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夢幻の月日⑯  作者: 吉田逍児
1/1

輝ける東京の日々

 12月7日、火曜日、中国の営口と大連に出かけていた芳美姉夫婦が帰国した。夜の8時過ぎ、私、周愛玲は琳美と2人で新宿駅の入場券を買って、駅のホームに行き、芳美姉たちが、『成田エクスプレス』から降りて来るのを待った。ホームを吹き抜ける夜風は、頬を突き刺すように冷たかった。早く来ないか、早く来ないかと、ガタガタ震え、待っていると、定刻、『成田エクスプレス』が新宿駅に入って来た。私たちは列車から芳美姉夫婦が下りて来るのを見つけると、2人が運んで来た荷物を、手分けして受け取った。

「お帰りなさい。お疲れ様」

「矢張り、時間がかかるわね」

 芳美姉は、そう言って、溜息をついた。大山社長も疲れている様子だった。その様子を見て琳美が言った。

「ママより、パパの方が疲れているみたいね」

 すると大山社長が決まり悪そうに笑って、琳美に答えた。

「そんなこと無いよ。ただ移動時間が長かったから、面倒くさくなって」

 芳美姉が大山社長の顔を見て、頷いた。私たちは久しぶりに顔を合わせ、喜び合ってから、新宿駅の改札口を出た。4人で、荷物をゴロゴロころがして西新宿の芳美姉のマンションまで運んだ。部屋に辿り着くと、私と琳美は直ぐ、夕食の準備をした。準備といっても、ガスレンジに火を点け、あらかじめ煮込んで置いたオデンを温め,御飯を電子レンジでチンするだけだった。その間、芳美姉と大山社長は普段着に着替え、中国から運んで来た荷物整理をした。私と琳美がテーブルの上に夕食のオデンを準備し終えると、芳美姉が琳美に訊いた。

「留守中、変わった事、無かった?」

「何にも」

「何も無かったなんて、無いでしょう」

「そういえば、東北新幹線が青森まで開通したわ」

「まっ、そうなの。一度、行ってみたいわね」

 芳美姉は、そう言って大山社長の顔を見た。私はそんな会話をする芳美姉たちに言った。

「オデン。温かいうちに食べないと」

「そうだよ。いただこう」

 大山社長は空腹だったのか、待ってましたと言わんばかりに、もう、お鍋の中のオデンを箸で掴み、口にしていた。それを見て、私たちも一緒になってオデンを食べた。しっかり味の沁み込んだオデンの味は、一旦、火を止めておいて、また加熱したのが良かったのか、とても美味しかった。芳美姉は、オデンを食べながら、帰国報告をした。

「樹林たち、良い所に店を出したわね。開店パーティ、盛大だったわよ。紅梅叔母さんや春ちゃんも出席し、華やかだったわ。春ちゃんの旦那さんの高さんが勤める『中国工業銀行』の所長さんが挨拶してくれたりしたのよ」

「それは、すごかったわね」

「愛ちゃんのお父さんの志良さんたちが、爆竹を鳴らしてくれたりして、私も紅梅叔母さんも、雪姫さんと一緒に接客をしたのよ」

「まあっ、ママが販売の手伝いなどして売れたの」

 すると、琳美の質問に、オデンを黙々と食べていた大山社長が、食べるのを休めて言った。

「それが売れたんだよ。それも高い物ばかり」

「そうなの。私が『タロット』の服を着て販売したからよ」

「ママはスタイルが良いから『タロット』の製品が似合うんだ」

「そうなの。私の着ている『タロット』の高級婦人服が欲しいって、『タロット』の製品が飛ぶように売れたの。春ちゃんたちもびっくり」

「営口では売れなかったのに、不思議ね」

「大連には富裕層が多いのよ。愛ちゃんに追加を頼むって言っていたわ」

 芳美姉の報告はまさに朗報だった。確かに黄河路に面した『微笑服飾』大連店の立地は良く、高級品が多くの人の目を引き、集客力もあり、営口の1号店より繁盛しそうだという報告だった。この葉家と周家との結束によりオープンした『微笑服飾』の大連店は、オープン早々から好発進した模様だ。私は芳美姉夫婦からの報告を聞いて、ホッとした。この状況だと、私の友人、徐凌芳も劉安莉も働き甲斐があり、心を弾ませているに違いなかった。私はオデンを食べながら芳美姉の報告を聞き終わると、失礼することにした。芳美姉から中国のお土産を受取り、大山社長と芳美姉に頭を下げ、芳美姉のマンションから外に出た。琳美が、マンション1階まで見送りに出て来て、言った。

「気を付けて帰ってね」

「うん。じゃあ、またね」

 私は琳美に手を振り、大通りに出た。大通りでは幾つかの店が、シャッターを降ろし始め、夜の寒さがピリピリと頬を刺した。私は着ていたダウンコートの襟で顔を包み込み、桃園と暮らすマンションへと急いだ。


         〇

 『スマイル・ジャパン』の忘年会の日がやって来た。浩子夫人が年末にコーラスの発表会があるので、その練習の為、来週から忙しくなり、出勤出来ないので、早めに忘年会をしようということで、忘年会の日を今日と決めていた。月曜日、私は浩子夫人から相談を受けていた。

「愛ちゃん。ちょっと早いけど、水曜日、社長と3人で忘年会をしましょう。私に第九の練習が入っていて、10日以降出勤出来なくなってしまうので、ごめんなさい。都合、どうかしら」

「私は大丈夫です。社長の都合が良ければ」

「彼に話したら、忘年会と皆の誕生会をかねて、ホテルのレストランでは、どうかと言っていたわ。何処か良い所あるかしら」

 そう言われて頭に浮かんだのは先週、『微笑会』の忘年会で利用した新宿『ワシントンホテル』のレストラン『マンハッタンテーブル』だった。私は浩子夫人に相談を受けたその場で『マンハッタンテーブル』に電話を入れた。グループ席がいっぱいなので、カップル席に3人でどうかと勧められ、直ぐに、そこを予約した。だから朝から今日の忘年会が楽しみでならなかった。私が、何時もと同じ時間に出勤し、シャッターを上げて、店をオープンし、アパレル商品の位置替えなどをしていると、倉田社長が何時もより早く出勤して来た。

「お早うございます。誕生日、おめでとうございます」

 私がにこやかに笑って言うと、倉田社長は照れ笑いして答えた。

「ありがとう」

 それから私が淹れたコーヒーを飲み、一休みしてから、私を事務室のテーブル席に呼び、カバンから封筒を取出し、私に言った。

「これ、年末の賞与。頑張ってもらったのに、少なくて申し訳ない」

 私は倉田社長から封筒を受取ると、その場で封筒を開け、賞与明細を取出し、金額を確かめた。何と浩子夫人の文字で30万円と書かれていたので、びっくりした。

「まあっ、こんなにいただけるのですか」

「浩子さんが愛ちゃん頑張ったからって」

「アパレルの成績、目標に達しなかったのに」

「賞与は結果だけで判断するものでは無い。これからの期待感を含めての支給だ」

「ありがとう御座います」

 私は倉田社長に深く頭を下げ礼を言った。私の喜ぶ様を見て、倉田社長はとても嬉しそうだった。そんなところへ、『台湾ミラクル』に派遣している技術者から、あらかじめ用意しておくべき、あの部品が無い、この部品が無いなどと連絡が入り、倉田社長は『古賀商会』の古賀社長に連絡を取り、怒鳴りながら、部品の手配を指示した。倉田社長の古賀社長への怒りが治まりそうにないので、私は浩子夫人が早く来てくれないかと願った。その浩子夫人は午後1時になってやっと現れた。デパートで買い物をして遅くなってしまったと私に詫びた。私は浩子夫人に賞与をいただいた御礼を言ったり、仕入れのなどの打合せを済ませ、早退させてもらった。このことは月曜日、浩子夫人と約束済みだった。私は会社を出ると、まずは美容院に行き、髪をちょっと短くし、その後、銀行に立寄り、賞与の入金を確認して、マンションに戻った。それから白いトックリのセーターの上に『微笑会』の忘年会に出席した時と同じ、白黒模様のジャケットを着て、新宿の『ワシントンホテル』に向かった。ネオンが輝き、あたりはすっかり夜の気配。夕方6時、『ワシントンホテル』のロビーに現れた倉田社長と浩子夫人に合流し、私は2人を25階のレストラン『マンハッタンテーブル』に案内した。『マンハッタンテーブル』の受付に行くと、ウエイトレスに連れられ予約した窓辺のカップル席に座った。そこからは美しい新宿の夜景が眺められた。私たちは、まずシャンパンで乾杯し、フランス料理の忘年会を楽しんだ。肉や魚、エビなどのコース料理をいただいた。『微笑会』の忘年会の時と同様、とても上品で美味しかった。飲み物は倉田社長がレミーマルタン、浩子夫人がオレンジジュース、私が赤ワインと、3人3様だった。3人で墨田区の事務所の頃の話、四谷への引っ越しとアパレル店オープンの時の話、『台湾ミラクル』との契約の話、中国2号店のオープンの話など、今年、1年を回顧した。成果のあった1年だと互いに満足し、忘年会を明るく終えた。『ワシントンホテル』での食事が終わってから私たち3人は人混みの中、新宿駅に向かって歩いた。私はその途中で、2人と別れ、自分の暮らすマンションへ向かった。駅へ向かう倉田社長と浩子夫人の後姿は、仮面夫婦とは思えぬ程、仲睦まじかった。


         〇

 12月10日を過ぎると、四谷のアパレル店も評判を得て、忙しくなった。浩子夫人に助けてもらいたかったが、それは無理な話なので、倉田社長に了解をいただき、時々、琳美に来てもらうことにした。倉田社長は忘年会、忘年会で、店番の手伝いなどしていられなかった。その上、『台湾ミラクル』に派遣している技術者たちからの苦情が多く、悩みを抱えた。技術者の派遣期間が予定より長引けば長引くだけ、『スマイル・ジャパン』の利益は減少することになる。そればかりか、更に延長すれば利益を失い、持ち出しに成り兼ねない状況だった。倉田社長は、そんな鬱憤もあってか、銀座、上野、池袋など、昔馴染みの仲間と飲み歩き、最終電車で帰る日々が続いた。そして或る日から、足が痛いと言って、足を引き摺るようになった。浩子夫人は勿論のこと、私も倉田社長の健康が心配になった。私はパソコンに向かい、時々、右足の腿を揉んでいる倉田社長に言った。

「無理をしないで下さいね。1人だけの身体では無いのですから」

 すると彼は私を睨みつけて意地悪な言葉を発した。

「そうだよな。私も君も1人だけの身体では無いからな」

 私は彼が言っている言葉を素直に受取ることが出来なかった。その言葉を皮肉と捉え、知らぬ振りをした。相変わらず、2人の関係はすっきりしなかった。倉田社長には大学生時代からお世話になり、『スマイル・ジャパン』に採用してもらい、アパレル店をオープンしてもらったのだから、倉田社長との関係は、このまま良好に何時までも続けたかった。その為には何としても倉田社長の健康が大事だった。倉田社長の体調不良により、会社を閉めることなど、あってはならぬ事だった。私は今後の事について、ゆっくり倉田社長と話したかったので、週末、彼を誘った。すると彼は『森木商会』の森木社長と『ジェイ商事』の中山社長との3人での忘年会があるからと言って、私の誘いを断った。結局、私の行き着く所は『ハニールーム』だった。私が『ハニールーム』に行くと、斉田医師が私を待っていた。

「最近、早いんだね。会社、暇なの?」

「店は忙しいけど、社長が相変わらず、忘年会だとか言って、早く帰ったから、私も早く店じまいして帰って来たの」

「ひどい社員だな」

「何を言っているのよ。貴男に早く会いたいから、早く帰って来たのに」

「そうかな。早くやりたくて帰って来たんじゃあないの」

 斉田医師は、そう言って、私のお尻を撫でた。私は慌てて方向転換して、斉田医師から遠ざかった。私は普段着に着替えながら、斉田医師に言った。

「嫌ねえ。病院でも、看護師さんの、お尻を触ったりしているんじゃあないの」

「まあね」

「いやらしい」

 私は彼を軽蔑するかのように睨みつけた。すると彼も私を睨み返し、真面目な顔をして弁明した。

「こんなこと分かっていると思うけど、生き物には子孫を残そうとする本能があるんだ。だから好きな相手と繋がろうとする行動は、自然なんだ。従って男女の繋がる行為は、いやらしい行為では無く、美しい行為なんだ。それを動物的だ、汚らわしいと感じたりするのは間違っている。私がやりたいのも、君がやりたいのも、正常なことなんだ」

 彼はそう弁明しながら立上がり、私に近づいて来て、私を捕まえ、抱き寄せた。彼はもうやる気になっていた。私は困惑した。

「駄目よ。夕御飯、作らないといけないのだから」

「夕御飯など、作らなくても良いよ。やってから外に食べに出れば良いんだから」

「外に出るのは嫌よ」

「なら私が、コンビニで弁当、買って来るから、料理しないで始めよう」

 斉田医師の私の股間への愛撫は、喋りながら、もう始まっていた。私は、それに抵抗してはいたものの、自分の身体の下半身から湧き上がって来る快感に、あっという間に、支配されていた。男女が繋がる行為はいやらしい行為では無く、美しい行為なんだという斉田医師の言葉が、私の人格も教養も押し流し、私を欲情の海へと誘った。私たちは愛を求める獣と化し、荒海に漕ぎ出し、荒波の中で荒れ狂った。


         〇

 12月20日、月曜日になると、日本中がクリスマスの雰囲気になった。私が暮らす新宿の街では、華やかなクリスマスの飾りがあちこちに煌めき、街路樹に赤や青のテープが巻かれ、ジングルベルなどのクリスマスソングが流れて賑やかになった。そんな雰囲気に触発されてか、『日輪商事』に勤める中道剛史係長から、会いたいというメールが入った。倉田社長が今夜も忘年会があるからと言って、午後4時過ぎに出かけて行ったばかりだったので、私には好都合であり、直ぐに了解した。私は夕方6時に店のシャッターを降ろすと、四谷3丁目駅から地下鉄の電車に乗って、新宿3丁目駅で下車し、『紀伊国屋書店』前で、中道係長が現れるのを待った。珍しく、15分程待たされた。彼は地下から1階に上がって来ると歪めた顔をして、謝った。

「ごめん、ごめん。会議が長引いてしまって。随分、待たせちゃつて」

「大丈夫。本を立ち読みしてたから」

「今日は何を食べようか」

「そうね。『叙々苑』で焼き肉を食べましょうか」

「その店、何処にあるの」

「歌舞伎町よ」

 私は倉田社長と時々、利用している歌舞伎町の『叙々苑』に中道係長を案内した。そこで私たちは焼き肉をいっぱい食べた。私はワインをちょっと飲み過ぎて、ほろ酔い気分になり、調子に乗って、中道係長に質問した。

「私を誘ってくれて有難う。私といると楽しいの?」

「勿論、楽しいよ。楽しく無かったら誘わないよ。あんたの方はどうなの?」

「楽しいわよ。いろんな事を話せるし、仕事の話も聞けるし」

「そうだね。仕事の事も、種々、考えているんだ。アパレル以外にあんたの仕事が無いかって」

「アパレル以外に?」

「うん。あんたが独立する為の仕事」

 私には信じられなかった。中道剛史が、私を独立させる為の仕事を考えているなんて、意外だった。彼が私の仕事として思いつくのは通訳の仕事程度で、それ以外にあるとは思えなかった。通訳の仕事も、私と接したい為の口実であって、男と女の関係を求めての理由付けとしか考えられなかった。しかし、彼は彼なりに、私の将来について考えてくれていた。

「この間、スリランカの知人に会って、日本でのジュエリー店の相談をしたんだ。スリランカで原石を加工し、直接、あんたの会社で輸入して販売すれば、儲かると思うんだ。来年になったら、スリランカの彼が来日するから、あんたを紹介するよ」

「ジュエリーの仕事。それは良いわね。アパレルと同じ店で販売出来るから、きっと成功するわ」

「上手く成功したら、倉田社長の会社を辞めて、独立すると良いよ。応援してやるから」

 私は彼の考えに感心した。ジュエリー販売の仕事について、あれやこれや想像を巡らせると、私の期待は高まった。彼が言うように、独立することが出来るかもしれない。流石、大手商社『日輪商事』で営業活動をしている男だけあって、中道剛史は世界観の広い男だった。

「ありがとう御座います。とても嬉しいです」

 私が感謝を言うと、彼は嬉しそうに頷き、レストランのレシートを持って立ち上がった。

「次へ行こう」

 私は頷いた。私たちは『叙々苑』から『マックス』へ移動した。これで彼と何度目になるのでしょうか。私は工藤正雄を失ってから、急速に中道係長と接近して、深い仲になっていた。このことは倉田社長に絶体、気づかれてはならない事だった。『マックス』の部屋に入ると、中道係長は、私と最初にホテルに入った時のように、ガツガツした様子を見せなかった。まずはバスルームでシャワーを浴び、その後、ベットの布団の中で、互いの物を確認し合った。燃え滾る男の硬い武器と吸着しようと濡れて光る女の武器の確認が済むと、いよいよ試合開始。激しい鍔迫り合いが始まった。その交接の交響は、まるで音楽のようだった。繰り返される激しい演奏には起伏があり、脈動があり、循環があった。私たちは、その演奏に夢中になった。激しく押し寄せて来る戦いの快感に、私たちは絶頂に達した。

「ああ、いい」

「俺もだ。行くよ。行くよ」

 彼は今日も前と同じ言葉を発した。若い私たちは大いに満足し、少し休んでから『マックス』を出た。夜空には凍るような青い冬の星がいくつも瞬いていた。


         〇

 天皇誕生日が過ぎて、クリスマスイヴの日となった。不景気とはいうものの、四谷の街にもクリスマスの飾りなどがセットされ、クリスマスソングが流れ、クリスマスセールなどが始まった。『スマイル・ジャパン』は、アパレルが本業ではないので、アパレル店の前を華やかなクリスマスの飾り付けなどしなかった。しかし、クリスマスセールの貼り出しを実施した。百貨店などと比較し値段が安いということで、午前中から何人ものお客が来て、いろいろの物を買ってくれた。琳美がアルバイトに来て手伝ってくれていたので、慌てることは無かった。昼食はお客が多いことから、倉田社長がコンビニへオニギリとオデンと野菜サラダを買いに行ってくれた。倉田社長は、それを買って来ると、風が冷たいというのに、『ドナウ』に出かけて行った。『ドナウ』で、古賀社長との打合せがあるという。私と琳美は、そんな倉田社長を笑って見送った。冬空が晴れ渡ってとても美しかった。倉田社長を見送った私と琳美は、倉田社長がコンビニで買って来てくれたオニギリなどを、事務所のテーブルで一緒に食べた。午後になると隣りのオフィスの役員、青山和歌子やコンビニの店員、皆川千香などが洋服を買いに来てくれた。彼女たちと世間話をしながら洋服選びをするのは楽しかった。午後3時になると、琳美は友達と会うからと言って、新宿へ帰って行った。それと入れ替わるように倉田社長が事務所に戻って来た。彼は台湾に出張中の技術者たちが、明日、帰国するとの連絡が入ったとのことで、とても嬉しそうな顔をしていた。まるで人が変わったみたいに明るかった。

「台湾へ派遣した連中が、明日、帰国するって連絡が入ったよ。良かったよ。これで安心して年越し出来るよ」

「まあっ、それは良かったですね」

「私も古賀社長も、ホッとしたよ。後は、この足の痛いのを治すだけだ」

「本当に良かったですね。足の痛さも、これで治りますよ。お疲れ様でした」

 私は興奮して喋る倉田社長に労いの言葉をかけた。その後、倉田社長の為に予め買って準備しておいた紺色のチョッキを彼にプレゼントした。

「これ社長へのクリスマスのプレゼント。ちょっと着てみて下さい」

 私は試着室に彼を案内した。彼は上着を脱ぎ、紺色のチョッキを試着した。彼にピッタリだった。私たちは鏡に向かって会話した。

「ありがとう。ピッタリだよ」

「暖かそうね」

「うん。ありがとう。ところで私はまだ君へのプレゼントを買ってないんだ。好きな物を言ってくれれば、帰りに買って上げるよ。彼氏に会う前に時間、あるかな」

「何を言ってるのよ。私、社長の為に夕方、空けてあるのだから大丈夫よ」

「本当なの?」

「本当よ。私、欲張りだから品物のプレゼントの他に、社長の愛も欲しいわ」

 私は倉田社長に甘えるように言った。すると彼は、せせら笑って質問した。

「品物は何が良いの?」

「資生堂の化粧品」

 彼は、私の欲しい化粧品の金額も確認せずに了解した。夕方6時過ぎ、私たちは私の行きつけの新宿の化粧品店に行き、美白用化粧品を購入した。その後、何時もの『ピーコック』へ行こうとすると、倉田社長が予想外の発言をした。

「愛ちゃん。じゃあ、また来週」

 私は驚いた。どういうことか。事務所で約束したのに、さよならとは信じられなかった。私はびっくりして彼に確認した。

「行かないの?」

「時間、大丈夫なの?」

 倉田社長は私が今夜、恋人と会うことを予想していた。その予想は、当たっていた。しかし私は、その素振りなど全く見せず、倉田社長の腕にしがみついて言った。

「そんな人、いないわ。それより社長に運動させないと、足が治らないから」

 私の甘ったれた言葉に、倉田社長はでれんとなった。男は女に弱い。浩子夫人が待っているでしょうに、私の要求に応じた。私たちは『ピーコック』へ行った。私は老体と繋がり興奮した。倉田社長の肉体が青年の輝きを失い、醜ければ醜い程、私は彼を愛しく感じ、身悶えした。クリスマスイヴに、こんな老体とやるなんて。そころが老体は、あにはからんや元気だった。四つん這いになるのを嫌がり、自分で仰向けになり、私を騎乗位にさせて跨らせると、下から私の愛器にペニスを挿入し突き上げて来た。騎乗位は女性が主導権を握って動き回れるので、私には快感だった。その動きを任されると、私は相手の事など考えず、快感を追求した。私の動きの激しさにベットがギシギシ鳴り始めた。ああ、たまらない。私は絶頂に達し、仰け反った。すると倉田社長は私が失神しそうになるのを見届け、突然、波動砲を放った。女優の黒木メイサが、自分の好きな人は波動砲を撃ち込んでくれる人だと言っていたが、その通りだ。私たちは快感に酔い痺れた。私たちは愛のプレゼント交換を終えるや『ピーコック』から外に出て新宿駅まで歩き、そこで別れた。私は、それから急いで『ハニールーム』へ向かった。


         〇

 朝の6時、私は誰かに見詰められているような気がして、はっと目を覚ました。私の顔の上に斉田医師の顔があった。昨夜、彼とセックスした後、私は疲れ切って、そのまま朝まで眠ってしまったらしい。昨夕から倉田社長、斉田医師と2回、セックスしたので、ぐっすりと深い眠りに陥ってしまったのだ。身体中が、だるい。そんな私の身体の上にパジャマ姿の斉田医師が跨ろうとしていた。

「愛ちゃんの寝顔、綺麗で、可愛いよ」

「何よ、朝から」

 私は頭がボーツとして、全く思考力が無かった。昨夜やったのに斉田医師は、私の胸に触れ、乳房を揉み、それから、私のパジャマのズボンに手を入れ、そっと股間をまさぐり始めた。まだ昨夜の熱が残っている部分を、彼に優しく愛撫されると、私の身体は疲れているのに、また電源を入れられ熱くなった。部屋の外は12月の冷気で、凍り付くような寒さであるというのに、私たちは相手の大事な部分をまさぐり合い、その温かな感触に、欲望を昂らせた。斉田医師は欲情という陥穽に私を引きずり込もうと、私の花びらを開き、丁寧に、そこをなぞった。その腰に伝わって来る突き上げるような快感は私の愛欲を目覚めさせ、夢中にさせた。

「君は素敵な悪女だ」

 その言葉に私の肉体の中から激しい欲望が沸き上がった。斉田医師は、それを確かめ、私の中に大砲を突入させ、朝の律動を開始した。狂おしい愛。冬の嵐。男と女。人間の本質は変わらない。私たちは早朝から燃えまくった。彼は私の股間を掻き乱し、顔面を真っ赤にして、弾丸を放った。そして自分の欲望を放出すると、勝手に私から離れようとした。

「まだ解かないで」

 私は悦楽の漂流感の中で、声を震わせ、彼にしがみついた。離れたく無かった。斉田医師はしばらく、そのままにしていたが、数分すると、そっと囁いた。

「もう良いだろう」

 私は、そう言われて繋がりを解いた。私が起き上がり、シャワーを浴びにバスルームへ行くと、彼は時計を見詰め、着替えを始めた。折角の生誕祭の休日なので、少しでも一緒にいたいのに、彼は決まった時刻に『ハニールーム』から自宅へ帰る計画を変更しようとしなかった。私は急いでバスルームから出て洋服に着替えた。そして彼を部屋のドアを開け見送った。

「じゃあ、また」

 彼は、そう言って、マンションの階段を降りて行った。彼が立ち去った後の部屋の空気は空しかった。私は寂しい気分になり、テーブル席に腰を下ろし、テーブルの上に紙袋が置いてあるのに気づいた。紙袋を開けると、中にピンク色の財布が入っていた。財布を開けると、中に3万円と便箋が折り畳んで入っていた。私は便箋を広げて、書かれている内容を読んだ。

 〈メリークリスマス。今年も、あと僅かですね。

  何時も愛をありがとう。感謝してます。

  気に入ってもらえるかどうか分からないけど、

  プレゼントを受取って下さい。

  来年もよろしく。 斉田博美 〉

 私は便箋の文章を読んで、涙が出そうになった。彼の私に対する気持ちは遊びでは無く、本気だと感じた。それにしても彼の家族はどうなっているのでしょうか。昨夜、彼の妻、京子夫人は高校生の長女、菜々と中学生の長男、孝太と3人でシャンパンで乾杯し、クリスマスイヴを過ごしたのかしら。そして今日、主人を加えて、クリスマスの昼食会でもするのでしょうか。私はテーブルの上の白いアネモネの花をいじくりながら、彼の家族の事を思った。彼が京子夫人と別れたら、私が子供2人の面倒を見ることになるのでしょうか。それとも京子夫人が2人を引き取り、斉田医師が毎月、2人の子供の養育費を支払うことになるのでしょうか。私は午前中いっぱい、そんなことを考え、『ハニールーム』で過ごした。


         〇

 12月28日の火曜日、『スマイル・ジャパン』の最終出勤日となった。私は何時もより早く出勤した。明日から長い間、アパレル店を休みにするので、商品にほこりが付着しないように、カバー類の準備をした。倉田社長も早く出勤して来た。年末の書類整理、旅費精算などをした後、アパレル販売の実績表などを私に要求した。私は毎日、記帳しているので、直ぐに倉田社長の要求する書類をプリントアウトして提出した。また金庫の中にある1万円札を、20枚を渡した。すると彼は、それを持って銀行へ入金に出かけて行った。昼近くになって、倉田社長が戻って来ると同時に、浩子夫人の兄夫婦がアパレル店にやって来た。倉田社長は、その相手をする為、仕事を中断し、私の淹れたお茶を飲みながら、世間話をした。こんな忙しい時にと思ったが、浩子夫人の親戚なので、仕方なかった。正午過ぎ、浩子夫人が現れ、倉田社長も私もホッとした。しかし、倉田社長は親戚の兄夫婦なので、浩子夫人に総てを任せる訳ににも行かず、昼食を付合うと言って、近くの天麩羅料理店へ出かけて行った。私はコンビニで肉まんとオデンを買って来て、事務所で昼食を済ませた。1時間程すると、倉田社長と浩子夫人が兄夫婦をバス停で、見送って戻って来た。それから私たちは3人で、年末の大掃除をした。私は浩子夫人とガラスドアやウインドーの掃除、トイレの掃除、エアコンの掃除など、普段してない箇所を入念に綺麗にした。倉田社長は古いカレンダーを外し、来年の新しいカレンダーに代えたり、客先に年末の挨拶の電話をしたり、年賀状を出しに郵便局に行ったり、何時もに無く、こまめに動き回った。そうこうしているうちに夕方になり、大掃除が終了した。私たちは1年間の仕事を終了させ、店のシャッターを降ろすと、新宿に行き、御苦労様会をすることにした。レストランは倉田社長が予約してくれていた。四谷3丁目から地下鉄の電車に乗り、新宿駅まで行き、そこからレストランのある『住友ビル』まで歩いた。年末の新宿駅周辺のデパートや店舗はクリスマスの装飾を、そのまま輝かせて、私たちは、まるで銀河の中を歩いているみたいだった。私と浩子夫人は倉田社長に案内され、『住友ビル』の50階にある日本料理のレストラン『ねぼけ』に入り、そこで御苦労様会の食事をした。倉田社長が予約していた窓際の席からは大都会、東京の夜景が綺麗に眺められ、私も浩子夫人も大喜びした。まずは3人で好きな飲み物で乾杯した。料理は『龍馬』という土佐料理のコースだった。かつおの料理が多いので、浩子夫人は苦手みたいだったが、私は珍しい魚料理なので美味しく味わった。そんな料理をいただきながら、私は浩子夫人と1年を振り返り思い出話を語り合い大いに笑った。倉田社長は、私たちの話を他所にどこ吹く風、食べるのに夢中だった。高層ビルでの食事が終わってから、浩子夫人がカラオケを唄いたいというので倉田社長と私は同意し、駅近くのカラオケ店に行くことにした。カラオケ店に入り、私と倉田社長はウーロン茶を飲んだが、浩子夫人はラム酒入りのコーラを飲んだ。その為、浩子夫人が少し酔っぱらって唄ったりしたので、倉田社長が心配した。だが、テレサ・テンの歌や石川さゆりなどの歌を楽しそうに唄った。倉田社長は石原裕次郎やフランク永井の歌を唄った。私は一青窈の『ハナミズキ』や中島みゆきの『地上の星』や五輪真弓の『恋人よ』を唄った。3人が唄い疲れると、倉田社長が私に言った。

「来年もまた頑張ろう」

 すると浩子夫人も同じことを言った。

「来年も頑張りましょう」

「はい。頑張ります」

 私たちは、頷き合い、9時半過ぎにカラオケ店を出た。私は2人を小田急線新宿駅の改札まで、見送りして、自分のマンションに帰った。1日中、頑張ったので疲れてしまい、ぐったりとして、そのままベットに横になり、桃園が帰って来るのを待った。


         〇

 冬休みになると、今年、1年間のことが思い出された。3月の事務所の四谷への引っ越し。4月の有明ビックサイトでの展示会とアパレル店オープン。5月の両親と麗琴の来日、6月の工藤正雄とのトラブル。7月の斉田医師への援助依頼。8月の両親帰国と中国2号店の話。『日輪商事』の中道係長の依頼による展示会。9月末からの斉田医師とのカナダ旅行。10月に入つての中道係長との交流。11月の天津と大連への出張などなど、よくもまあ、病気もせずに1年間を、無事に過ごすことが出来たものだと、自分ながら感心した。工藤正雄との問題では、随分と悩まされたが、他の男たちの存在によって、私はその傷を癒された。か弱い女が貧しい中国の田舎町から日本の大都会、東京にやって来て、1人で生きて行く為には、綺麗ごとでは済まされないと思っていたが、その苦難を乗り越えて来られたことは、自分の自信となった。工藤正雄から受けた精神的深いダメージはアパレルの仕事の繁忙さや海外旅行によって、あっという間に何処かへ消えてしまった。生きるた為、食べる為に不道徳に慣れ、男たちを散々、騙して来たが、自分自身、そのことに対する、罪悪感や悲愴感は何処にも無かった。生きる為には仕方ない事だった。私が、そんな理由にもならないことを考えている所へ、琳美から買い物に行くので手伝ってとの電話が入った。私は、その連絡を受け、芳美姉の家に行った。そして大晦日の準備の為の食材などを芳美姉と琳美と3人で買い出しに出かけた。日本での生活が長い芳美姉は長野に住む大山社長の母、美佐から御節料理の作り方を指導してもらっていて、何と何を準備すれば良いのか分かっていた。また年越しそばと、それに添える料理についても詳しかった。

「愛ちゃんも、日本の人と結婚するなら、こういう買い物、覚えておくのよ」

「はい」

 私は芳美姉に従い、食材の名前を覚えたりした。そして、その翌日の大晦日、私と琳美は芳美姉の御節料理作りを手伝った。夕方になると『快風』の従業員たちが、いろんな物を持って芳美姉のマンションに集まって来て、恒例の忘年会兼年越しのパーティが始まった。メンバーが全員そろったところで、大山社長が、もっともらしい挨拶をした。それから皆で乾杯した。私たちはビールを飲んだり、ワインを飲んだり、ジュースを飲んだりして、まずは中国人らしく餃子から食べた。琳美はテレビのチャンネルを、紅白歌合戦にして、その映像に夢中になった。大山社長も、その画面を眺めながら松下幸吉、小西良太と日本酒を楽しんだ。私は『快風』の桃園や長虹、月麗、梨里たちと世間話をして笑い合った。夜の9時過ぎ、私と桃園は、年越しそばをいただいてから、明朝8時に、またここに来ることを皆に約束して、自分たちのマンションに帰った。こうして平成22年(2010年)という1年は過ぎ去って行った。


         〇

 平成23年(2011年)という新年が日本の首都、東京にやって来た。私は同じマンションの部屋で暮らす陳桃園と一緒に起床して、シャワーを浴びてから化粧をした。私たちは正月を迎え、朝からうきうきしていた。桃園が化粧する私の顔を覗き込んで言った。

「愛ちゃん。何かまた艶っぽくなったみたい」

「桃ちゃんこそ、色っぽくなったわよ」

 そう言われれば、何故か桃園も、新年を迎え、色気が増したように見えた。

「女性は月日を積み重ね、大人になるにつれ、円熟し、自分らしい美しさが出て来るのですって」

 2人で、そんなお喋りをしてから、私たちは正月に相応しい華やかな服装に着替えた。そして午前8時に、芳美姉の家に行った。芳美姉の家には昨夜から泊まっている人たちや、私たちのように一旦、家に帰って出て来た人たちが集まり、御節料理を前に全員が揃うのを待っていた。全員一同が揃うと、和服姿の大山社長が神棚に向かって二礼二拍手一礼をした。それからお屠蘇という日本酒を小さな盃に注ぎ、大山社長が乾杯の音頭をとった。

「新年、おめでとうございます。本年も仕事に頑張って仕合せな1年にしましょう。乾杯!」

「乾杯!」

 私たちは皆で乾杯し、芳美姉と一緒に作った御節料理をいただいた。午前10時になると大山社長が、ボーナス代わりのお年玉を皆に配った。新年早々、大山社長からお金をいただき、皆、喜んだ。その後、何時もの元日のように皆で、明治神宮へ初詣に出かけた。明治神宮は相変わらず、参拝客で混雑していたが、日本人は慌てることなく、行儀が良く流れに従った。私たちもその流れに従い、ゆっくりと時間をかけて参拝した。御神前に立つと、何時もに無く、祈りの言葉が浮かんだ。

「昨年は大変、お世話になりました。お陰様で明るい新年を迎えることが出来ました。心より感謝申し上げます。本年も私たち家族をお守り下さい。私も頑張りますので、会社に利益を、お与え下さい」

 私は家族の事と会社の事を祈願した。斉田医師との結婚の事については、お願いする勇気が無かった。明治神宮の初詣が終わってから、私たちは芳美姉夫婦や店長たちベテランと別れ、何時ものように若いメンバーで、新宿のカラオケ店に行って、カラオケを唄った。桃園、長虹、月麗、香薇、紅燕、梨里、琳美と私は、それぞれ得意な歌を披露した。日本語の歌なのに、皆、上手だった。食べて、飲んで、唄って、私たちはカラオケを満喫した。午後3時半過ぎ、私たちはカラオケを終了した。長虹、月麗、紅燕たちは池袋方面へ帰って行った。香薇、梨里も他の所へ出かけて行った。私は桃園と琳美と3人で、喫茶店『ドトール』に入り、雑談した。

「今年はお互い頑張らないとね。特に琳ちゃんは大学3年生になり、資格試験や就職先探しの準備が始まるから大変ね」

「そうなのよ。有名企業に合格するには、大学で良い成績を取り、ゼミでも高い評価をもらわないと厳しいみたい」

「早川君どころじゃあないわね」

「彼のことは言わないで。お互いに資格試験に合格するまで、デートをしない約束をしたの」

「ふうん」

 桃園は信じられないという顔をした。それから私に恋人はどうなっているのかと質問して来た。

「新しい恋人とは上手く行っているの?」

「まだ付き合い始めたてなので分からないわ。商社マンだから、強引で強気なの。だからちょっと不安なの」

「恋愛は、そういった時がドキドキして最高の時よね。私なんか、2人の店を持とうと、お金のことばかり考えて、ときめくことも無くなってしまったわ」

 桃園は私と琳美に、そうぼやいたが、とても幸福そうに見えた。私は今まで、桃園に較べ美人で、学歴があり、性格も人気も私の方が勝っていると自負して来たが、その思いが間違っていると気づいた。桃園は関根徹とのこれからの事を得意になって、私たちに語った。


         〇

 3日の午後、桃園が世田谷の関根徹の所へ出かけて行ったので、私は『ハニールーム』まで歩いて行って、部屋掃除をした。それから斉田医師に『ハニールーム』にいるとメールすると、彼が4時過ぎに肉まんとオデンを買って現れた。彼は私を見るなり、苦笑して言った。

「おめでとう。丁度、良かったよ。箱根駅伝のテレビ放送が終わって、何をしようかと考えていたところだったから」

「大丈夫なの。奥さんに何と言って出て来たの」

「学生時代の友人から、会おうって連絡が入ったからって」

「奥さん、すんなりOKしたの?」

「勿論」

 彼は、そう言って来る途中に買って来た肉まんとオデンをテーブルの上に並べた。私たちは、それを食べながら、初詣の話などをした。

「私、欲張りだから4つもお願いしちゃったわ」

「4つも。それは多いな。何をお願いしたの?」

「それは言えないわ」

「言わなくても予想はつくよ」

「何だと思う」

 私が訊くと、斉田医師は目を輝かせて、私に答えた。

「1つ、お金持ちになること。2つ、もっと美しくなること。3つ、美味しい物を食べて健康であること。4つ、男に愛されること」

 それは半分が正解で、半分が不正解だった。私は笑って彼に言ってやった。

「まあまあ、正解かな。でも私は、そんな具体性に欠けたお願いの仕方はしてないわ。それじゃあ、神様だって、何をしてあげたら良いのか分からないでしょう」

「なる程」

「貴男も分かっていると思うけど、1つだけ教えてあげるわ。それは貴男と1日も早く、結婚させて欲しいというお願い」

 私は彼の前で両手を合わせ、お願いの恰好をした。斉田医師は新年早々から私に結婚を迫られ、一瞬、目を丸くしたが、唾を一飲みして、私をじっと見詰めた。ちょっと怯えているようにも見えた。

「菜々が高校を卒業し、大学生になったらと、説明しているじゃあないか。そんなに早く一緒になりたいの」

 斉田医師は、そう答えて、私のスカートの中に手を突っ込んで来た。そうされると彼の欲望の炎が私に燃え移り、私たちは立ち上がって抱き合い、そのままベットへと移動した。私と斉田医師は競うように着ている物を脱ぎ棄て、真っ裸になり、何時もの行為に入った。私は彼から細部を診察するような細やかな愛撫を受け、股間の愛器に蜜を滲ませ、新年最初の受け入れを行った。私にのしかかった彼は欲望を滾らせた物を私の中に嵌め込むと、激しい律動を開始し、私に快感をもたらした。私は欲情を露わにし、濡れに濡れて、喘ぎまくった。すると彼の体内から湧き上がった無数の白い命が、彼の砲筒からほとばしり出て、私の中に放たれ炸裂した。私は、その炸裂の炎熱を感じ、その総てを自分の中に招き入れ、心地よい甘美な感覚に朦朧となった。私は1年前も、この場所で、同じ相手と、同じことをした事を思い出していた。快感の連続の白昼夢。私たちはこれからどうなって行くのでしょうか。人生の行く先は、何時も霧の中なのか。日本に来て、まもなく10年になる。今年こそは、自分の行く先をはっきりさせなければならない。斉田医師は欲望を放出すると悦楽に酔いしれ、忘我状態でいる私に言った。

「これから、外に飲みに行こうか」

 私は動きたく無かった。一体全体、どいういう積りなのかしら。やるだけやって、飲みに行こうなんて。

「知ってる人に会うといけないから、外に行くのは止めましょう」

「誰に会うというのだ」

 私に拒否されると彼は不満顔をした。だから私は言ってやった。

「貴男の知り合い、玉山社長。私の友達。貴男の奥さん、子供さんたち」

 私の言葉に、彼は渋々、納得した。そして、『ハニールーム』で酒を飲み、私と食事して帰って行った。中道剛史からメールが入ったのは、それからだった。


         〇

 翌日、4日、私は中道剛史とデートした。何時もの新宿3丁目の『紀伊国屋書店』の1階で合流し、喫茶店『らんぶる』に入り、新年の抱負を語り合った。私は、『スマイル・ジャパン』の中国との取引拡大と大連2号店の発展の夢を語った。彼は自分の目標を明るい調子で熱っぽく語った。

「今年は今まで以上に海外との仕事が増えそうなんだ。当面の目標は中国企業との合弁の話、タイからの製品輸入の話、マレーシアでの工場建設、それからスリランカからのジュエリー輸入の話の4つだ。これらを成功させれば、俺は課長代理に昇格出来、結婚出来る」

「まあ、結婚するのですか?」

「その積もりだ」

「どなたかと約束しているのですね」

 すると彼は急に声を低くして、周囲に聞こえぬよう私に答えた。

「それが、まだ。だからあんたと・・」

「えっ」

 私が驚いて訊き返すと、彼は俯いて、ポツリと言った。

「だから、あんたと」

「それって、プロポーズ?」

「うん。そうだよ」

 私はびっくりした。中道係長が私との結婚を考えているなんて、予想したことが無かった。彼の私とのデートの目的は性欲の発散のみだと思っていたが、そうでは無かった。彼は一途な男だった。幼い時から学業一筋、私立学校に通い、有名大学を卒業し、一流商社『日輪商事』に就職し、張り切っている大真面目な男だと、私は再確認した。

「本気で言っているの?」

「本気だよ。初めて会った時から、ピンと来た」

「本当かしら」

「本当だよ。本当でなかったら、こんな告白、出来ないよ」

「理由は何?」

 私は理由を訊いた。ピンと来ただけでは納得出来なかった。すると彼は一瞬、戸惑った。直ぐ答えられなかった。私は怪しんだ。

「理由は何?」

 彼は私に問い詰められ、大きく息を吸って、答えた。

「あんたと一緒にいると、何故か安心した気持ちになれるんだ。総ての不安が吹き飛ぶんだ。母親の懐に抱かれているような気分になれるんだ」

 私は、その理由を聞いて、自分には、そんな男を惹きつけるところがあるのかと、改めて教えられた。でも私は彼の申し出を受け入れる訳には行かなかった。斉田医師との結婚を考えていたし、私が中国人であることから、中道剛史の両親や家族に反対され、工藤正雄の時と同じような仕打ちに遭遇することが予想された。従って、彼の申し出を、すんなり受け入れる訳には行かなかった。

「中道さんの気持ちは有難いけど、私には、まだ貴男や貴男の家族のことなど分からないことが、いっぱいあるわ。だから、御免なさい。直ぐにプロポーズの返事は出来ないわ。本当に御免なさい」

「謝らなくても良いよ。あんたの言う通りだ。ゆっくり考えて返事をくれれば良いよ」

「有難う」

 私は中道係長に求婚されて悩んだ。斉田医師と中道係長のどちらを選べば良いのか。急ぐことは無い。狡い考えだが、中道係長の言うように、ゆっくり考えれば良いのだ。私たちは一旦、話題を終わらせ、ショートケーキを注文し、それを美味しくいただきながら、今度はジュエリー販売の話をした。中道係長は、まずは倉田社長を説得し、四谷店でジュエリー商品を販売してみて欲しいと提案して来た。私は倉田社長が賛同してくれるか確認してみると約束した。私たちは喫茶店での話が尽きると、『らんぶる』を出て、寒い北風の中、歌舞伎町の『マックス』へと移動した。『マックス』の部屋に入ると、部屋の暖房が効いていて、有難かった。私たちはバスタブで温まった後、ベットの上でキッスし、抱き合い、愛し合った。彼は私を攻撃しながら訊いた。

「気持ち良いか?」

 私は、ためらいがちに、うんと答え、彼の手管に煽られ、喜悦が増すと、貪欲になった。彼は私を全身で押さえつけ、激しく突撃を繰り返した。彼が夢中になって運動し、吹きかけて来る吐息は私を狂わせた。私は恥じらうことなく彼の炸裂を求めた。大きく開放した花園に恵みの雨が欲しい。

「もっと、もっと、もっと強く」

 私の言葉に、彼は頂点に達し、私より早く行った。そしてポツリと言った。

「良かったな」

 私は彼の問いに言葉は出さず、頷いた。彼の身体は懸命に頑張った為、汗で光っていた。彼は満足し、私の髪を撫でて、私の身体から、そっと離れた。歌舞伎町の夜はパラダイス。


         〇

 初出勤の5日は、朝から快晴で、新しい気持ちで仕事を始めるのに相応しい天気だった。私は、これから1年、自分の夢に向かって頑張ろうと思った。アパレル店の拡大。ジュエリー店のオープン。斉田医師との結婚。父母への感謝。倉田社長への恩返し。この5つを目標に掲げ、その実現に向かって知恵を絞り、努力することを心に誓った。丸の内線の地下鉄に乗り、四谷三丁目駅で下車して、事務所に行き、ポストを開けると、年賀状やチラシや書類がいっぱい入っていた。私はそれらを取り出し、アパレル店のガラスドアを開けてから,、ヤカンでお湯を沸かし、ポストに入っていた書類の整理をした。しばらくするとヤカンのお湯が沸き、お湯をポットに入れていると、倉田社長が、初出勤して来た。

「新年、おめでとう」

「おめでとう御座います。本年もよろしくお願いします」

「ハッピーな1年になるよう頑張ろう」

「そうですね。ウサギのように飛躍しましょうね」

 私たちは互いに頑張ることを誓い合った。私は昨年末からの倉田社長の体調の事が気になっていたので、コーヒーを淹れながら、倉田社長に質問した。

「足の具合はどうですか?」

 すると倉田社長は、まだ万全で無いと答えた。そして、テーブルの上に私が置いた年賀状をめくり読みしながら、コーヒーを美味しそうに飲んだ。そんな所へ、隣りのマンションの仙石婦人がやって来た。私が出した初売りセールの立看板の張り紙を見て、新年の挨拶がてら来たという。それに気づいて倉田社長も事務所から店舗に顔を出して、仙石婦人に挨拶した。

「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「任せておいて」

 仙石婦人は私たちに対して、好意的で、新年からセーターとパンツを買ってくれた。『スマイル・ジャパン』に店舗を貸している中谷ビルのオーナー、中谷婦人も挨拶がてらやって来て、マフラーを買ってくれた。若い人たちも、初売りセールの看板を見て来店し、品選びをした。そうこうしているうちに浩子夫人が3人分のお寿司の弁当を買って、出勤して来た。私は浩子夫人に新年の挨拶をしてから、買い置きしてある味噌汁を準備した。そして3人で昼食をいただいた。午後にも、お客が数人やって来て、セーターやロングスカートを買ってくれた。私と浩子夫人は初日から沢山、売れたので大喜びした。午後3時になると倉田社長は散歩に出かけて行った。足を引きずりながら辛そうだった。その夫の姿を見送り、浩子夫人が言った。

「年末から、ずっと、あの状態なの。冬休み中、足の治療に整骨院などに行って、マッサージの他、電気治療などしてもらったけれど、まだまだみたい」

「困りましたね。でも、あのように少しでも多く、ゆっくり歩けば、身も軽くなり、自然と回復するのではないでしょうか。社長は努力する人だから、きっと良くなりますよ」

「そうだと良いのだけれど」

 浩子夫人は倉田社長の足の事だけでなく、健康の事をとても心配していた。その倉田社長は2時間程すると、事務所に戻って来た。『ドナウ』まで行って、コーヒーを飲んで戻って来たという。3人が揃うと、浩子夫人が仕事を終えてから新年会の食事をしようと提案したが、私は体よく断った。

「社長が、まだ足の具合が悪いし、無理しないで下さい。私も友達との約束がありますから」

 すると浩子夫人は、とても残念がった。

「それは残念ね。じゃあ、新年会は無しにして、社長の足が治ってから、食事会をしましょう」

「申し訳ありません」

「気にすることは無いのよ。お友達と約束があるなら、もう帰って良いわよ」

「本当ですか。では、お先に失礼させていただきます」

 私は、倉田社長夫婦に挨拶すると、ダウンコートを羽織り、『SMILE』四谷店を出た。四谷三丁目駅に向かって歩きながら、これで良かったのだと思った。今年からは倉田社長夫婦と、きちんと向き合い、社員としての交際をするのが、礼儀だと心に決めていたから。


         〇

 今年もまた、倉田社長は年初から多忙だった。昨年、天津へ出張した『麻生化成』の麻生社長の所や親しい客先への年賀の挨拶回りなどで、東奔西走の日が続いた。その為、今年の計画、特にジュエリー販売についての相談をすることが出来なかった。一方、中道係長の方は、『日輪商事』がスリランカの社長と積極的に話を進めているので、『スマイル・ジャパン』が、この計画に乗らない場合は、他社へ話を持つて行くという状況だった。私としては『スマイル・ジャパン』の売上げを増やす為に、アパレル商品だけでなく、ジュエリーの商売を始めたかった。そして成果を上げ、倉田社長夫婦に恩返しをしたかった。更には浩子夫人がいうように独立したかった。私の日本での夢は確実に一歩一歩、前進して行くに間違いないと思えた。日本に来て10年になろうとしているのだから、進歩するのは当然だと思う人もいるでしょうが、振り返れば、人に言えない沢山の苦難の連続だった。貧しい中国から個人中心主義の資本主義国家である日本に幸運を求めてやって来て、懸命に今を生き抜こうと頑張って来た。日本語学校に通いながら、スナック『紅薔薇』で接客したり、西村老人と援助交際したり、大学に入ってから、マッサージ店『快風』で働いたり、エロビデオの仕事をしたり、就職してからラブホテルの掃除をしたり、危険を承知で、男に身体を委ねて来た。私は、かような生活を経験して来たが、それを罪深い事だとは思っていない。罪の呵責も無く、図太く、ふてぶてしく貫き通して来ている。自分の身体は人生の荒海を渡る為の船だと考えている。自分の前を行ったり来たりして翻弄する男たちは、私にとって、船の周りに飛行するカモメのようなものだ。時には船べりで休息させてあげることもある。今、現在、付き合っている男たちも、もしかすると、そのカモメのような類かもしれない。そう思うと、ちょっと寂しい気持ちになった。いずれにせよ、東京での夢を叶える為には、更に努力する必要があった。私は何とかして、中道係長が持ち込んで来たジュエリー販売の仕事を具体化したいと考えた。そんな夢を膨らませていると、細井真理から電話があった。

「明けましておめでとう。愛ちゃん、頑張っているみたいね」

「ええ、おめでとう。真理ちゃんも元気そうね」

「うん。また新しい恋人、出来ちゃった」

「何ですって」

 私は真理の男好きに呆れ果てた。自分を可愛く思い、男に声をかけ、恋の波紋を巻き起こす、そのテクニックは、『微笑会』のメンバーの中で、真理が一番だったが、それにしても、また新しい恋人とは。

「今度の相手は弁護士なの。それも独身よ」

「まあ」

「詳しくは次の『微笑会』の時、話すね。その『微笑会』は1月22日ですって。都合はどう?」

 私は事務所のカレンダーを見て答えた。

「土曜日の夕方よね。大丈夫よ」

「良かった。その時、新しい彼の事、話すね」

「何処で、そんな良い人と出会ったのよ」

「恋は思わぬ所で待っているものなの。じゃあ、電話切るね」

 真理は仕合せいっぱいみたいだった。何と奔放なのか。私は真理の事を羨ましく思った。親が作ってくれた朝食を食べ、自分の家から会社に通い、女の色気を振りまき、遊び回っている彼女の余裕は、何処から生まれて来るのか。それは身近にいる両親たちに擁護されているからに違いない。それに較べ私には、後ろ盾になる家族がいなかった。娘にとって父親は絶大な後ろ盾というが、その父親は中国で汗水流し、家族を守っていて、私どころでは無かった。もし私に後ろ盾がいるかと問われたなら、それは倉田社長と答えるべきかも知れない。倉田社長は足長オジサンでは無く、短足オジサンだが、人間的にふくよかで、私の人生を豊かにしてくれた。私が生活に疲れ、大学入学後の学習意欲が希薄になっている時に現れ、翻訳や通訳の仕事を通じ、私を向上させてくれた。そして、就職先が見つからないで悩んでいる私を『スマイル・ジャパン』に採用し、希望を与えてくれた。しかし、その倉田社長はここのところ何故か私に冷たかった。何が起因しているのか、私は気がかりで、仕方なかった。


         〇

 新年の挨拶回りが一段落すると、久しぶりに倉田社長が朝から出勤して来た。しかし初出勤の日のような明るい笑顔ではなかった。新年会、新年会の飲み会で、飲み歩き、若い女たちにエネルギーを吸い取られてしまったのかも。あの小雪とはまだ続いているのか。それとも銀座に好きな女でも出来たのか。私は、いろんなことを想像した。想像をすればする程、いろんなことが思い浮かんだ。その想像は自分が相手にされない不満と嫉妬に転化した。私は倉田社長に確認した。

「雪ちゃんとは、もう会ったのよね」

 その問いに彼は迷わず、答えた。

「いや。彼女は他の社長と上手くやってる。私の事など、もう忘れてしまっている」

「本当かしら。じゃあ、誰なの。社長を虜にしているのは?」

「そんな相手、何処にもいないよ。今年は断色の年と決めたんだ」

「断色の年って何よ?」

「色欲を絶つ年にするってことさ」

 倉田社長は、そう言って、元気なく笑った。そして、ポツリと悩みを口にした。

「まだ『台湾ミラクル』の仕事、終わっていないんだ。残金を支払ってもらえないと、今年も資金繰りに悩まされることになる」

 コーヒーを飲みながら話す倉田社長から仕事の話を聞いていると、『古賀商会』の古賀社長から電話が入った。倉田社長は、その古賀社長に、あれやこれや、興奮して話し、長話となった。その間、私は中国の『微笑服飾』営口店の春麗姉や大連店の徐凌芳らと連絡を取り合い、売上実績や新商品の仕入れなどの話をした。倉田社長は古賀社長との話が済むと、台湾の『台林貿易』の林健明社長とも長い電話をした。私はまた近くに住む草間秀子と裕美親子がチェスターコートとⅤネックワンピースを買いに来たので、それに対応し、高額の商品を買ってもらった。そうこうしていると、あっという間に昼食の時刻になった。私はコンビニに行き、ミニ牛丼とオデンを2人分買って来て、倉田社長と久しぶりに一緒に食事をした。午後になると倉田社長は今期の計画の策定を始めた。私は、そこで中国の『微笑服飾』1,2号店の12月の売上実績と四谷店の売上実績を報告し、今期は、アパレル事業にジュエリー販売の仕事を加えて、売上を伸長させようと考えていると伝えた。ジュエリー販売が中道係長からの提案だと説明せず、ジュエリー販売の許可を要請した。そんな所へ六本木のクラブのママ、小島幸子がやって来た。彼女は品選びしながら私に訊いた。

「うちの店でのアルバイト、考えてくれてる?」

「まだ、ちょっと」

 私は小さな声で答えた。

「考えておいて」

 彼女は、そう言ってからロングカーディガンを買って行った。幸子ママが立ち去ってから、倉田社長は散歩に出かけた。まだ足を引きずつていた。曇天で風が冷たいのに、彼は足の痛みを早く完治させようと頑張って歩いた。途中、『ドナウ』に立ち寄ると分かっているので、私は余り心配しなかった。その彼は午後4時過ぎ、ミカンを買って事務所に戻って来た。私は古賀社長から送られて来たFAXを倉田社長に渡して質問した。

「台湾に出張するのですか?」

「うん。その予定だ」

「何故、私に話してくれないの」

「正式に決まってから話そうと思って」

 彼は、そう答えて苦笑いした。その笑いに私は怒りを覚えた。

「大事なことは報告してもらわないと困ります。会社にも私にも都合がありますから」

「その通りだね」

 彼は私の怒りを笑って受け流した。古賀社長が一緒のようなので、蔡玲華を連れて行くようなことは無いと思う。それにしても私に対し、少し陰険な仕打ちではないでしょうか。一緒に仕事をしているのだから、何事も正直に報告して欲しかった。私はストレスを発散したかった。私は彼が買って来たミカンをいただきながら、誘いの言葉を投げかけた。

「足の具合、良くなりましたか。マッサージして上げましょうか?」

「うん。少し良くなったような気がする。まだ万全ではないが」

「ではマッサージして上げましょう」

「良いのかな?」

「良いわよ。何時もの所へ行きましょう」

 私たちは、そうと決まると、『SMILE』のシャッターを降ろし、事務所の近くでタクシーを拾い、歌舞伎町の『ピーコック』へ行った。今年、初めての彼との行為に、私は燃えた。まずは『快風』のアルバイトで習得したマッサージのテクニックを使い、丁寧に優しくマッサージして上げた。すると彼は興奮し、何時もに無く、この一時が大事な時でもあるかのように、入念に御返しの愛撫を始めた。その気持ち良さに、私が恍惚の笑みを浮かべると、彼は突然、青年のように傲慢になり、欲望を露わにした。喪失していたパワーが、身体の奥底から突如、火柱となって突き上がり、私を激しく攻撃した。まるで人が違ったように目を輝かせ、好きなだけ欲望を追求した。それを受けて私は絶叫し、荒れ狂った。たまらない、この快感。私が痙攣し絶頂に達すると、彼も私と共に絶頂に達し、私の中に全ての命を放出した。そして私の上で果てた。久しぶりの愛の確認と交流に、私たちは満足した。


         〇

 週末、何時ものように『ハニールーム』に行くと、シクラメンの花とポリアンサの花が芳香を放って、私を迎えた。私は駅前のスーパーで買って来たほたて、カキ、エビ、豆腐、糸コン、肉団子、椎茸、野菜などを材料に、夕食の準備をした。冬のあったかメニューの鍋料理は、材料さえ揃えば、それ程、難しい料理方法では無かった。鍋料理だけではつまらないので、蒲鉾とポテトサラダと白菜の漬物をテーブルの上に並べた。続いて、食器と箸を準備していると、玄関のチャイムが鳴った。私は玄関に行ってドアを開けた。

「いらっしゃい」

「おおっ、良い匂いだな」

 角ばった顔の斉田医師が、笑みを浮かべて、部屋に入って来た。

「美味しそうでしょう。寒いので、あったかメニューの鍋料理にしたの。コート脱いで、椅子に座って」

「そうだな。早速、いただくとするか」

 斉田医師はオーバーコートをスタンド型ハンガーに掛けると、直ぐに指定席に座り、私が冷蔵庫から出したビールの栓を開け、2つのグラスにビールを注いでから、私を見詰めて言った。

「じゃあ、今夜もよろしく」

「乾杯」

 私たちは何時ものように乾杯し、鍋料理を食べた。このようにして、毎日、食事を一緒に出来る日は何時になるのかしら。彼の長女、菜々は、あと1年半待てば、大学生になり、親離れして、独自の考えを持ち、両親が離婚して、思い悩むことはあっても、多様な困難に対する抵抗力はついている筈。問題は長男の孝太と妻の京子だ。長男の孝太を私たちが引取るとしても、妻の京子が、すんなり、離婚してくれるとは思えない。私は鍋料理を食べながらも、いろんなことを考えた。私は飲み物をビールから赤ワインに変えてから質問した。

「奥さん、お元気?」

「ああ、京子か。京子は相変わらず元気だよ。私の事など全く関係なく、孝太の高校進学のことで、頭がいっぱいだ」

「貴男は心配していないの」

「心配しなくはないが、受験するのは当人であり、私が代わってやることは出来ない。失敗したら失敗したで、良い人生経験になる。人生は長い。経験が大事だ。そうだろう」

 彼は、鍋料理を食べながら、得意になって人生感を語った。私は彼の考えを聞いて、心底、驚いた。失敗をマイナス思考に捉えず、むしろプラス思考に転換して捉える彼の考えは男らしかった。

「貴男はいざとなると強いのね」

「何、言っているんだ。私が強いの知つているだろう」

 彼は、そう言うと、何時ものように、椅子に座っている私のスカートの中に、右足を突っ込んで来た。私は、その足を強く叩いて、払いのけて怒鳴った。

「何、やってるの。そんなことしないで、早く食事を終わらせて」

 すると彼は急いで食べたいものを口に入れて、獣みたいにモグモグ食べて、直ぐに箸を置いた。私がテーブルの上の鍋やカセットコンロなどを、キッチンの洗い場に運ぼうとすると、珍しく、斉田医師が、それを手伝ってくれた。食べ残しの余り物はタッパーに入れて冷蔵庫に収納した。それから彼は、私が食器を洗って片付けるのを、後ろで見ていた。そして食器類を全部、洗い終えたのを確認すると、後ろから私を襲って来た。それに気づき、身をひるがえそうとしたが、彼の逞しい腕が、私をがっちり抑え込んで、身動き出来なかった。彼は私の後ろからスカートを捲り上げ、パンティを降ろし、後部から私の中に入って来た。

「何、何、何」

 斉田医師の欲望の昂ぶりが、火をつけられた棒のように私の身体の芯に、滑らかな音を立てて、滑り込んで来た。すると、私は淫蕩になり、自分の腰を更に後ろに突き出して、彼を求めた。斉田医師は私の求めに応じ、熱棒を振るい、私の果実の割れ目を激しく攻め立てた。すると攻め立てられる私の割れ目の果肉から甘い果汁の匂いが漂い、私は獣と化した。彼の熱棒から伝わって来る根源の呼吸と、自分の熟れた果実の発する音を同調させ、波のようにうねった。その息継ぎのタイミングに合わせ、私は自分の割れ目をゆるめたり、絞ったりして、じっくりと快感を味わった。そして斉田医師が欲望を果たし終えた時、私は変なポーズから解き放たれ、キツチンの床にしゃがみ込んだ。


         〇

 『スマイル・ジャパン』の倉田社長の経営感覚は、一般的経営理論と異なっていて、私に理解出来ないところが多かった。虚構の世界を描く物書きだけあって、数値やデーターでは推し量れない、夢のような突飛な着想をする人だった。彼は夢想から着想を得て、その実現に挑戦した。だから私の提案するジュエリー販売にも興味を抱き、直ぐに宝石類の勉強を始めた。彼は新しいことに挑戦する時、まずは関係する分野の知識を習得することに専念した。そして、その実行を進める中で、優れた知識と知恵を習得し、それを武器にした。そんな人であるから定年退職後も、その技術と知恵を活用し、国内や海外との仕事を継続出来ているのだった。その海外との仕事で、彼は急に明日から台湾へ出張することになった。その為、彼は午前中から多忙だった。事務所の書棚から『台湾ミラクル』関連のファイルを何冊も取り出し、テーブルの上に並べた。足が痛いのに、こんなに沢山のファイルを持参する積りなのか。私は心配になった。

「こんなに沢山、持って行くのですか?」

「いや。必要な物だけ抜粋して持って行くよ。何しろ、現地に行って交渉しないことには前に進まないからな」

「大変ね」

「何としても、残金を支払ってもらわないといけないからな」

 倉田社長は、そう言って笑いながら必要書類をカバンに詰めた。そして午後4時半過ぎに出張準備を完了し、帰り仕度を始めた。オーバーコートを羽織りながら、倉田社長が言った。

「今日は早く帰ろう」

「明日から台湾ですものね」

「そうだよ。気の進まぬ出張だけど仕方ない」

「来週まで会えなくなるから寂しいわ。何時もの所へ行きますか?」

「短時間なら」

 私たちは合意すると、早めにアパレル店を閉め、『ピーコック』へ向かった。『日清食品』本社ビルの前でタクシーを降りて、そこから『ピーコック』まで歩いた。倉田社長は、まだ足を気にしていた。私たちはホテルに入ると、シャワーを浴び、ベットの中で、背徳の行為を開始した。

「私って悪い女ね。浩子さんが帰りを待っているのに、誘ったりして」

「私は悪い女などとは思っていないよ。私は小説家だ。こういった関係は、神の悪戯だと思っている。恋は自由だ」

「恋は自由?」

「そうさ。恋はどんな道徳観からも、どんな倫理観からも、自由でなければならない。生物に与えられた自然の行為だから」

 倉田社長は、そう囁きながら、私を燃え上がらせようと、私の局部を愛撫した。その摩擦熱と共に、私の欲情は高まり、愛の渇望が渦を巻き、ぬらぬらと濡れ出し、愛液が溢れ始めた。私たちは究極の快楽などありはしないのに、互いに、それを追い求めた。2人とも狂っている。私は彼の足の具合が悪いのを気にして騎乗位になり、M字開脚で彼を攻めた。彼は私を腹上に乗せ、下から突き上げながら囁いた。

「愛ちゃん。好きだよ。たまらなく」

 私は、その言葉に刺激され、彼を根元まで受け入れ、上下運動をさらに早めた。その波動の気持ち良さは、自分で自分を制御しきれなくさせた。

「ああっ。身体が乗っ取られそう。私が私でなくなりそう。私と一緒に行って」

「ああっ、行くよ。一緒に行くよ」

 私たちは共に絶頂に達して、果てた。私は彼の愛の浸透に包まれ、酔いしれ、満たされた。彼は私の髪を撫でてから、バスルームに入り、急いで帰り仕度を始めた。私も追いかけるように着替をしながら言った。

「気を付けて行って来てね。浮気しないでね」

「そう言う君も、変な男には気を付けろよ」

「私は大丈夫。社長こそ気を付けてよ」

「分かっているよ。でも女に泣きつかれるとな」

「同情は禁物よ。行きずりの女は危険よ」

「分かってる」

 そんな戯言を言い合ってから『ピーコック』を出ると、冷たい夜風が吹き付けて来て、私たちは身体を寄せ合い、駅へと向かった。歌舞伎町の繁華街では、八代亜紀の『なみだ恋』の歌が流れ、まるで私の心情を語っているかのようで、切ない気持ちになった。


         〇

 その週の土曜日、『ハニールーム』から斉田医師が立ち去ってから、私は『ハニールーム』で、ゆっくりと時間を過ごした。午前中、ベランダにシクラメンやポリアンサの花を出し、布団などを干した。昼食は電子レンジで肉まんをチンして食べた。午後2時半、ベランダの花や布団を部屋に入れ、それから三面鏡に向かい化粧をした。鏡の中の自分の顔を見詰め、呟いた。

「斉田先生は本当に私と結婚する積もりでいてくれるのかしら?」

 鏡の中に映っている自分の顔を見詰めていると、何となく不安になった。斉田医師は悪い男では無い。だが彼には京子という妻と子供がいるのだ。妻名義の家で暮らす彼を彼女が手放したりするでしょうか。彼女が離婚を承諾してくれない事には、彼と私は結婚出来ない。愛し合う私たちの思いは本当に正しいと言えるのでしょうか?間違いでは無く、真実の愛と言えるのでしょうか。愛には様々な形があるというが、私にとってどれが本当の愛なのかしら。そんな取り留めのない事を考えてから、私は『微笑会』の新年会に出席する為の衣装選びをした。胸や腰を強調した紫の毛糸のワンピースが優美で似合っていると思えたので、それを着て行くことにした。その上に白いカーディガンを羽織ると落ち着いた感じになった。4時過ぎ、私は選んだ衣装の上にトレンチコートを着て『ハニールーム』を出た。新年会の場所は何時もの『小田急デパート』の13階の和風レストランなので、その前に一旦、自分のマンションの部屋に立ち寄ってから、会場に顔を出した。私が予約席に行くと、可憐と真理が先に来ていた。続いて春奈と純子と美穂が現れ、『微笑会』の新年会が始まった。まずはビールで乾杯し、純子の新婚生活が、どんな具合か訊いてみた。

「どう。新婚生活は楽しい?」

「まあ、予想はしていたけど、楽しい事ばかりじゃあ無いわ。主人は早朝から深夜まで、仕事、仕事で、早く帰って来ないの。美味しい料理を作っても、食べたり食べなかったり」

「それじゃあ、何の為に結婚したのか、分からないじゃあないの。セックスはしてるの?」

「まあね」

「早く子供を産んで、良い家庭を作らないと駄目よ。結婚は愛の契約なんだから」

「愛の契約?」

 純子は、ちょっと渋っ面をした。お喋りな真理は、経験豊富故にか、男女の事について能弁だった。

「そうよ。愛の契約よ。1人の男と1人の女が神前で誓ったでしょう。相手を一生愛すって。それって偕老同穴の誓いなの。契約なのよ」

「契約だなんて、そんな言い方、嫌いだわ」

「でも契約なのよ。2人は強い愛の鎖で縛られているの。私は、そういった束縛によって自由を奪われるのが嫌だから、結婚しないの」

「真理は多情だから、絞り切れないのでしょう」

 純子が、そう反論すると、真理は頷いた。可憐は長山孝一と、時々、デートしているが、彼が1人前の料理人になるには、まだ時間がかかるみたいだった。春奈は小寺俊樹からのプロポーズを受け入れて、保母の仕事を辞めようかと悩んでいるのだという。まだ園児の父親との付き合いが、くすぶっているみたいだった。美穂は米屋の息子の主導で、レストラン経営に乗り出す計画を着実に進めているという。私は真理と同じで、1人の男を愛することが出来ず、どのように話したら良いのか悩み、適当に嘘を話すしか無かった。

「私は工藤君とは、全く縁が無くなって、新しい恋人が出来たわ」

「えっ。愛ちゃんも、新しい恋人、出来たの?」

「うん。細かく話せないけど、会社の取引先、大手商社の係長。今、彼とジュエリー販売の企画を進めているの。上手く行ったら、ジュエリー買ってね」

 私の本当のような嘘のような話が終わると、真理が新しい恋人の話をした。相手は弁護士で渉外の他、顧問弁護士もしていて、金持ちのようだった。

「何処で知り合ったの?」

「銀座の取引先の事務所で名刺を交換してから。その後、彼から電話をもらって・・・」

 今回の『微笑会』の新年会も、真理の主導で、面白、可笑しく盛り上がった。皆で楽しく新年を迎え、『微笑会』のメンバーは、明るい気持ちになった。


         〇

 台湾に出張していた倉田社長が、5日後に明るい顔をして、浩子夫人と出勤して来た。『台湾ミラクル』との検収打合せがスムーズに終わり、残金も今月中に入金するとの報告だった。浩子夫人は、その報告を再確認し、大喜びした。

「今年もまた良いスタートが切れたわね。この後、天津へ連れて行ったお客さんが、中国から機械を買ってくれたら最高よね」

「そうですね。麻生社長、決めてくれるかしら」

 私は『麻生化成』に新年の挨拶に行ったりしている倉田社長の顔を見た。すると倉田社長は、余り期待していないような発言をした。

「どうかな。中国製といっても、金額が金額だから、そう簡単に決めてくれないよ」

 倉田社長は商談に対して積極的に行動しているのに、その成果については余り期待せず、冷静に客先の判断を待っていた。高い旅費を支払い、出張したのに、余り期待していないのは何故なのか、私には理解出来無かったので、訊いた。

「天津に客先を連れて行くなど、天津の機械の売込みに積極的だったのに、何故、受注に対し消極的な考えをするのですか?」

「私は長年の営業経験で、成果を期待しないことにしている。仕事も恋愛と似たようなところがあってね。難しいんだ」

「恋愛と似たようなところ?」

 私は首を傾げた。浩子夫人も仕事と恋愛にどんな繋がりがあるのか想像出来ず、ポカンとした顔をした。すると倉田社長は笑って説明した。

「そう。恋愛に似ている。貴男は魅力的だと囁かれても、それを本気にしちゃあいけない。その言葉で、こちらが燃えたら燃えた分だけ、駄目になった時、深く傷つく。素晴らしい機械だと褒められても、注文をもらえなかったら傷つく。だから私は何事も信じない。結果で判断する」

「まあっ」

 私はびっくりして、倉田社長の顔と浩子夫人の顔を見較べた。すると浩子夫人は、笑って私に言った。

「千三つですって」

「センミツって?」

「千回の見積りをして、そのうちの3つしか契約が出来ないことを言うのですって」

 機械営業の仕事とは、そんなに厳しいものなのかしら。それに較べたら、アパレル販売業は気楽な仕事だった。店舗さえ構えていればお客の方から買いに来てくれるので有難かった。商品の金額は高額では無いが、毎日、何かしら誰かに買ってもらい、売上になった。それにジュエリーの販売を加えたら、売上は確実に増加するに違いなかった。倉田社長は、浩子夫人が私に、千三つの説明しているのを聞いて、ちょっと笑ってから、話を続けた。

「今回、『台湾ミラクル』に訪問し、残金を頂けることになり、ホッとしたが、それ以上に有難かったのは、また新しい機械の引合いをいただいたことだ」

「まあっ、そうなの」

「うん。半導体用フィルム製造装置だ。『台湾ミラクル』は欲しがっているが、何億円もする機械だ。技術説明を聞くだけで、買ってくれるか分からない」

「それこそ、千三つね」

「だからアパレル商品のように安定して売上げの見込める商品が無いか、探している。でも、手ごろな商品が中々、見当たらないんだ」

 私は、倉田社長の言葉に、今が提案のチャンスだと思った。私は迷うこと無く言った。

「どうですか。去年、提案したジュエリーの話」

「ジュエリーの話って?」

「うちの店で、ジュエリーの販売を増やしてみようって、愛ちゃんが言うんだ」

 それを聞いて、浩子夫人は、ちょっと渋い顔をした。彼女の心配は予想することが出来た。彼女は計算高かった。

「仕入れコストが高額になるし、売れなかったら大変よ」

「高額の物を仕入れず、この店に立寄ったお客さんが購入出来る程度の安い物を、店内に並べるのです。そしたら、売上も増えるのじゃあないかと思って」

「そんな高くない手頃の物なら、良いかもね。私も買えるような金額の物ならね」

「はい。1万円以内の物を、スリランカから輸入しようと検討しています。ですから高い物で3万円以下の売価となります」

「なら良いわ」

 私の提案に、倉田社長も浩子夫人も反対しなかった。『スマイル・ジャパン』にとって有益になる仕事なら挑戦してみなさいというのが倉田社長夫婦の考え方だった。しかし心配なのは、そんな提案をした私の方だった。果たして、中道剛史の言う通り、こちらで考えているような安価で素晴らしい宝石が入るかしら。幸い入ったとしても、その仲介者が、中道剛史だと知って、倉田社長は、私と中道係長の間を疑い、その契約に躊躇するのではないか。いずれにせよ、私は倉田社長夫婦に提案したからには、中途半端では済まされなかった。中道係長に会って、具体策を企画せねばならなかった。昼休み、倉田社長が『ドナウ』に食事に出かけている時、浩子夫人が私に言った。

「ジュエリーの仕事が上手く行くと良いわね。そうすれば、愛ちゃん、主人に遠慮なく独立しても良いのよ」

 浩子夫人は、そう言って私の独立の後押しをしてくれた。もしかすると、浩子夫人は、私と倉田社長のことを分かっていて、私が早く主人から離れて行くことを願っているのかも知れなかった。そんな気がする。


         〇

 1月の終わりになると、中道剛史も、年始の仕事が落ち着いたらしく、ジュエリー販売の相談をしたいと連絡して来た。私は待ってましたとばかり仕事を終えてから、新宿の『紀伊国屋書店』の前に行った。少し待つと、髪の毛をボサボサにした中道係長が現れた。

「お久しぶり。年始回りの出張が多くて、時間が取れなくて御免」

「うちの社長も同じよ。営業って大変なのね」

「うん。年始回りなんて、昔から続いている日本の悪い習慣だよ」

 彼は、そう答えて、私の手を握って来た。まるで自分の所有物みたいに私の手をしっかり握ると、歌舞伎町方面に向かいながら言った。

「何時もと違う所で食べよう」

「はい」

 私は彼に従った。そこで入ったのは、何時もの『隠れ家』近くのビルの4階にあるフランス料理店『ピストロ・サヴァサヴァ』だった。私たちはワインで乾杯し、野菜サラダ、生ハム、サクラマスの炭火焼、仔羊骨付ロースの炭火焼などの料理を食べながら、ジュエリー販売の話をした。中道係長は、スリランカの会社のパンフレットを私に見せた。スリランカのコロンボにある『ラトナ』という会社で、その会社の社長と息子の名刺のコピーを私にくれた。社長の名前はバカスカ・サミジーワ。息子の名前はチャンドリカ・サミジーワ。変わった名前だった。2人は日本好きの親子で、2月の後半に来日する予定でいるという。それに当たって、日本側で、契約の準備をしなければならないらしい。中道係長は、ちょっと小さな声で言った。

「まずは、契約としてジュエリーを百万円程、仕入れて欲しんだ」

「そんなに沢山ですか。それは無理な話です」

「無理かな。倉田社長なら、そのくらい出してくれるんじゃあないの」

「仕入れコストがかかるようだったら駄目って、社長の奥さんから言われているの」

 私が、そう答えると、中道係長は困った顔をした。もしかして中道係長は、スリランカの『ラトナ』のサミジーワ社長と仕入れの約束を終わらせているのかも知れなかった。そこで私は彼に提案した。

「もし、どうしてもジュエリーを仕入れなければならないのだったら、中道さんの会社で仕入れられないの」

「そうなったら、ややこしくなるから、駄目だよ」

 何故、ややこしくなるのか。中道係長のワインを飲む口元が、困惑と微笑みで歪んだ。ジュエリーの話はここで終わってしまうのかと思われた。だが中道係長は困惑を誤魔化すようにワインを一飲みして、提案した。

「では、こうしよう。半額、俺が負担しよう。50万円なら、倉田社長も了解するんじゃあないかな」

「なら、何とかなるかも」

 私たちはジュエリー販売の目途が付き、軌道に乗るまで、仕入れの半分を中道係長に資金負担していただくことで、話合いを終えた。そして、デザートを食べて、精算を済ませてから、『マックス』へ移動した。『マックス』の部屋に入ると、『白い恋人たち』の曲が流れていた。私はためらいもせず、白いセーターを脱ぎ、背中に手を回し、後ろ手でブラジャーを外し、バスルームの前に行って、パンティを脱ぎ、先にシャワーを浴びた。すると、そこへ中道係長が割り込んで来た。まず一声。

「綺麗な身体だ」

 彼は私の全裸を見て、そう褒めると、ボディシャンプーでツルツルになった私の身体に、後ろから張り付き、胸の乳房から下半身の方に向けて、ゆっくりと撫で回した。私は彼の手の動きから逃れようと、身をくねらせた。彼は小声で言った。

「胸の膨らみ、腰のくびれ、股毛に隠された花襞。どれもが素晴らしい。触らせてくれて有難う」

 彼の囁きと性器を勃起させている彼が、私の股間に触れる心地良さとに、私の身体は誘惑され、波打ち、もだえ乱れた。私たちはバスルームの中で繋がり、時間をかけ、立ったまま、前後の往来を繰り返し、少しづつ呼吸を荒げ、燃え上がった。のめり込んで来る彼の若い力は、私を失神させようとして、若い男女の激しい欲望の応酬となった。私の肉体の奥底には魔物が潜んでいるのかしら。彼の突っ込む若い力の砲撃予兆の悦びに、私は耐えられず、叫んだ。

「中道さん!」

 すると彼は目を瞑り、砲弾を発射して、私を恍惚の世界へと導いた。私は彼の砲撃を受け、失神し、バスルームの洗い場で、彼にしがみつきながら倒れた。


         〇

 時の過ぎるのは早い。あっという間に1月が過ぎ去り、2月になった。まるで演奏曲の曲目が変わるみたいな早さだった。冬の空は澄み渡り、舗道はカチカチに凍りついているが、何処からか梅の花の香りが流れて来て、春の予感がした。アパレル店『SMILE』のガラスドアを開け、マネキン人形のワンピースを着せ替えていると、倉田社長が出勤して来た。彼は相変わらず、お早ようと言っただけで、私と余り話さなかった。私が淹れたコーヒーを飲み、それから事務所のパソコンに向かった。客先からのメールと迷惑メールなどを仕分け整理して、その後、客先メールの一つ一つを丁寧にチェックし、返信したりした。それが終わると、事務所の天井を見上げ、物思いに耽り、ポカンとしていた。そこへ誰かからのメールが彼の携帯電話に入った。すると彼は携帯電話機を手に、夢中になってその返信を作成し、相手と何度か、交信のやり取りを行った。相手は誰なのか。小雪か、雨冰、玲華か。私は怪しんで訊いた。

「何かあったのですか?誰からのメール?」

「うん。知り合いからのメール」

 彼は素っ気なく答えた。私と関係無いといった態度だった。しかし私は気になった。今年になってからの彼は半導体用フィルム製造装置のことや他の女との付合いで、いっぱいで、私どころでは無いみたいだった。それとも工藤正雄の母親のように興信所を使い、私の素行を調査し、私の男関係を知ったのかもしれなかった。彼は仕事以外の事で、なるたけ私に接触しようとしなくなっていた。そんな彼の態度は長い間、彼と接して来た私にとって、自分の魅力が失われたようで、とても寂しい気持ちにさせられた。私は彼にとって、厄介者になっているのかも知れなかった。仕合せの時間は長く続かないものなのか。私は彼に冷たくされ、何故か怒りのようなものを覚え、意見してしまった。

「社長。最近、おかしいわよ。ぼんやりしたり、メールに夢中になったりして。ねえっ、どうしたの?」

「そんなに、おかしいかな。気になっている調べ事がって、落ち着けない上に、時の過ぎるのが、余りにも早すぎて、呆気にとられているからかな」

「馬鹿ねえ。時が過ぎるのは当たり前の事よ」

「当り前の事だけど、自分に与えられている時間には限度がある。これからもずっと続くとは限らない。それを思うと、茫然としてしまうんだ」

「そんなこと考えちゃあ駄目よ。人生は長いんだから」

 すると彼は、ちょっと悲しそうな顔をして、溜息をついた。

「君の人生は長いだろうけど、私に残されている人生の時間は短い。だから今のうちに、やりたいことをやり、会いたい人と会いたい」

「そんな人がいるの」

「君だっているだろう。沢山の男が」

 私は、その言葉に圧倒された。何もかも、お見通しだといった彼の口調だった。私は何を喋ったら良いのか分からなくなった。2人だけでいる事務所内に気まずい空気が流れた。私はアパレル店に移動し、店先に出て、通りすがりの女性に声をかけたりして、気をまぎらせた。ほとんどの人が通り過ぎて行ったが、中には近寄って来て、店内の商品を選んで、買ってくれる人もいた。昼時になると、私はお弁当を買いにコンビニに行き、皆川千香と喋って、事務所に戻り、倉田社長は『ドナウ』に出かけて行った。午後になると仙石婦人や草間親子などが、買いに来てくれた。彼女たちは健康の秘訣は、オシャレだと言って、アパレルの売上げに協力してくれた。そんなお客との会話を楽しんでいる所へ、倉田社長が戻って来た。彼は仙石婦人たちに挨拶した。

「いらっしゃいませ」

「あらっ、社長さん。何時も愛ちゃんに、お世話になっています」

「いえ、いえ、こちらこそ、お世話になっております。感謝してます」

 倉田社長は、そう言って、その場から離れ、事務所内に姿を消した。倉田社長が奥の事務所に入ると、仙石婦人が小さな声で私に訊いた。

「社長って、どうなの。ずっと一緒に仕事をしていて誘われたりしないの」

「そんなことありません。奥さんにべったりの人ですから」

 私は仙石婦人の詮索に嘘をついた。仙石婦人は倉田社長に興味があるみたいだった。そんな仙石婦人たちが店からいなくなると、私は事務所に入り、先月の売上や仕入れの整理をした。倉田社長は机を並べているのに無口だった。相変わらずの二重人格者だ。私は、こんな雰囲気が嫌いなので、夕方になって倉田社長を誘った。すると彼は嫌味を言った。

「義理で誘わなくても良いんだよ。何事にも限界があるのだから」

「何を言っているのよ。社長に、そんなことを言われたら、自分は何の為に生きているのか分からなくなってしまうわ」

「良いんだ。私にはもう気を使わんでくれ」

 信じられない言葉だった。彼が私を避けようとする嫌悪の棘に、私はチクチク刺され泣きそうになった。目にいっぱい涙を浮かべ哀願した。

「そんなこと言わないで。温かい貴男の温もりが欲しいの」

「分かったよ」

 彼は私に懇願され同意した。何時ものように、タクシーに乗り『ピーコック』へ行き、合体した。彼に冷たくされると、何故か私の肉体に眠っている女の欲情が目覚め、炙られた。私は彼を追い詰め燃えまくった。無意味な行為と思いつつも、一時の快楽をむさぼった。歓喜の後の何とも言えぬ虚脱感は、私たちにとって、何とも遣る瀬無く辛かった。私は復讐されているのか。ことが終わってから、彼は笑った。『ピーコック』を出ると、彼は急いで新宿駅に向かい、西口のコンコースで私と別れた。


         〇

 水曜日の夕方、私は芳美姉の家に招待された。中国で明日、2月3日から春節が始まるので、それに合わせ、芳美姉が餃子を沢山、作ったから、食べに来ないかという誘いだった。私は夕方、会社を出てから、『小田急デパート』の地下でイチゴを買って、芳美姉の家に行った。玄関のチャイムを鳴らすと、琳美が私を部屋に招き入れた。芳美姉の家のダイニングテーブルの上には、既に餃子や刺身盛りや野菜サラダや飲み物が準備されていた。大山社長はテレビを観ながら、日本酒を飲んでいた。私を見るなり、芳美姉が大山社長に声をかけた。

「パパ。愛ちゃんが見えたわよ。さ、皆で食べましょう。今夜は春節の晦日だから、沢山、食べましょう。パパ、乾杯して」

 私たちは、グラスに、それぞれの好きな飲み物を注ぎ、大山社長の音頭に従い乾杯した。芳美姉は大山社長に、中国にいた頃の春節の思い出話などをした。私と琳美は、芳美姉の話を聞きながら、あの寒い中国大陸の春節を思い出した。そして芳美姉の家から、中国の家族や親戚に電話したりした。電話に出た玉梅祖母や芳美姉の弟、樹林からは、『微笑服飾』の営口店も大連店も春節を前に、大勢のお客が詰め掛け、昨年末以上の売上げを達成出来たと、喜びの報告があった。中国との電話が終わると、日本での世間話になり、桃園のことについて質問された。私は大山社長と桃園の事もあり、桃園から聞いている関根徹とのことについては、ほとんど話さなかった。桃園は美容学院で腕を磨き、将来、美容院を持ちたいと、頑張って努力していると話した。そして自分の事を訊かれると、『微笑会』で話したと同じような説明をした。

「四谷のアパレル店も、お客が増えて順調だけど、まだ私の給料分くらいしか、儲からないので、ジュエリーの商売を追加して、利益を増やそうと企画しているの。品物が入って来たら、安くするから、買ってね」

「まっ、ジユェリーの販売をするの。それは楽しみね。応援するわよ」

 そんな話をしているところへ、私の携帯電話に電話がかかって来た。私は誰からだろうと携帯電話の画面で相手の名前を確認し、びっくりした。思わぬ相手からの電話だった。そう、あの懐かしい金蘭々からだった。

「もしもし。愛ちゃん。誰だか分かる?」

「分かるわよ。蘭ちゃんでしょう。久しぶりね。元気そうね」

「今日、徐夕でしょう。愛ちゃんと過ごした瀋陽時代を思い出して、電話しちゃった。会社、上手く行ってる?」

「ええ、何とか頑張ってる。近く会いたいわね」

「そうなの。今度の日曜日、時間が空いているので、会えないかしら。池袋へ行くから」

「良いわよ。この前、会った所で11時半に待合せしましょう」

 私は蘭々との再会を約束して、携帯電話のスイッチを切った。私の嬉しそうな顔を見て、芳美姉が訊いた。

「誰からの電話?」

「蘭々よ。瀋陽時代のお友達」

「分かった。埼玉の農協の人と結婚したお友達ね」

「うん」

 私は、それから食後のイチゴを食べたりして、30分程、芳美姉の家で過ごし、自分のマンションに帰ることにした。

「ご馳走様でした。私、そろそろ帰らなくちゃ」

「そうよね。じゃあ、これ、月亮たちの所へ持って行って」

 私は芳美姉からプラスチックケースに入った餃子を沢山、預かった。それを自分の部屋に帰る前に、『快風』の店に届けた。謝月亮店長始め香薇、桃園たちは大喜びした。私は、それから自分の部屋に戻って、営口の両親や春麗姉に電話した。営口店の売上げは、過去最高と春麗姉は自慢した。私は家族の1人1人と話しながら、法治国家に程遠い中国で暮らさねばならぬ人たちの事を不憫に思った。都市と地方との格差、共産党員とそれ以外の人との貧富の差などを考えると、何故、中国の若者たちは、その改革に努力しようとしないのか考えた。想像するに、中国共産党に支配されている人たちは、多分、自分が可愛いのだ。世の為、人の為に尽くそうなどとは思わない。若いうちから自分の老後の生活費を心配し、金儲けに奔走しているのだ。またある者たちは国家の身分制度の厳しさを実感し、意欲を失い、諦め切って生きているのだ。それに較べ、日本で暮らす『快風』の女性たちは仕事は辛いが、自由奔放で生き生きしていると思った。


         〇

 2月6日の日曜日、私は山手線の電車に乗って池袋へ行き、『東武百貨店』脇の交番前で金蘭々と待合せし、午前11時半、久しぶりに再会した。蘭々は元気な顔をしていたが、少し痩せた感じがした。農業協同組合に勤める新井耕作と結婚して、1年半程、月日が経過していた。会うなり彼女は言った。

「今月3日から春節が始まるので、中国の両親に電話したりしていたら、急に愛ちゃんのことを思い出して、会いたくなったの」

「私もよ。中国の親戚に電話しながら、蘭ちゃん、どうしているかなって思っていたら、蘭ちゃんから電話がかかって来て、驚いたわ」

 私たちは再会を喜び合った。それから以前に入った事のある平和通りの中華料理店『永利』に行った。春節中なので、東北料理の他に、餃子を注文した。そして、その中華料理をゆっくり食べながら、近況報告をし合った。蘭々は何か悩みを抱えているみたいだった。

「どう、日本の生活は?」

「初めのうちは、言葉が下手で、不安だったけど、主人の両親が、私を大切にしてくれるので、何とかやれてるわ」

「耕作さんは、優しくしてくれてる?」

「ええ。普段は農協の仕事で忙しくしているけど、休みの日は、朝から晩まで私と一緒にいてくれるわ」

「それは良かったわね」

「でも一つ悩みがあるの」

「悩み?」

 それから蘭々は、現在、抱いている悩みを私に打ち明けた。それは東松山で一緒に暮らす耕作の母、和江が、最近、夕食の準備を一緒にしながら、スタミナ料理をしきりに勧め、若夫婦の性生活に首を突っ込んで来るという悩みだった。

「精力をつけて、頑張ってもらわなくちゃなんて言って、食事を一緒に作るのよ」

「まあっ」

「年老いて行く主人の親たちは、早く孫の顔を見たいらしいの。だから私が早く妊娠することを願っているの。でも赤ちゃんて、神様の授け物でしょう」

「そうよね」

「でも早く子供を産まないと、中国へ戻されてしまうような気がして」

「そんなこと無いわよ。日本人は誠実だから」

 私は日本人でも無いのに、日本人が勤勉で清潔で親切で真面目だと話した。すると蘭々が珍しく中国の事を批判した。

「私も日本に来て、日本人が規律正しく、悪人の国で無い事を理解したわ。中国は日本に対する憎しみ教育を止めるべきよね」

「憎しみ教育。蘭々、中々、上手い事を言うわね

 蘭々の近況報告が終わると、私の近況報告の番になった。私はアパレルの販売の他、ジュエリーの販売を始める予定だと自分の輝く夢を語った。蘭々は、私が積極的に夢を語るので感心した。

「凄いわね、愛ちゃん」

「人生、勇気と元気と根気よ」

「私、愛ちゃんに会って良かった。元気をもらい、悩みも吹き飛んだわ」

「私もよ。蘭ちゃんに会って、嫌なことが消え去ったわ。これからも時々、会おうね」

「そうね。私、これから買い物したいの。付き合ってくれる?」

「良いわよ」

 私たちは中華料理店『永利』を出て、池袋駅に戻り、買い物をしようと、百貨店に行った。だが、蘭々が欲しいと思う洋服は、どれも高価だった。

「こんなに高い洋服、私には買えないわ。折角、池袋に来たのに」

 そこで私は彼女を、四谷店『SMILE』に案内することにした。JRの池袋駅から新宿駅まで行き、そこから地下鉄丸の内線に乗り替え、四谷三丁目駅で下車し、店まで歩いた。アパレル店『SMILE』のシャッターを開け、蘭々を店に入れると、蘭々は感激の声を上げた。

「まあ、素敵な可愛いお店」

「小さなお店でしょう。気に入った物があったら、私に言って。安くしておくから」

 すると蘭々は、目の色を変え、好きな洋服を3点ほど選んだ。私は、そのうちの1着を彼女にプレゼントして上げた。


         〇

 中国の春節が終わると、本格的に今年も頑張ろうという気持ちになった。この『スマイル・ジャパン』で頑張れば、ラッキーチャンスがやって来るような気がした。倉田社長も浩子夫人も私に対し、とても優しく、『スマイル・ジャパン』は居心地が良かった。2人は私の提案に対しても、ちゃんと向き合ってくれた。倉田社長は『台湾ミラクル』から依頼されている半導体用フィルム製造装置の商談に奔走し、私はジェエリー販売の事業を立上げる夢に、心を躍らせた。私はジュエリー事業を何としても成功させ、アパレル事業と共存させ、会社の利益向上に貢献したいと願った。ひいては自分の独立の基盤にしたいと考えた。私はジュエリー販売を次の段階へと進める為の予定を知りたくて、中道剛史にメールを送った。

 *こんにちは。

 その後、サミジーワ社長から連絡ありましたか?

 何時頃、来日しますか?

 予定をお知らせ願います*

 すると1時間程して、中道係長から返信のメールが送られて来た。

 *月末に来日するとのことですが、 

 まだ具体的連絡がありません。

 今週、打合せしますか?*

 その文面から、私に会いたがっているのが読み取れた。しかし、今週は残り少なく、日程の調整が難しかったので、来週に引き延ばすことにした。

 *今週はバタバタしていて

 予定が詰まっています。

 来週の月曜日ならOKです*

 私は先送りすれば、良いと思い、簡単に来週の月曜日に会うことを約束した。それから冬物の在庫処分について、どうすれば良いか考えた。答えは考えるまでも無かった。大安売りすれば良いことであった。そんな思案をしているところへ、午前中、客先へ打合せに出かけた倉田社長が事務所に戻って来た。そこで私は倉田社長に、バーゲンセールの話をした。すると倉田社長は感心した。

「私は冬物の在庫品について、全く考えていなかったよ。愛ちゃんの言う通りだ。大安売りしよう。物によっては、春物を買ってくれた人に、プレゼントしてやっても良いよ」

「有難う御座います。助かります」

「何も礼を言うことなど無いよ。アパレルの仕事は君の好きなようにやれば良い」

 倉田社長は細かくなかった。せせこましく無く、心が広かった。決断が早く大胆だった。現実を直視した計算能力が高く、希望の種を蒔く人だった。このような包容力のある老年の男と出会った不思議な運命の赤い糸は、全く想像していない事だった。まさに想像の世界より現実世界の方が、遥かに奥深く、怪奇だった。私は、もっと早くこの世に生まれ、倉田社長と出会いたかった。でも出会いは順番だから、どうすることも出来なかった。そんなことを考えながら、私はバーゲンセールの準備をした。私は不条理なことと分かっていても、彼に愛して欲しいと欲望した。夕方になって、私は彼に声をかけた。

「久しぶりに行きましょうか?」

 すると倉田社長は首を左右に振って、私の誘いを断った。

「今日はこれから用事があるんだ」

 彼は、そう答えると、私と一緒に寒空の下、四谷三丁目駅まで歩き、道路の反対側のバス停の方へ向かった。私は彼と別れ、心が折れそうになり、寒さに震えながら、地下鉄への階段を降りた。


         〇

 3連休の初日は金曜日だが、日本国の建国記念日ということで祭日だった。私は日中、のんびりして、夕方、デパートの地下食料品コーナーで、刺身、天ぷら、豚の角煮、豆腐などを買い込んで、『ハニールーム』に行った。こんな日には、何時も斉田医師が早く来て、私を待っている筈なのに、彼の姿は無かった。私は、しばらくすればやって来るであろうと、湯豆腐などの準備をして、彼を待ったが、いくら経っても、彼は姿を見せなかった。メールしても、返信して来なかった。今日は祭日なので、家庭サービスをしなければならず、来られないのかもしれない。そんな想像を巡らせ、諦めかけていた所に、斉田医師が酔っぱらって現れた。

「やあ、お待たせ。エロ女さん」

「何よ、その言い方。何処でそんなに飲んで来たの?」

「うん。久しぶりに玉山社長に会って、夕方から『蘇鉄』で飲んでいたんだ」

 玉山社長と聞いて、私はゾッとした。あの男に布ヒモで堅縛され、暴行された悪夢は、今も鮮明に私の心身の奥深くに刻み込まれている。彼は変態だ。斉田医師は何故、あんなガラの悪い変質者と付合ったりしているのか。

「私、あの人、嫌いです」

「そうかなあ。玉山社長は君の事を素直で良い女だと言っていたけど」

「そんな筈はありません。2日、出勤しただけで辞めたのですから。あんな腹黒でエゴイストの人、大嫌いです」

 私は、あの日の事を思い出し、怒りが込み上げて来た。そして玉山社長が小雪を使い、私から今の仕事を奪い、職を失わせようとしたことを忘れなかった。斉田医師は私の怒っている顔を見て、私をからかった。

「愛ちゃんの美貌は呪いだ。あんな年寄りに好奇心を持たせているんだからな」

「何て馬鹿な事を言っているの。この酔っ払い」

「玉山社長が、私に言うんだ。君は可愛らしいが、その奥に潜む魔性に惑わされてはならないって」

「失礼な人ね」

 私は酔っぱらっている斉田医師の口から出て来る言葉を無視した。すると彼は私がテーブルの上に準備しておいたビールの栓を開け、自分でビールをグラスに注ぎ、一気に飲み干して、質問した。

「君は玉山社長とやったのか?」

「どうして私が玉山社長と。玉山社長が、そんな根も葉もないことを、貴男に言ったの?」

 私は顔色を変え、玉山社長がどう言ったかを追及した。斉田医師は酔いの力を借りて、平然と喋った。

「玉山社長が、君にやらせてもらったような言い方をしたもんだから」

「そ、そんな。貴男の知り合いと、そんなことする訳、無いわよ。貴男は、それを信じるの。貴男が玉山社長のことを信じるなら、お別れしましょう」

 私は荒々しく反論し、断固、玉山社長との体験を否定した。そして自分の心を落着かせようと、斉田医師から、ビールのグラスを奪い取って言ってやった。

「貴男は女の事、分かっていないのね。女の扉は男を招き入れたり、送り出すことも出来るけど、拒否することだって出来るのよ」

 私は開き直り、不快な顔をして、斉田医師を睨みつけた。玉山社長に弄ばれた後悔と自責の念に苛まれながらも、玉山社長を紹介した斉田医師を恨んだ。玉山社長を紹介したのは、貴男ではないか。斉田医師は憤慨している私を見て、淫猥な笑みを浮かべて言った。

「本当かな。そんなこと出来るとは思えないけど」

「ひつっこい人ね。じゃあ、私が玉山社長としたって言えば良いの」

 私が、そう答えると、斉田医師はムラムラと欲望を掻き立て、突然、私に挑みかかって来た。その激しい欲望のテンポに、今回、拒絶しようと思っていた考えは、根底から揺るがされ、覆されてしまった。私は彼に激しく攻め立てられ、撥ね返すことも出来ず、拒否する筈の愛の扉を開いてしまった。後はドロドロ。喜悦に溺れ、浮遊し、フラフラになった。


         〇

 月曜日、倉田社長は業界の展示会を見に行くと言って、午前中から有明の『ビックサイト』へ出かけて行った。黒のパナマ帽子を頭に被り、首に紫色のマフラーを巻き、黒いカシミヤのオーバーコートを羽織り、黒革のカバンを手にして出かけて行く姿は、ビシッとして貫禄があった。痛い痛いと言っていた足の痛みは何時の間にか治った様子だった。私は彼を見送ってから、バレンタインチョコレートを渡すのを忘れたことに気づいたが、もう手遅れだった。そのことによって彼の行動に私は疑念を抱いた。彼は本当に展示会に出かけたのかしら。展示会を口実に女との逢引に出かけたのかもしれない。アパレル店で、客待ちをしながら、1人、じっとしていると、余分な想像をしてしまう。他人の嫉妬や束縛を嫌っているというのに、自分では相手を独り占めしたいなどと不可能なことを願望したりした。私という女は欲張りだから、他人の境遇と自分の境遇を比べ、相手の仕合せを自分のものにしたいなどと欲望したりする嫌な女だった。斉田医師と結婚したいなどと願いながら、私の心の深層は全く矛盾していた。倉田社長は私を信頼してくれている浩子夫人の夫なのに、自分から手放したく無かった。他の女に奪われるのが気がかりだった。彼が他の女に夢中になり、私に対し冷淡になっているのではないかと、疑心暗鬼になり、彼への不信感でいっぱいになった。そんな所へ隣りのオフィスの経営者、青山和歌子が、やって来た。

「あらっ、社長いないの?」

「はい。展示会に出かけています」

「そう。このブラウス、可愛いじゃあない」

「そうですね。襟やカフスが無地のホワイトになっているのが特徴です」

「私に似合うかしら」

「鏡でご覧になって下さい」

 私がブラウスを手渡すと、彼女は鏡の前に立ち、くすりと笑って言った。

「何だか欲しくなっちゃった。少し安くならない?」

「良いですよ」

 私は頷き、感謝した。彼女は、私が包装したブラウスを『SMILE』の袋に入れて渡すと、ブラウスの代金を支払い、薄笑いして、隣りのオフィスに帰って行った。私は疑問を持った。彼女、来るなり何故、倉田社長のことを訊いたのか。もしかして、彼女も倉田社長に気があるのか。馬鹿な。そんな筈はない。私は昼食を終えてから、今日の倉田社長の予定を確認した。

 *まだ展示会場ですか?

 何時頃、事務所に戻りますか?*

 そう問合せしても、倉田社長は返信をくれなかった。午後4時半過ぎになってから、やっとメールが入った。

 *展示会の会場で懐かしい人たちと出会い、

 話が弾んで、この時刻になってしまいました。

 まだ話が尽きず、一杯やろうとことになった為、

 事務所に戻りません。

 お疲れ様。

 また明日、頑張りましょう*

 彼は、この後、『ビツクサイト』から都心に出て、銀座あたりの女か、雪ちゃんか蔡玲華に会うのかもしれない。また疑念が湧いた。あははと笑っている雪ちゃんの顔が浮かんだ。と、突然、中道剛史のことを思い出し、メールした。

 *中道さん。お元気ですか?

 今日は何をしていますか?

 仕事、忙しいですか?*

 すると中道係長から直ぐに返信メールが届いた。

 *仕事、忙しいです。

 現在、サミジーワ社長との覚書を作成中です。

 待ち合わせ時刻に間に合うように、

 頑張っています*

 私は、中道係長からの返信を読んで、ドキッとした。そういえば月曜日ならOKだと彼と約束をしていた。それを、うっかり忘れていた。倉田社長とのダブルブッキングになるところだった。危ない、危ない。私は胸を撫で下ろし、アパレル店のシャッターを降ろし、帰り仕度をした。ガラスドアの鍵を閉め、シャッターの鍵を閉め、外に出ると雪が降り始めていて、これから沢山、積もるのではないかと思われた。私は地下鉄の電車に乗り、新宿三丁目駅で下車し、『紀伊国屋書店』に向かった。『紀伊国屋書店』前に行くと、既に中道係長が来ていて、店先の単行本を立ち読みしていた。私はそっと近づいて声をかけた。

「お待たせ」

「おう。今日は寒いから焼き肉を食べよう」

「そうね」

 私たちは雪が降る中を歌舞伎町に向かって歩き、『叙々苑』に入った。コース料理を食べワインを飲み、身体中が温まり、元気になり、『マックス』に行った。私は裸になる前に中道係長にバレンタインチョコレートを上げた。中道係長は、それを受け取ると大喜びした。その後、私たちは、バスルームで身体を綺麗にしてベットに移動し、全裸のまま見詰め合った。彼は私の肌に触れ、愛撫しながら囁いた。

「あんたは素晴らしい。白魚のような滑らかな肌をしている」

「嘘でしょう。素晴らしくなんか無いわ。本当にそう思っているの」

「本当だよ。結婚しよう」

「どうしようかな」

 私は彼のプロポーズを信じなかった。男は〈結婚しよう〉という言葉を、女を口説く殺し文句と考えているみたいだが、それは甘い考えだった。しかし、こんな雪の夜、そう言って口説かれるのは心地良かった。私は嬉しくて彼にしがみついた。彼はそんな私の身体の隅々まで、丹念に愛撫し、あらゆるテクニックを駆使して私を挑発した。私は、その挑発して来る様々な刺激に対して、火照り、興奮し、身悶えしながら、倉田社長も、何処かで同じような事をしているに違いないと想像した。中道係長は、そんな私の上に跨ると、前後運動を開始し、ストロークのピッチを上げた。そしてついには絶頂に達し、煮えたぎった物を放出した。その放出物が私の身体の奥底に浸透して来ると、私の頭の中は真っ白になり、オルガスムスに震えた。中道係長は満足感に満たされ、バスルームに向かいながら、うっとりしている私に言った。

「回を重ねるたびに、良くなっているよ」

 私は彼がバスルームに入っている間に、倉田社長にメールを送った。

 *今日、チョコレートを渡すのを忘れました。

 明日、渡しますね。

 晩安*

 私は倉田社長の事が気がかりでならなかった。こんな雪の夜に東京に遅くまでいて大丈夫かしら。中道係長がバスルームから出た後、私はバスルームに入り、割れ目を綺麗に洗った。バスルームから出ると、中道係長は、もうネクタイを締めていた。私は慌てて洋服を身に着け、バックを手にした。部屋を出て、エレベータに乗り、一階に降り、『マックス』から外に出た。すると、外では雪が増々、ひどくなっていた。


         〇

 倉田社長は『台湾ミラクル』からの入金があり、半導体用フィルム製造装置の引合いをいただいてから、アパレル店のことは、私と浩子夫人に任せっきりで、あちこち出歩き、会社に寄り付かなかった。斉田医師や中道係長と私の関係に気づいてか、私を避けているみたいだった。そう感じると居心地が良いと思っていた『スマイル・ジャパン』が居心地の悪い場所になった。私が他の男と繋がっている事を倉田社長が知っのだと想像すると、私は恐ろしくなった。私のしていることは倉田社長の私への慈愛の精神を裏切ることになるのか。私の斉田医師たちとの付き合いは、間違いなのか。悪いのは私なのか。私のしていることは裏切りなのか、それとも真実の愛か。倉田社長への愛を少しでも残しているのか。自分でも分からない。私は悩んだ。恋愛の難しさは1人の人を愛するということにあるのか。私は私への支援を続けて来てくれている倉田社長との間に、目に見えない齟齬が生じ始めていることに不安を抱いた。ところが倉田社長は業界の展示会を観に行き、半導体用材料の知識を得て、そこで出会った『帝国機械』の後輩たちから、業界での活躍をおだてられ、全く元気を取戻して働き始めた。彼は私と浩子夫人に自慢した。

「後輩たちが、私の健在ぶりに感心し、業界の沈まぬ太陽だと言ってからかうんだ」

「そうでしょうよ。現役時代と同じように、派手なネクタイをして、笑顔を振りまき、輝いているのですから」

 浩子夫人は夫をからかい煽てたかと思うと、その次に残酷な事を言った。

「でも太陽は沈まなければならないのよ。皆、太陽が早く沈むことを願っているんじゃあないの」

 私はその浩子夫人の言葉を耳にして、浩子夫人が言うように太陽が沈む時のことを、今から考えておかねばならぬと思った。倉田社長が何時までも元気でいるとは限らない。仕事は自分の道楽だと言っているのだから、楽しくなくなれば、店じまいするに相違なかった。そうなれば、私に手を差し伸べることもしないでしょう。彼との距離が広がるとなれば、私は自力で生きて行くしかない。それは私の自立の機会と言えなくも無いが、恐怖でもあった。心の支えになってくれていた人が、いなくなるということは、若い娘が父親を失うようなものだった。そんなことを考える私の不安とは対照的に、浩子夫人は、のんびりと考えていた。倉田社長のいない所で、私に言った。

「主人が元気なのには私も驚いているわ。取引のリスクを恐れず、前向きに仕事を楽しんでいるのが良いのね。でも元気過ぎるのも困るわ。私より先に、あの世に行ってもらいたいわね。仕事以外、家の事など、何も出来ない主人を、あの世で心配するのは辛いから」

「まあっ」

「なのに主人は、私が先にあの世に行っても、平気だって言うのよ。最後まで尽くしてくれる女がいるからって。そんな女の人、いる筈が無いのに」

 浩子夫人は、そう言って私を見詰めて、仕合せそうに笑った。私は、この夫婦と自分とは生態系が違うと思った。年齢は違うし、収入は違うし、第一、国籍が違った。それに2人が、どんなに元気を装っていても、2人の老成の兆しは隠せず、私とは違った。本人たちから不仲だと聞いているが、どう見ても、2人は仲良しだった。倉田社長の異性との戯れは、大人の寄り道として、浩子夫人に容認されているのかも知れなかった。倉田社長は嫉妬と束縛を嫌う自由を至上とする爺遊人であり、浩子夫人は、女の純粋さを失わず、充実した人生を送っている貴婦人だった。私とは全く生態系の違う2人たちだった。私の心は揺れ動いた。何時、独立するか。人生は出会いと別れの連続だと言われている。同じ日が明日またやって来るなどと思ってはならない。毎日が同じ日であることが当たり前だと思っているようでは、何の進歩も無い。独立するには、アパレル事業とジュエリー事業を1日も早く、ドッキングさせなければならない。そして、それが成功した暁には、倉田社長と離れて、独自の道を進んで行こう。私は、そう夢想した。


     〈 夢幻の月日⑰に続く 〉

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