㉝
美味そうにランチを食べる結愛。
-㉝ 馬鹿げた噂-
龍太郎は油淋鶏をおかずに白飯を頬張る結愛を調理場からチラチラと見ながら数回程首を傾げていた、何処か違和感があったからだ。高級外車で店にやって来た大財閥の代表取締役はそんな店主に気付いて一言尋ねた。
結愛「さっきから何だよ、俺の顔に何か付いてるか?」
龍太郎「いやすまねぇ、いつもそればっかり食ってるのにやたら美味そうに食うからよ。」
結愛「大好物の美味いもんを不味そうに食えって言う方が難しいだろう。」
義弘による残虐な独裁政治が終末を迎えてから数日後、守や圭と一緒に松龍に来て初めて食べたこの「油淋鶏定食」に惚れこんだ結愛は店に来るとこればかり頼んでいた。
龍太郎「そうだな、あれ?お前顔にタレが付いているぞ。」
結愛「すまねぇ、サンキュー。」
懐から手鏡を取り出して顔をチェックし、近くにあったティッシュで付着していたタレを拭き取った。口調は相も変わらずだが、結愛も1人の女性なのだなと言える。
ふと龍太郎は横に添えてある中華スープを見た、いつもそうなのだが少しも減ってない。
龍太郎「お前、中華スープ苦手なのか?嫌いなら味噌汁に変えても良いんだぞ。」
結愛「これか?最後の楽しみに取ってあるんだよ、食った後に飲むと美味いんだよな。」
これも相変わらずだ、先程から本人の様子を伺ったり質問したりして確認していたのだが、やはりここにいるのは龍太郎が昔から知っている結愛本人の様だ。
しかし、龍太郎はどうして違和感がするのかが分からなかった。
龍太郎「ふっ・・・、まさかな・・・。」
龍太郎は一言こぼしながらとある事を思い出していた、貝塚財閥の意向で決して公にされていないが龍太郎や王麗を含めた警察内部の数人だけが知っている「ある噂」だ。
龍太郎「でも確か・・・。」
龍太郎はその噂に関連する貝塚財閥の内部事情を思い出した、これも決して公にされていない事情だ。貝塚財閥の社員でもこの事情について知っている者は少なかった。
龍太郎は自らが感じた違和感や噂を確かめる為に行動を起こす事にした、片手に普段バッグに入れている警察手帳を持っていた。
龍太郎「結愛ちゃんすまん、ちょっと来てくれるか?」
結愛「さっきから何だよ、折角食ってるのに。」
龍太郎「今日の飯代サービスするから頼むよ。」
結愛「やった、後で餃子と春巻き追加ね。」
龍太郎「社長になってからも食いしん坊ってか、本当に仕方ない奴だな・・・。」
そんな何気ない会話を交わしながら2人は裏庭に出てすぐのベンチに座った。。
結愛「それで何だよ、龍さん。」
龍太郎「正直に聞こう、お前誰だ?」
結愛「何言ってんだよ、何処からどう見ても貝塚結愛だろうがよ。ほら、免許証。」
確かに「貝塚結愛」と書かれた免許証は本物の様だ、龍太郎は結愛に免許証を返して持っていた警察手帳を見せた。
龍太郎「俺は普段はこうして中華屋の店主をやっているが本当は警察の警視総監だ、それが故にお前に関する噂も知っているんだぞ。お前、確か竜巻に巻き込まれて1度死んだはずだよな。どうなっているんだ。」
結愛「龍さんには嘘は付けねぇか、そうだよ、噂通り俺は1度死んだ人間だ。」
山小屋で義弘が孤独死したとされる日から数日後、結愛と夫の光明は黒服を連れて久々の休日をゆったりと過ごしていた時に突然原因不明の竜巻に巻き込まれて亡くなっていた。
しかし、亡くなったはずの結愛は確かにここにいる、どうなっているのだろうか。
結愛「俺な、1度異世界に転生しちまったみたいなんだよ。そこで知り合った人に魔法を習ってんだわ。その魔法でちょこちょこ乃木建設の社長さんに任せた会社の様子を見に来ている訳、守達には一応内緒にしているからそこん所頼むわ。」
龍太郎「別にそれは構わんが・・・、じゃあ義弘も異世界に?」
結愛「かも知れねぇ、ただ会ってはいないし会おうとも思わねぇ。」
龍太郎「信じがたいが、お前が言うならそうなんだろうな。分かった、ありがとう。」
どうやら龍太郎の言った「馬鹿げた噂」は信じ難いが本当だったらしい。
まさか・・・。




