027 返言
「や、やめろ! わた、私はアレクサンダー・フォン・ヴァイマルだぞ!」
結局、アレクサンダーが最後に縋ったのは権威だった。
それさえも自分の力で手に入れたものではないというのに。
「その名で私の剣が止まるとでも?」
「ヒッ!?」
ラインハルトがついに剣を振り上げる。
アレクサンダーの顔は恐怖に歪み、涙まで流していた。まさか、あのアレクサンダーが恐怖で泣くとはね。青白く引き攣った顔で浅い呼吸を繰り返すアレクサンダー。おそらく、演技ではない。彼は本気で恐怖を感じている。
「ヒィイイ!? わ、わかった! クルトを解放する! だから……!」
ちょろちょろという水音と共に、アレクサンダーが懇願するように叫んだ。
見れば、アレキサンダーの股座には小さな水溜まりができていた。
ラインハルトが剣を振り下ろす。
「ヒィイイイイッ!?」
アレクサンダーの甲高い悲鳴が部屋の中に響き渡った。
ラインハルトの剣は、アレクサンダーの首の皮一枚で止まっている。
「もしあなたが今後も私やクルトさん、仲間に手を出すようなら……次はありませんよ?」
「わ、分かった! 誓う! もう手出しはしない! だから、殺さないでくれ!」
「ならば、いいでしょう」
そう言って、ラインハルトは剣を引いた。
荒い息を繰り返すアレクサンダー。彼の息遣いは、静かな部屋の中に大きく響いていた。
「フィリップはどうするの?」
「あ、あぁ……」
僕がフィリップに問うと、彼は魂の抜けた人形のような動作で僕を解放した。
これで僕は自由になった。
「ありがとう、ラインハルト。こんなこと頼んじゃって悪いね」
「いえいえ、クルトさんはもうパーティの仲間ですから。これからも遠慮なく頼ってください」
「ありがとう」
これで、僕たちを阻むものは何もなくなった。
「待って!」
ラインハルトと共に部屋を後にしようとすると、アンナが僕に待ったをかけた。今更何の用なのだろう?
僕が振り返ると、アンナは深く深く頭を下げていた。
「ごめんなさい、クルト。わた、私が悪かったわ。本当にごめんなさい」
今更謝罪をして何のつもりだろう?
「私、アレクと別れるわ!」
「は……?」
「私たち、もう一度やり直しましょう。私もクルトのことが好きだったの。それを無理矢理アレクが……だから……」
僕は何を聞かされているのだろうね。
「愛してる。愛してるわ、クルト。大好きよ。だから……」
僕への愛を語るアンナの目には拭い難い欲望があった。
「だから、もう一度私を【勇者】に……!」
「はぁー……」
僕への愛は全て自分が【勇者】になりたいがための撒き餌。真実なんてこれっぽっちも含まれていないだろう。僕はアンナへの興味を失った。愛想が尽きるとはこのことだ。
「アンナ、もういいだろう?」
「クルト……?」
「大したギフトを持っていない君が、英雄みたいな冒険ができて、もう一生分の夢を見ただろ? もう十分なんじゃない?」
「ッ!?」
驚愕に目を見開き言葉を失くしたアンナに背を向けて、僕たちは部屋を後にした。
◇
「ラインハルト、こんなことに付き合わせて、本当にごめんね」
『極致の魔剣』の拠点から出た僕は、すぐにラインハルトに向かって頭を下げる。
今回のことは、僕自身のしがらみであって、ラインハルトにとってはなにも関係ないことだ。
こんなことに付き合わせるのは気が引けたけど、僕自身には何の力もないし、『極致の魔剣』側から接触があるのは目に見えていた。
だから、ラインハルトに無茶なお願いをしてしまった。
僕としては、これが原因でラインハルトたちとの縁が切れてしまうのではないかと思っているくらいだ。先ほどは情けない姿を見せた『極致の魔剣』だけど、彼らがこのまま大人しくしている可能性は低いと思っている。その時、狙われるのが僕ならばまだいい。もし、イザベルやリリー、マルギットが襲われでもしたら……。やっぱりリスクが高すぎるよ……。
「気にしないでください、クルトさん。先ほども言いましたが、クルトさんはもう私たちの仲間なんです。仲間のピンチは助け合うものでしょう?」
「でも……」
「でもはなしですよ」
そう言って笑顔を見せるラインハルト。
「しかし、奪われていた報酬や装備は本当に取り返さなくてもよかったんですか?」
「いいんだ。手切れ金としてちょうどいいよ」
僕はそう答えたけど、ラインハルトはちょっと心配そうな顔をしていた。
「それならいいのですが……。向こうが簡単にクルトさんを諦めるとは……」
ラインハルトの言う通り、『極致の魔剣』が僕を諦める可能性は低いかもしれない。それが心配なんだ。
「クルトさん、家に来ませんか?」
「え?」
「私が傍にいれば、たとえ『極致の魔剣』からの襲撃があっても大丈夫ですから。クルトさんさえよかったらぜひ来てください。ルイーゼたちにも注意を飛ばしておきますよ」
「本当にいいの? 自分で言うのも変な話だけど、僕を匿うのはリスクがあるよ? それに、ルイーゼたちにも危険が……」
「大丈夫ですよ」
「え?」
「大丈夫にしてみせます」
そう言って笑うラインハルトは、本当に物語に出てくる主人公のように輝いていた。
◇
「ハルトに男の子のお友だちができるなんてねー! ささ、たくさん食べてちょうだい! おかわりもあるわよ!」
ラインハルトの家では、でっぷりとした肝っ玉母さんのようなラインハルトママにお世話になった。
なんとなく生まれ故郷の村での生活を思い出したよ。
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