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実は祝福ムードを一番楽しんでいたのは守だった。
-73 故人の恐怖-
美麗にとって「第2の父」と言っても過言ではない存在の豊からの祝杯により祝福ムードが漂う松龍の片隅で守は1人、紹興酒の入ったグラスを揺らしながらほくそ笑んでいた。
真帆「どうしたの?」
守「いや、何でも無いよ。ただ、この光景を母ちゃんが見たら喜ぶだろうなと思ってな。」
真帆「喜ぶに決まってんじゃん、皆決して悲しそうにしていないもん。遺書や手紙の通り、笑ってるから真希子おばさんも安心してくれていると思うよ。」
守の言葉が聞こえたのか、豊は本来どうしてここに皆が集まっっているのかを疑問に思い始めた。
豊「あの・・・、龍太郎さん。本当は違う目的でここに皆ここに集まっているんじゃないんですか?」
龍太郎「ああ・・・、本当はな。ちょっといつもの裏庭に来いよ。」
龍太郎は男同士で話したい時は必ず裏庭を使う、これは豊が松龍で働いていた時から変わらない事だった。出てすぐの場所にあるいつものベンチで2人は瓶ビールを呑み始めた、1人1本という贅沢なラッパ飲みだ。
龍太郎「これやっていつも母ちゃんに怒られてたっけな、懐かしいよ。」
豊「確か・・・、紫武者の真希子さんにも怒られてましたよね。2人が揃うと怖かったな・・・、確か黒と紫の特攻服を着てた時もありましたよね、また見たいな・・・。」
龍太郎「もう・・・、見えないんだよ・・・。」
豊「じゃあ・・・、まさか・・・。」
龍太郎から今宵、皆が真希子を偲んで集まっていた事と座敷で紹興酒を呑んでいた守が真希子の息子だという事を説明されると豊は小走りで守の座る座敷へと向かった。
豊「お母さんの事聞いたよ、大丈夫かい?」
守「はい、もうこの通りですし自分にはご覧の通り沢山の仲間がいますので大丈夫です。」
真帆「それに守には真帆もいるもんね。」
守「ああ、そうだな。」
隣で笑う真帆の顔を見て安心した表情を見せる守の空いたグラスにゆっくりとビールを注ぐ豊。
豊「俺な、昔暴力団から足を洗った時にここで働いてたんだけど、その時君のお母さんによくお世話になっていたんだよ。」
守「確か・・・、渡瀬 豊さんでしたっけ?」
美麗と安正の話を聞いていたので豊の事は少しだけだが理解していた。
豊「うん、お母さんと当時刑事だったここの女将さんがバディを組んで警察としての捜査を行っていた事は知っているね?」
守「はい、母が亡くなった時に女将さんから聞きました。」
豊「実は俺も時折捜査に協力していた事があったんだ、でもやはり足を洗ったばかりの頃だったから暴走族の血が騒いじゃってついやり過ぎてしまう事があったんだよ。」
守「ついやり過ぎてしまうと言いますと・・・、暴行とかですか?」
あまり思い出したくない過去だったのか、グラスのビールを一気に煽って話し続けた。
豊「ああ、女将さんが逮捕しようとしていた暴走族の連中を殴ってボコボコにしてしまったなんて事もあったな。店に帰ってお説教が30分、もう地獄だったよ。」
守「それに母が加わっていたら・・・。」
豊「そう、怖いって言葉で表しきれない位だったな。何と言うか、まさに地獄だったよ。」
当時の2人が捜査の時にスルサーティーで暴走族に紛れる為、時折着ていた特攻服が恐怖を煽り豊は震えが止まらなかったという。
豊「はっきり言ってちびっちまった事もあったな、大人の癖に情けなかったぜ。」
過去の失敗談を楽しそうに、そして懐かしそうに話す豊のグラスに守がビールを注いだ。
守「滅茶苦茶な母親ですみません、家でも結構自由な人でしたので外では相当なんじゃないかなって思ってました。」
豊「そうだな・・・、特にスルサーティーのハンドルを握った時は性格が一気に変わってたからびっくりだったな。助手席に乗るのが本当に怖かったよ。」
守「俺も経験しましたよ、あれに慣れる事は決してなかったですね。」
まさか自分と同じ経験をしていた人がいたとは・・・。




