第2章 再会のグラウンド
翌日、蓮は午前中から港の外れにある倉庫街で仕事をしていた。
仕事といっても、正式なものではない。港を仕切る古参ヤクザ「黒桜会」の下っ端から頼まれた荷物運びだ。
段ボール箱の中身は開けて確認しないのが暗黙のルール。だが、蓮は重さや感触で大体わかる。
――中身は覚醒剤。量はおそらく数百グラム。
「神崎、早くしろ。次の便が来る」
スキンヘッドの男が怒鳴る。
蓮は無言で荷物をトラックの荷台に放り込み、額の汗を手の甲で拭った。
ふと、倉庫の隙間から風に乗って、聞き慣れた音が耳に届いた。
――金属バットが白球を打つ乾いた音。
気づけば、蓮の足は倉庫を離れ、音の方へ向かっていた。
港町の野球場は、昼下がりの太陽に照らされていた。金網越しに覗くと、練習試合らしいユニフォーム姿の高校生たちが走り回っている。
その中に、一人だけやけに目立つ選手がいた。背番号「1」。
細身だが、投げるフォームは美しく、球速も速い。キャッチャーミットの音が鋭く響く。
――あいつ、確か……
蓮の記憶が数年前に遡る。中学の地区大会で見た投手、
高城隼人
だ。蓮が満塁ホームランを放った相手でもある。
「おい、そこの兄ちゃん。部外者は立ち入り禁止だぞ」
背後から声が飛んだ。振り返ると、顧問らしき男が腕を組んで立っている。
その男は蓮を一瞥し、目を細めた。
「……お前、神崎か?」
「……あんた、誰だ」
「俺だよ、元港南中野球部監督の
藤島
だ。覚えてないか?」
名前を聞いて、蓮は曖昧に頷いた。
藤島はかつて蓮の才能を高く評価し、プロを目指せるとまで言った人物だった。だが、退部の事情を知ってからは何も言わずに去っていった。
「お前、今、何やってんだ」
「……ちょっとな」
蓮は視線を逸らす。藤島は一歩近づき、小声で言った。
「うちの高校、今年は人手不足で困ってる。野球部も廃部寸前だ。……お前みたいな奴でも、必要だ」
思わず笑いが漏れた。
「俺みたいな奴、って……暴走族で、荷物運びしてるやつだぞ?」
「それでもいい。お前のバットは、まだ死んじゃいない」
その言葉に、蓮の胸の奥で、昨日の夜に感じた火種が再び揺れた。
だが同時に、背後から鋭い視線を感じる。
金網の外れに、黒桜会の下っ端が二人、腕を組んでこちらを見ていた。――仕事を放り出してどこに行ったのか、という顔だ。
「おっと……悪いな、監督さん。俺、用事あるんで」
蓮は踵を返し、二人のヤクザの元へ向かった。
その瞬間、グラウンドの奥から「バッター交代!」という声が響き、隼人の投球を受けた打者の快音が空気を震わせた。
振り返ると、白球が青空を切り裂き、外野の芝を越えてスタンドに消えていく。
――あの打球を、もう一度打ってみたい。
そんな思いが、蓮の中で抑えきれずに膨らんでいた。
だが、その感情を隠すように、蓮は無言でヤクザたちの車に乗り込んだ。
港町の陽射しは、まだ強かった。だが、蓮の視界は、白球の軌道だけを鮮明に追い続けていた。