026 【勇者】ラインハルト
「へ……?」
「な!? なにが……!?」
「……え? 嘘…!?」
あっという間に巻き起こった仲間の惨状に、フィリップとアレクサンダー、アンナが悲鳴を上げる。2人は呆然とラインハルトを驚愕、そして恐怖の眼差しで見ていた。僕が言えた話じゃないけど、2人は荒事には向いていないと思う。よく冒険者をやってこられたね。これまで【勇者】の力というぬるま湯に浸かりきっていたことがよく分かる反応だ。
「あっ……!」
なにを思ったのか、アンナがなにかに気が付いたような声を上げると立ち上がって、ルドルフに向けて手を伸ばす。その顔には諦めと絶望、苦しい表情の中に、ほんの少しの期待もあった。
「ヒール!」
アンナが口走ったのは【勇者】の力、回復の奇跡である。当然、もう既に【勇者】ではないアンナには使えない力だ。
「ヒール! ヒール! ヒール!」
どんなに願っても、アンナには【勇者】の力は使えない。アンナには、もう【勇者】ではないと懇切丁寧に説明してあげたつもりなんだけど……まだ実感が無いのかな?
「どうして、どうしてよ!? 今使えないとルドルフが……! お願い、お願いよ。ヒール……! なんでよ!?」
なんでって、アンナはもう【勇者】じゃないからだよ。でも、アンナの言う通り、ルドルフの容態はかなり悪い。このままだと間違いなく死んでしまうだろう。
「やり過ぎてしまいましたか。ヒール」
ラインハルトがルドルフに向けて手を伸ばすと、そう呟いた。
その瞬間、淡い緑色の光の粒子がルドルフを包み込み、その失われた顎が生えてくる。さすが、【勇者】の回復の奇跡だ。
「これって!?」
「こいつは!?」
「く……っ!」
驚くアンナとフィリップ。その顔は、ルドルフとフィリップが助かった安堵よりも、驚きの方が強く顔色に出ていた。
そして、やっと理解が追い付いたのだろう。アレクサンダーたちの顔には、驚愕が浮かんでいる。
「この力は間違いなく【勇者】のもの。本当に、【勇者】を自由に選定できるのか……!?」
アレクサンダーが酷く動揺した様子を見せる。そうだね。ただの弱いままのクルトならば、いくらでも暴力で言うことを聞かせることができるだろうけど、この場に僕が選んだ【勇者】がいるとなると話が違ってくる。アレクサンダーたちと僕たちの力関係は、完全に逆転したのだ。
「くそっ! なにか、なにか……ぐぅッ!」
アレクサンダーの顔にはもう余裕なんて無い。その顔はまるで血の気が無い蒼白となり、唇は紫に染まる。それはそうだろうね。いざとなれば、暴力で従わせようとしていた相手が、自分たち以上の暴力を持ってきたのだから。
今までアレクサンダーに余裕があったのは、自分たちの方が強者だという自信があったからだ。だから僕が【勇者】を選べると知った後も、フィリップを使って暴力によって僕を従わせようとした。
その前提が、自分たちの方が強者であるというアレクサンダーの中での絶対の前提が覆された。
「これでわかったでしょう? 早くクルトさんを解放してください」
「ど、どうすんだよ、リーダー!」
「ぬぅうううう!」
フィリップの悲鳴のような声に唸り声で返すアレクサンダー。
これまで散々アンナで【勇者】のギフトの力を見てきただけに、アレクサンダーの取り乱し様は酷かった。目をカッと見開き、口も歯茎が見えるほど開かれ、歯を力いっぱい食いしばった、まるで悪魔に憑りつかれたかのような醜い表情。髪を振り乱し、両手で頭を抱え、まるで雷に撃たれたかのようにビクリと仰け反る様は、いつも余裕の笑みを浮かべていたアレクサンダーとは思えない醜態だ。
アレクサンダーの態度が演技だとは思わない。彼は今、心の底から絶望に向かって堕ちていることだろう。
この場をどうにかするだけなら、僕を殺すという手段もある。
しかし、それをすれば二度と【勇者】の力を手に入れることはできない。アレクサンダーの野望には、【勇者】の力が必要不可欠なのだ。だから、僕を殺すという決断もできない。
アレクサンダーはもう詰んでいるのだ。
なのに、活路を見出そうと必死に頭を働かせている。
だが、そんなアレクサンダーに付き合ってあげる必要もない。
僕はラインハルトに向かって頷いてみせた。
「どうしますか、『極致の魔剣』のリーダー?」
「く、来るな! 来るなああああああああああああ!」
ラインハルトがアレクサンダーに向かって一歩踏み出すと、アレキサンダーは大きく取り乱した。さすがに【勇者】に勝てると思うほどバカではないらしい。
自身もその強さをよく知っている【勇者】。その【勇者】が、剣を抜いて近づいてくるのは耐えがたいプレッシャーだったのだろう。アレクサンダーは、尻餅をつくように転ぶと、それでもラインハルトから距離を取ろうと尻を引きずるようにして手足を使って後ろに下がっていく。
しかし、アレクサンダーの後ろは壁だ。すぐに行き止まりになってしまう。
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