65
守と龍太郎はその場に立ち尽くしていた。
-65 女は強し-
守は先程の店主の言葉が気になっていた、表情をよく見れば酒に酔って赤くなっている一同とは打って変わった様に蒼白していた。
守「龍さん、「まずい」ってどう言う事だよ。」
龍太郎「実はな・・・、あの焼酎は好美ちゃんが亡くなる数日前に製造が中止されたんだよ。いつも俺らが通っている卸業者の社長が言うには製法を唯一知ってる御仁がぎっくり腰で倒れちまったらしいんだ。普段店では出さない酒なんだがな、好美ちゃんが気に入ったって言ってたから特別に卸して貰っていたんだ。実はその社長もバイトをしていた頃の好美ちゃんの事を気に入っていて葬儀に参列していた時、号泣していたのを見かけてな。よっぽどショックになったのか、暫くの間会社に顔を出さなかったそうなんだ。」
守「その社長さんとは連絡は取れるの?」
龍太郎は卸業者の番号にスピーカーフォンで電話をかけた、電話に出たのは社長の息子だった様なのだが守にとって聞き覚えのある声がした。
龍太郎「俺だ、父ちゃんいるか?」
息子(電話)「父ちゃんなら今トイレに入ってるよ、出たらそっちに行くって言ってたけど俺も行って良いかな?」
守は意外な電話の相手の声の主に驚いた。
守「た・・・、正か?」
そう、電話に出たのは守の友人で桃の彼氏の橘 正だった。
正(電話)「その声は守か・・・、大変だったみたいだな。大丈夫か?」
守「何とかな、龍さん達のお陰で葬儀も無事終わったし。」
正(電話)「そうか、行けなくて悪かったな。実はついさっき母ちゃんの実家から急いで帰って来たんだけど、親父の携帯に女将さんから電話があってな、守達が松龍で集まってるって聞いたから俺も親父と行こうとしていたんだよ。」
守「是非来ると良い、桃ちゃんもいるからよ。」
正(電話)「桃が?まさかと思うけどかなり・・・。」
守「お赤くなっておられるよ、正に会えなくてヤケになってるんじゃないか?」
正(電話)「仕方ないな・・・、急いで行くわ。あ、父ちゃん出て来た。父ちゃん、龍さんから電話だよ。」
正は父親に電話を引き継いだ。
正の父(電話)「もしもし、お待たせ。どうした?」
龍太郎「広大か、こっちこそすまねぇ。今から来るって聞いたからついでに例の焼酎を持って来てほしいんだよ。」
広大「あれか・・・、あれは好美ちゃん用に卸してただけだからな。在庫があるか見て来て良いか?」
電話を保留にした広大は数分程かけて在庫を確認した。
広大(電話)「ごめんよ、この前女将さんに渡した分が最後だったみないなんだ。」
龍太郎「えっ?母ちゃんに?」
龍太郎は王麗が広大の会社に発注をしていた事を知らなかった様だ、開いた口が塞がらない様子の主人を見た女将はこちらを向いて顔をニヤつかせていた。
龍太郎「そうか・・・、じゃあ後でな。」
龍太郎が電話を切った事に気付いた王麗はカウンターの下にある隠し棚を開けた。
王麗「父ちゃんの事だからどうせそうなると思ってたよ、ほらご覧。」
隠し棚の中には例の焼酎がズラリと並んでいた、好美がいつでもボトルキープ出来る様にと以前から対策を講じていた様だ。
龍太郎「母ちゃんには勝てねぇな・・・、頭が上がらんわ。」
守「でも良かったよ、ここでも好美が大切に思われてたって分かったから。」
安心した守は瓶ビールを片手に真帆のいる座敷へと向かい、隣へと座るとグラスにビールを注いで一気に煽った。
守「・・・、美味い・・・。」
真帆「良かった、やっと笑ってくれたね。」
真帆が何より待っていた瞬間。




