表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/96

第3章 強制招集


 翌週の夜、港町の繁華街は週末特有の喧騒に包まれていた。

 ネオンの海に沈む路地裏で、蓮は黒桜会の若衆・


西村にしむら


から呼び出され、スナックの裏口で立っていた。


「蓮、お前、昨日の便、半分足りなかったって話だぞ」

 西村は煙草をくわえたまま、低い声で吐き捨てた。

「足りなかった? 俺は指示通りに運んだ」

「言い訳はいい。……黒桜会の看板に傷つけたらどうなるか、わかってんだろうな」


 蓮は内心、苛立ちを抑えながら黙っていた。足りなかった荷の分は、港南区を縄張りにする別の半グレが横取りした可能性が高い。しかし証拠はない。

 こういう時、正しいか間違っているかは関係ない。力のある者の言葉が真実になる――それがこの世界だ。


 西村は煙草を路地に捨て、火のついたまま靴底で踏み消した。

「まぁ、今すぐどうこうって話じゃねぇ。だが、俺らの“顔”を立てる仕事を一つやってもらう」

「……仕事?」

「港南高校の野球部に入れ。で、あるやつの近くにいろ」


 突拍子もない言葉に、蓮は目を細めた。

「野球部? 俺をスパイにでもするつもりか」

「そうだ。そこのエース、隼人ってやつが最近、余計な動きをしてる。どうも港の荷に興味を持ち始めたらしい」

 西村の口元に、薄い笑みが浮かんだ。

「お前は元野球部で、しかも不良。自然に近づけるだろ」


 蓮は無言で背中の壁に寄りかかり、煙草を取り出した。

 ――ただの監視役。それなら簡単だ。だが、なぜ隼人が裏の荷に関心を持つのか。

 考えれば考えるほど、あの真っ直ぐな投球と無関係な気がしてならなかった。


 翌日、蓮は藤島のいる職員室を訪ねた。

「……入部してやる。ただし条件がある」

「条件?」

「俺を野手として使え。守備も打撃も、中学の時のままじゃないって思われたくねぇ」

 藤島は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに口元を緩めた。

「わかった。……ただし、部の規律は守れよ」

 蓮は肩をすくめて笑った。規律など守るつもりはなかったが、今はそれを悟らせる時ではない。


 グラウンドに出ると、隼人が投球練習をしていた。汗が額を伝い、陽光の中で白球が一直線にミットへ吸い込まれる。

「……お前、神崎蓮か」

 隼人は投球を止め、こちらをまっすぐ見た。

「中学の決勝で、俺から打ったやつ」

「覚えてたのか」

「忘れられるかよ。あの一発で俺の人生変わったんだ」

 隼人の声は低く、感情を押し殺しているようだった。


 それから数日、蓮は野球部の練習に加わった。表面上はぎこちないながらも、徐々に打撃の感覚を取り戻していく。

 しかし、放課後になると西村からのメッセージが届く。

〈隼人の動き、逐一報告しろ〉

 蓮は短く〈了解〉とだけ返すが、心の奥に妙なざわつきが残った。


 そんなある日、部室のロッカーで隼人の荷物を探っていると、ポケットから一枚の封筒が落ちた。

 中には、港の倉庫の写真――そして、黒桜会の刻印入りの木札。


 それを見た瞬間、蓮は背筋に冷たいものが走った。

 ――隼人は本当に、裏の世界に足を突っ込もうとしているのか?

 それとも、もっと別の理由があるのか?


 この疑念が、やがて港町全体を巻き込む大きな嵐の引き金になることを、蓮はまだ知らなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ