4.昼食
「ふわあぁ〜〜〜〜!!」
弁当をシートの上に置き、重箱の一番上の蓋を開けると、くらげは驚嘆の声を上げる。
その中には卵焼き、海老、きんぴらなどの食材がぎゅうぎゅうに摘められている。
驚くのも無理はない。なにせ、昼食として食べるには途方もない量なの──。
「なに…!?これ、黄色い……赤い!」
だから──?
くらげはまるでそれらの料理を初めて見るかのような言感想を告げ、瞳のハイライトをより一層輝かせていた。
「えーと…茹で海老と卵焼きだが…見たことないのか?」
「エビ……。聞いたことは、ある。海の生き物だって。これがエビ……」
どうやら本当に見たことがないらしい。
全裸で俺の目の前に現れたのを加味すると、この少女は劣悪な環境で育ったのかもしれない。
(…そう推測すると、彼女はフォークス学園の生徒ではないのか…?)
フォークス学園が貴族も平民も通える学園だが、当然平民にも学費は伴われる。
「…ねえ」
「?」
考えを巡らせながら俯いていると、くらげが俺のつむじ辺りをぺちぺちと触ってきた。
何事かと顔を上げると、その光景に思わず絶句した。
「…これ…もうないの?」
「─────。」
一段目が、おそらく1分も経たないうちに空箱となって少女の膝元に置かれていた。
「もう……食べたのか?」
「うん…どれも美味しくて……おなか、空いてたから…」
変な汗が出てきた。
衝動的に、残っている重箱のほうを見る。
「さ、三箱………た、足りる…よな」
まさかまさか、そこまで食欲があるとは思わなかった。
俺の分は残るのだろうか……
いや、俺の弁当なんだけどさ…。なんとなく事情を把握した上で、放ってくことはできない─。
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「………美味し……かった……」
「そうか……それはよかった」
満腹そうには見えないが、くらげは重箱を半分までたいらげると、俺に気を遣ったのか一緒に食べることを提案してきた。
弁当を空にしてしまったので、逆に両親に心配されてしまうのではないか…?
「ありがとう……えっと……」
少女は金色の瞳を俺に向け、首を傾げる。
ああ、そうか。俺はまだ名乗っていなかった。
「アウィスだ。アウィス=カエルレア。」
「アウィス……ありがとう、アウィス。」
そう言って、くらげは頭を下げてくる。
"その反応"に、宰相の息子として生きている俺は、違和感、新鮮味を覚えた。
自意識過剰かもしれないが、この国でカエルレアの名を知らない者は赤子ぐらいしかいないと俺は思っている。
なぜなら、カエルレア家は数百年宰相の地位を続いてきた家名であるから、常識の範疇として教育されると思っている。
なら、この少女は一体──?
「くらげ、お前は──」
『リーン……ゴーン……』
少女にまた尋ねようとすると同時に、学園の昼休憩終了の鐘が鳴り響く。
「……何?この、音」
くらげは突然の轟音に驚き、キョロキョロと辺りを見回す。
「ああ……間の悪いことだが、俺はもう行かなければいけない」
そう伝えると、無表情だった少女に焦りのような感情が芽生えたように見える。
「えっ………そう……なの…?」
「放課後までその服は貸しておくから、それまでに代わりの服を見つけておくんだ。いいな?」
流石に学園の制服をまるまる与えるわけにはいかない。
この少女が何故学園の敷地内にいるのかは謎だが、最初に会ったのが俺で良かったと自分で思う。
「うん、わかった……じゃあ、ね」
くらげはそう言って、少し心細そうに手のひらを見せる。
本来なら教員などの学園関係者を呼ぶべきなのだろうが、こう裸の少女と一緒だと、俺もくらげも互いに面子が潰れてしまう。
最悪強姦魔のレッテルを貼られてしまうかもしれない。
俺は少々心配にはなりながらも、学園の校舎へと走りはじめた。