表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/96

第2章 再会のグラウンド


 翌日、蓮は午前中から港の外れにある倉庫街で仕事をしていた。

 仕事といっても、正式なものではない。港を仕切る古参ヤクザ「黒桜会」の下っ端から頼まれた荷物運びだ。

 段ボール箱の中身は開けて確認しないのが暗黙のルール。だが、蓮は重さや感触で大体わかる。

 ――中身は覚醒剤。量はおそらく数百グラム。


「神崎、早くしろ。次の便が来る」

 スキンヘッドの男が怒鳴る。

 蓮は無言で荷物をトラックの荷台に放り込み、額の汗を手の甲で拭った。


 ふと、倉庫の隙間から風に乗って、聞き慣れた音が耳に届いた。

 ――金属バットが白球を打つ乾いた音。


 気づけば、蓮の足は倉庫を離れ、音の方へ向かっていた。

 港町の野球場は、昼下がりの太陽に照らされていた。金網越しに覗くと、練習試合らしいユニフォーム姿の高校生たちが走り回っている。


 その中に、一人だけやけに目立つ選手がいた。背番号「1」。

 細身だが、投げるフォームは美しく、球速も速い。キャッチャーミットの音が鋭く響く。

 ――あいつ、確か……

 蓮の記憶が数年前に遡る。中学の地区大会で見た投手、


高城隼人たかしろはやと


だ。蓮が満塁ホームランを放った相手でもある。


「おい、そこの兄ちゃん。部外者は立ち入り禁止だぞ」

 背後から声が飛んだ。振り返ると、顧問らしき男が腕を組んで立っている。

 その男は蓮を一瞥し、目を細めた。

「……お前、神崎か?」

「……あんた、誰だ」

「俺だよ、元港南中野球部監督の


藤島ふじしま


だ。覚えてないか?」


 名前を聞いて、蓮は曖昧に頷いた。

 藤島はかつて蓮の才能を高く評価し、プロを目指せるとまで言った人物だった。だが、退部の事情を知ってからは何も言わずに去っていった。


「お前、今、何やってんだ」

「……ちょっとな」

 蓮は視線を逸らす。藤島は一歩近づき、小声で言った。

「うちの高校、今年は人手不足で困ってる。野球部も廃部寸前だ。……お前みたいな奴でも、必要だ」


 思わず笑いが漏れた。

「俺みたいな奴、って……暴走族で、荷物運びしてるやつだぞ?」

「それでもいい。お前のバットは、まだ死んじゃいない」


 その言葉に、蓮の胸の奥で、昨日の夜に感じた火種が再び揺れた。

 だが同時に、背後から鋭い視線を感じる。

 金網の外れに、黒桜会の下っ端が二人、腕を組んでこちらを見ていた。――仕事を放り出してどこに行ったのか、という顔だ。


「おっと……悪いな、監督さん。俺、用事あるんで」

 蓮は踵を返し、二人のヤクザの元へ向かった。

 その瞬間、グラウンドの奥から「バッター交代!」という声が響き、隼人の投球を受けた打者の快音が空気を震わせた。


 振り返ると、白球が青空を切り裂き、外野の芝を越えてスタンドに消えていく。

 ――あの打球を、もう一度打ってみたい。

 そんな思いが、蓮の中で抑えきれずに膨らんでいた。


 だが、その感情を隠すように、蓮は無言でヤクザたちの車に乗り込んだ。

 港町の陽射しは、まだ強かった。だが、蓮の視界は、白球の軌道だけを鮮明に追い続けていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ