⑥
まずは戦況を確認。
-⑥ あの時の言葉-
二手に分かれた4人はそれぞれ反対の方向へと向かって行った、光明の作った隠しカメラを悟に知られない為の作戦を完璧に遂行するべく、この行動は必須とも言えた。
親会社「貝塚財閥」の副社長である光明からすれば「貝塚技巧」の工場内の全貌は頭に入っていたので今更見学は必要無かったのだが、少しでも友に協力する為に守と悟が完全に見えなくなるまで演技を続けていった。
悟「こちらから作業場に入って行きます。」
悟自ら作業場への引き戸を開けて守を中に案内した、全体的に吹き抜けになっている工場では数人の男女が作業をしていた。
因みに聡の協力の上、光明が守の衣服に仕掛けた小型のマイクを通して2人の会話や周囲の音声が光明と聡に聞こえる様になっていた。これは居場所が被らない様にする為の行動で、怪しまれない様に守には決してマイクを通して声を掛けない様に伝えてあった。
下から細い通路だけに見え、全体的にむき出しになっていた2階部分には流石の悟も反省したのか、防災用のネットが張られていた。
守「ここで好美が・・・、こいつが好美を・・・。」
そう思った守は一瞬拳を強く握ったが、学生時代のあるエピソードと龍太郎の言葉が守を引き止めた。
当時、悪学生として有名だった成樹に殴られた守がその後龍太郎から受け取ったビールを煽ると、中華居酒屋の店主は煙草に火をつけて燻らせ始めた。座敷で楽しそうに呑んでいた好美達と違って俯く守の表情は決して明るい物では無かった、龍太郎は煙草の煙を深く吸い込み一気に吐き出した。
龍太郎(回想)「守、1つ聞かせてくれるか?」
守(回想)「うん・・・。」
俯きながら守は小さく頷いた。
龍太郎(回想)「お前、本当は悔しかったんじゃないのか?成樹を殴る事で好美ちゃんを守ろうとしたけど出来なかったから悔しかったんじゃないのか?」
守(回想)「くっ・・・。」
声を必死に殺す守に龍太郎は続けた。
龍太郎(回想)「でもな、俺はお前の事を誇りに思っているんだ。どうしてか分かるか?」
守(回想)「いや・・・。」
守が俯いたまま首を小さく横に振った時、龍太郎の放った言葉が重くのしかかった。
龍太郎(回想)「あのな、お前からすればうちの母ちゃんが止めたからだとは思うが「殴らなかった」からだ。行動するには勇気がいるが、やめるにはもっと勇気がいる。ただお前があの時成樹を殴っていたら今頃警察の世話になっているのは守、お前だ。その様子を見た好美ちゃんがあの様な屈託のない笑顔を見せ続けてくれると思うか?お前は殴る事で大切な物を守ろうとしたつもりだったと思うが、自分から大切な物を失おうとしたんだぞ。」
龍太郎の言葉に目を大きく開いた守、恋人としての「大切な宝物」を失いかけていた。
恋人であった守にしかできない、大切な役割・・・。その時、座敷からあの明るい声が。
好美(回想)「守、何でそんな所でしょぼくれた顔してんの?こっちで呑もうよ。」
あの時の好美の屈託のない純粋で太陽の様な笑顔、そして龍太郎のくれた言葉。それを思い出した守はゆっくりと拳を開いて手を降ろした。
いつか目の前の男に復讐する、ただ今はとにかく我慢だ、心にそう誓って・・・。
光明から全てのカメラを仕掛けたという連絡を受けた守は作戦を察知される事の無いように順当に見学を終えた、そして工場から少し離れた所で説明を受けた。
光明「今回仕掛けたカメラは副所長室に隠したHDD、お前が働いていた喫茶店のモニター、そして貝塚財閥の社長室へと繋がっているんだ。結愛が工場長の様子を確認したいと言っていたからな、これで逃げ道は無くなったと思うぜ。」
守「分かった、俺も偶に見に行くよ。後は頼めるか、工場長の顔を思い出すと腹が立って来てな。」
光明「おう、そうなっても当然だよな。任せておけ、動きが見え次第連絡するからな。」
悟への復讐を誓った守が家に帰ると、玄関前には圭の姿があった。
圭「本当にごめんね、全部私の所為だよね。」
守「圭は全然悪くない、気にしないでくれ。ただずっと、俺の味方でいてくれるよな?」
圭の心境とは・・・。