3.くらげ
「うわあああああぁぁーーー!?」
全裸の少女を見てアウィスが得た感情は、興奮とか、美しいとか、綺麗だとかそういう男の相のようなモノではない。
アウィスはただただ、かなり恐怖を感じた。
目の前に現れた非現実的な現象を現実と認める恐怖。
この状況を誰かに見られたら、自分の人生は終わってしまうのではないかと思う恐怖。
そんな思考が、少女が姿を現してから5秒と経たずに、アウィスの脳内を高速で巡っていた。
少女は驚いているアウィスとは裏腹に極めて無表情で、この状況には微塵も危機感を感じていない……心ここにあらずといった顔持ちで少年のことをじっと見つめている。
「ニンゲン……?そう、ここはニンゲンの町なの…」
少女は、体型相応の幼い声で、少年に聞こえないくらいの声量でそう呟いた。
「あ、あの…何か羽織ってくださ……そうだ、俺の上着を…」
「?」
アウィスは突然の出来事にパニックに陥り、普段は親や教師にしか使うことのない敬語が自然と出てきてしまう。
「あっ……」
首を傾げていた少女はアウィスのその言葉を聞き、初めて自分が何も着ていないことに気がついたといった様子で、自分の身体に目線を向ける。
そうしてやっと羞恥心を感じたといったと様子で、その頬は次第に桜色に染まっていく。
「……ごめん………そうだね……上着、貸してほしい……」
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「それで、君は一体誰で、何年生だ?……その……なぜ全裸なんだ?」
数分後、アウィスのブレザーを羽織った少女は、質問攻めを受けていた。
ブレザーは明らかに少女の身の丈には合っていなかったが、逆にそれが好転して、股関節まで隠せるように着れている。
「えっと、ぼくの名前は、クラ───」
少女は名乗ろうとすると、急にその口をつぐんだ。
「クラ………なんだ?」
そんな様子に首を傾げ、アウィスは少女に聞き返した。それに対し、少女はなんともばつの悪そうにそっぽを向き、再び口を開けた。
「……くらげ」
「くらげ!?」
少女の口から出てきた意外すぎる名前に、アウィスは再び驚きの表情を見せる。
「ほんとか!?本当にくらげなのか?あの海に生息している軟体動物とは別に?」
「くらげだよっ」
ちょっと恥ずかしそうに、くらげと名乗った少女はそう言い切る。
(そうか……複雑な家庭を持っているんだな……)
アウィスの中でこれ以上問い詰めては逆に無礼であるとブレーキがはたらき、別の質問へと移る。
「で…ではくらげ。ここで何をしているんだ?」
「んーと……迷子?」
「…………」
言い方からして、こんどは明らかに嘘であると、アウィスは思った。
少女に対し、だんだんと不信感が募ってくる。
「くらげ、お前は──」
そして、アウィスがさらにくらげに問い詰めようとすると──
『ぐぅうううううぅぅぅぅぅ〜〜…………』
不意に、少年少女の間で、奇妙な低音が鳴り響いた。
その音の正体は、くらげの腹時計だった。
「「………………………………」」
そして、沈黙。
先程の小さな騒がしさが夢だったかのように、二人の間には沈黙が訪れた。
風の音、小鳥のさえずり、虫の羽音────。
少女はというと、顔色ひとつ変えずに、少年の足元にある重箱を見つめている。
少年はというと、死んだ魚のような目でその様子を見つめている。
そして、先に口を開けたのはアウィスだった。
「……食うか?」
「食べる」
その意思疎通だけは、完璧に行われた。