㊻
どうして守は現実から逃げようとしたのだろうか。
-㊻ しっかりと見ていた友人-
守も胸をドキドキさせながら耳を塞いだ、周囲にいる数人も守と同様にしていたのだが事情を知らない真帆や真美は訳が分からなくなっていた。
真帆「どうして聞こうとしないの?」
真美「お姉ちゃんの言う通りだよ、裕孝さんが可哀想じゃん。」
しかし理由はすぐに分かった、裕孝を擁護しようとした双子まで耳を塞ぐ程の理由。
真美「何これ・・・。」
真帆「流石にこれは酷い・・・。」
そう、裕孝は重度の音痴だった。この事が発覚したのは中学時代の遠足での事だったかと守は思った。
当時、遠足の目的地へと向かう観光バスの車内、人工衛星を利用した最新式のカラオケで盛り上がっていた時の事。
友人(当時)「次は裕孝が行けよ。」
裕孝(当時)「俺か?俺は歌が苦手なんだよ。」
守(当時)「そう言う奴に限って上手かったりするんだよ。」
裕孝(当時)「仕方ねぇな・・・。」
渋々分厚い本を開いて曲を探す裕孝、お気に入りの「あの曲」を見つけるとすぐさまリモコンで番号を入力した。
数秒後、前奏が流れ始めた。友人たちが皆笑顔を見せた。
友人(当時)「お前、これ好きだよな。皆これ好きだから良いと思うぜ。」
シンセサイザーで奏でられた聞き心地の良い前奏、そして深く息を吸い込んだ裕孝。
次の瞬間、バスの車内が地獄へと化した。
友人(当時)「だ・・・、誰か!!曲を止めろ!!」
運転手も動揺したのか、バスが安定性を失いかけているのでこのまま行くとその場にいた全員が死にかねなかった。ただ、やっとの思いで守が曲を止めるまでは。
守(当時)「こう言う事だったんだな・・・。」
裕孝(当時)「だから言っただろうが・・・。」
それから目的地に到着するまで車内にはずっと静寂が広がっていた、この遠足以来ずっと、裕孝は人前で歌う事に抵抗していた。守も含めて誰一人ずっと裕孝の歌を聞いた者はいなかったと言う。
しかし、今日は人生の大きな門出の日。裕孝は意を決して歌う事を決めたのだ、それを察したのか香奈子がもう一方のマイクを手にした。
裕孝「な、何やってんだよ。」
香奈子「良いじゃない、丁度デュエットの曲なんだから。」
確かに香奈子は間違ってはいない、歌詞が色分けされて表示されているのだから。一応ケーキ入刀という形で夫婦初めての共同作業は行ったが香奈子は自ら進んで裕孝と何かを行いたかったのだ。
その意を知った守は耳を塞ぐのをやめた、しっかりと「聞こう」と思ったからだ。ただそれを、何故か裕孝達が許さなかった。新郎新婦の手にはマイクが2本ずつ。
守「な・・・、何だよ・・・。」
裕孝「お前と真帆ちゃんも参加してくれないか?」
間奏が終わった瞬間、裕孝からマイクを受け取った守は共に歌い始めた。
香奈子「真帆ちゃんも、ほら。」
真帆「いいの?」
香奈子「早く、色が変わっちゃう。」
テレビに表示された歌詞の色が変わった瞬間、女子2人も楽しそうに歌った。どうやらこれが新郎新婦の目的だったらしい、裕孝たちは松戸夫婦と同じ事を考えていた様だ。守の行動により涙する真帆を見かけたが故の行動だった。間違いなく、今の恋人は真帆。新郎新婦は守に真帆の笑顔を守るべきだと伝えたかったのだ。
龍太郎「あいつらめ・・・。」
王麗「やってくれるじゃないの・・・。」
松戸夫婦とは方法が違っていたが、元気になった守達。




