89~90
淡々と食事をする2人。
-89 店主の希望-
ケデールは先程の質問に対する守の返答を聞くと「そうか」と返事した後、何かを考える素振りをしながら黙々と食事をしていた。きっと夢の中で神が告げていた「お願い」の事なのだろうと察した守は、神との約束通り自ら尋ねようとはしなかった。
その後、豚舎へと向かった守は餌をやりながらだが少し違和感を感じていた。
守「どうしてここの餌は緑色が混じっているのかな。」
守は元の世界にいた頃、龍太郎と共に契約している畜産農家へと見学に行った事が有った。そこでは豚の餌にトウモロコシや穀物を使っていたので全体的に黄色いイメージを持っていたのだ。
守「まぁ、良いか。余計な詮索はしない方が良いだろう。」
ただ、餌を餌箱に入れる度にほんの少し良い香りがしたのが妙に気になったが。
それから数日後、餌箱を掃除していた守に放牧場から帰って来たケデールが声を掛けた。
ケデール「守、ちょっと良いか?」
店主に手招きされた守は一緒に食堂へと向かった。
ケデール「取り敢えず、かけてくれ。」
ケデールは守に椅子を勧めると自ら急須でお茶を淹れて守に振舞った。毎朝の食事もそうだが、どうやら目の前のライカンスロープは「和」の物に拘っている様だ。
守「う・・・、美味いですね。」
守が一言告げると店主は目を輝かせながら食らいついた。
ケデール「そうだろそうだろ、このお茶は隣国の農家と契約して毎日送って貰っているんだ。この香りが良いだろう、実はこの茶葉を少し前からなんだが牛や豚の餌に混ぜていてね。ブランド化出来ないかなって考えているんだ。」
守「良いじゃないですか、自分に出来る事が有ったら協力させて下さい。」
守の言葉を聞いたケデールは嬉しそうにお茶を啜った。
ケデール「助かるよ。それでなんだが守、この前俺が料理が出来るか聞いたのを覚えているか?」
内心では「遂に来た」と思いつつ、慎重に会話を進めた守。
守「確か・・・、朝ごはんを食べている時にですよね。」
ケデール「うん、これはまだここだけの話にしておいて欲しいんだが、品種改良が上手く行けばなんだけど、ブランド化した折に地元のレストランや拉麺屋さんの方々を招いて豚肉の試食会をしようと考えているんだ。」
守「拉麵屋?!拉麵屋さんがあるんですか?!」
ケデールは守の反応に笑いながら屋外へと案内して市街地の方向を指差した。
ケデール「ほら、あそこに大きなマンションが建っているだろう。そこの一番上に住んでいる大家さんがオーナーになって拉麵屋をしているんだよ。」
守は何処かで聞いた事のある話だと思いつつ、普通の反応をした。
守「そうなんですか、凄い働き者の方なんですね。」
ケデール「そうなんだよ、その上その人は王城で夜勤をしてからやってんだぜ、頭が上がらないよ。」
それから数か月の間、守は豚の品種改良やお世話に尽力しつつ、休憩中はケデール拘りのお茶を飲みまくった。ずっとそのお茶を飲んでいたせいか、守はある疑問を抱く様になった。
守「店長、何か隠し味を入れていませんか?」
ケデール「やっぱり、ずっと飲んでいるから分かるか。最近冷えて来たからお茶に「あれ」を入れてみたんだ。ほら、そこの冷蔵庫にあるだろ?」
守はすぐそばの冷蔵庫を開けて中をまじまじと見た。
守「やはり、「これ」でしたか。あの・・・、「これ」使えそうですね。」
-90 涙がくれたもの-
冷蔵庫の中を確認して1人顔をニヤつかせる守を見て怪しそうな表情をする店主は、目の前の従業員が何を言っているのかが分からなかった。
ケデール「ん?何にだ?」
守「ほら、例の試食会の料理にですよ。俺の得意料理に丁度良いのがあるんです。」
ケデールは守に試食会で出す料理の提案と当日の調理をお願いしていた事を思い出した。
ケデール「そういう事か、良いじゃないか。是非、その方向で行ってみてくれ。」
そして迎えた試食会当日、朝早くに起きた守は何度も味見を繰り返して料理に使うタレを作っていた。
守「あ、店長。おはようございます。」
ケデール「おはよう、朝から気合が入ってんな。」
守「店長のお役に立ちたくてつい・・・。」
ケデール「それは有難い事だが、朝の餌やりも忘れるなよ。」
守「あ、もうやって来ました。」
ケデール「嘘だろ・・・、相変わらず凄い奴だな・・・。」
守がタレを作り終えた後に2人は朝食を摂り、ケデールが牛や豚達を放牧場へと誘導する中、守は試食会に向けて調理を進めた。
ケデール「おっ・・・、良い匂いじゃないか。これなら皆さんに高評価を貰えるだろう。」
守「ですね、では配膳台に乗せておきます。」
守が作業を進める中、食堂へと向かうケデールは踵を返してある事を思い出した。
ケデール「そうだ、思い出した。この試食会はお前の紹介も兼ねているから呼んだら来てくれな。」
守「わ・・・、分かりました。」
そしてケデールは配膳台を押しながら食堂へと向かった。
遂に試食会の時が来た、ケデールが来客たちと言葉を交わす中、食堂から漏れる数人の声を聞いた守はある事に気付いた。
守「聞いた事のある声だ・・・、まさか・・・。」
そして店主に呼ばれた守は食堂へと向かい歓喜した。
守「いらっしゃいませ、やはりそうだったか。」
来客達の中に見覚えのある女性達が2人。
女性達「守・・・!!」
そう、目の前に好美と真希子がいたのだ。
試食会の後、守と好美は豚舎へと向かった。
好美「どうしてここにいるの?!手紙送ったでしょ?!」
守「不可抗力だった、毒を盛られたんだ。」
守の事情を知った好美は怒るのをやめた。
好美「そうだったんだ、ごめん・・・。そうだ、桃や美麗は元気にしてる?」
守「ああ、ただ死んだはずの結愛の出現に驚いていたけどな。」
友の事を聞いた好美は数秒程笑った後に泣き始め、素直な気持ちをぶつけ出した。
好美「私、もう守と会えないと思ってた。右も左も分からない所に来てずっと寂しかった。会いたかった・・・!!」
守「俺もだ、好美が死んだ原因を作ったあの工場長の事が憎くて堪らなかった。でも今は、この上ない程嬉しい。」
好美にはこの世界に来てから守に伝えたい事があった。
好美「守、本当にごめんね。私守の事誤解してた、ずっと誤解したままだった。ずっと守に寂しい思いをさせてた、今からでも良いならやり直せないかな・・・。」
守もいつの間にかもらい泣きしていた。
守「決まっているだろ、答えるまでも無い。」
そう答えると好美を抱きしめ、唇を重ねた。ずっと会えなかった分、長く・・・、長く・・・。
またこうして2人が会えた奇跡は、きっと好美を失ってから守や多くの人々が流した「涙がくれたもの」だ。
再び、戻る事が出来たんだ・・・。
「あの日の僕ら」に・・・。(完)
奇跡はあったんだ・・・。




