012 おかわり
僕が感じた無力感。それをリリーも感じているのなら、その心を晴らしてあげたい。
でも、僕とリリーでは決定的に違うことがある。それは、僕は本当になにもできない無能だったけど、リリーは有能だという点だ。彼女は、このパーティ唯一の回復魔法の使い手なのだ。
「リリーはヒーラーだから、むしろ活躍しない方がいいんだよ。誰も怪我しないのが一番だからね。だから、そんなことを気に病む必要は無いんだ」
「はい……」
それでも気が咎めるのか、リリーの表情は晴れない。リリーは、真面目すぎて損するほど真面目な性格のようだ。
僕にも覚えがあるけど、自分の無力感に苛まれている時って慰められるよりも、いっそ罵倒される方が気が楽だったりする。もしくは、本当にちょっとしたことでもいいから何か役に立ったと実感できる仕事があるといい。それだけでけっこう気分が楽になる。
「あまり楽しい作業なわけじゃないけど、それでもよかったら手伝ってよ」
「はい!」
ほんの少し笑顔を浮かべるリリー。その儚げな笑みは、絵になるほど美しいものだった。
「……?」
リリーが僕の顔を見て首を傾げることで、僕はやっと自分がリリーに見惚れていたことに気が付いた。
「あ、いや……なんでもないよ」
至近距離でリリーと見つめ合う形になって、急に恥ずかしくなる。頬が熱くなり、自分の顔が赤くなっていることを自覚する。すごいなリリーは。気を強く持たないと、すぐに見惚れてしまう。僕の好みもあるだろうけど、今まで見たどんな人よりも顔が良いと思う。
「それじゃあ始めようか。ドロップアイテムのスクラップだけど、スクラップと一口に言っても、いろいろと種類があってね……」
「ゴブ5!」
「せーい!」
ゴブリンが5体。その報告に釣られて前方を向けば、ルイーゼがゴブリン5体を一瞬で撫で斬りにしているところだった。本当にルイーゼの強さは異次元だ。こんなレベル1ダンジョンで遊ばせておくのがもったいないと感じてしまうレベルだと思う。
「またつまらぬものを斬ってしまった……」
ルイーゼは、なんていうか絶好調だった。本人的には決め顔のつもりなのだろう。眉を寄せて目を瞑り、僅かにしゃくれながら、決め台詞みたいなことを呟いていた。そんなルイーゼもかわいいと思う。そんなルイーゼの背後に忍び寄る影が……。
「あだ!」
ラインハルトがルイーゼの頭にチョップすると、ルイーゼからかわいらしい鳴き声が漏れる。もう1回聴きたい。
「1体ぐらい私の分を残してください」
「分かったわよ。次からそうするわ」
ルイーゼがチョップされた頭を撫でながら答える。2人とも仲いいなぁ……。
朗らかなやり取りをするルイーゼとラインハルトを見ていたら、服の袖をツイツイと引っ張られる感覚がした。振り向くと、リリーの綺麗な青い瞳と目が合う。
「その…スクラップ、の種類は…?」
「あぁ……」
そういえば、話がまだ途中だったね。
「ごめん、ごめん。つい前が気になっちゃって……」
「ルイー、ゼ…ですか…?」
ルイーゼを見ていたことを言い当てられて、ちょっとドキリとする。
「そ、そうだね。ルイーゼ強いなーって……。本当に昨日まで普通の女の子だったの? とてもそうは思えないほど強いけど……相手がレベル1ダンジョンのゴブリンだから滅多なことは言えないけど……あれはもう英雄クラスの強さだよ」
ルイーゼは強い。英雄の中の英雄である【勇者】アンナを彷彿とさせるくらい強い。アンナも『ゴブリンの巣窟』でよく無双してたっけ……。ルイーゼもこのまま成長したら、もしかしたら、アンナを超える英雄になるかもしれない。
◇
「すみません、クルトさん。ルイーゼがわがままを……」
あの後、ダンジョンの入り口まで戻ってきた僕たち。少し早い時間だけど、今日はここまでにして王都に帰ろうかというところで、ルイーゼがおかわりを要求し始めた。
「ねね! もう一周! もう一周しましょ! ねえ! お願いよ! もう一周だけ! ね?」
「ルイーゼ、今日はもう帰りましょう。ドロップアイテムも十分回収できましたし……」
元気いっぱいなルイーゼを落ち着けるように言うラインハルト。しかし、ルイーゼは諦めない。
「嫌よ! 今日! 絶対に今日! もう一周するんだから!」
「ルイーゼ、どうしてそんなに今日にこだわるんですか? また明日来ればいいじゃありませんか……」
なんだか駄々をこねる子どもと、その親みたいな会話だ。
「だって、こんなすごく調子が良くて、なんでもできそうな気分初めてなんだもの! 明日、目が覚めたら戻ってるなんて嫌だわ! だから、どうしても今日!今日もう一周行きたいの!」
ルイーゼも自身の力が不自然なものであると理解しているのだろう。そして、それが永遠に続くものではないと考えている。だから、今の内に力を満喫したいのだろう。まぁ、気持ちは分からないでもない。敵をバッタバッタと薙ぎ倒していくルイーゼの姿は、とても爽快だった。もし自分にも同じことができたら……きっと楽しいだろう。
そうして、僕たちはそのままルイーゼに押し切られる形で、またダンジョンへと潜ることになったのである。
「いいよ。ルイーゼ楽しそうだし。たぶん、僕がルイーゼと同じ立場でも同じことしただろうしね」
先程からしきりに僕にすまなそうに謝るラインハルトにそう答え、僕はゴブリンのドロップアイテムであるスクラップを拾って前を見る。
「秘剣! 花鳥風月!」
ルイーゼの楽しそうな姿を見ていると、僕の心まで楽しくなった。
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