔してた。……今は違う」
その言葉に、蓮は胸の奥を突かれたような感覚を覚えた。
「人は変わるんだよ。俺はもう、あの頃とは違う」
「……そうか」
隼人はそれ以上追及せず、バットケースを肩に担いでグラウンドを後にした。
更衣室に戻る途中、蓮はふと立ち止まった。
隼人のロッカーの扉が半開きになっている。中には昨日と同じ封筒が無造作に置かれていた。
手を伸ばしかけた瞬間――
「おい、何やってんだ」
低い声に振り向くと、西村が立っていた。背後の出入口から、鋭い目つきでこちらを見ている。
「……様子を見てただけだ」
「そうか。ならいいが」
西村は近づき、小声で囁く。
「黒桜会の上が、お前に“急ぎ”の仕事を回すと言ってる。明日の夜、港七番倉庫に来い」
蓮は短く「わかった」と答えたが、心の中では警鐘が鳴っていた。
七番倉庫――それは、封筒に写っていた写真と同じ場所だ。
翌夜、蓮は指定された倉庫に向かった。周囲はコンテナと貨物船が並び、潮の匂いが重く漂っている。
中に入ると、数人の若衆が段ボールを運び出していた。中身は白い粉末の詰まった袋。見間違えるはずもない。
「神崎、こいつを運べ。トラックまでだ」
西村が指示を出す。
蓮が袋を抱えた瞬間、倉庫の外からライトの光が差し込み、複数の影が動いた。
「動くな! 警察だ!」
怒号と同時に、倉庫内が騒然となる。若衆たちは四方へ散り、袋や段ボールを放り出して逃げ出した。
蓮も反射的に駆け出したが、その出口のすぐ外に、息を切らした隼人が立っていた。
制服姿、手には封筒。
「蓮……どうしてここにいる」
蓮は息を詰めた。答えるべき言葉が見つからない。
パトカーのサイレンが近づき、赤色灯が倉庫の壁を染める。
その瞬間、蓮の頭をよぎったのは、ただ一つ。――隼人は、この場にいる理由を説明できるのか?
そして、自分はどう動くべきなのか?
潮風が、汗と薬物の匂いを混ぜながら二人の間を吹き抜けていった。