~3/4
山南と平間は、人通りが多くなってきた往来を避け、近くにあった茶屋の椅子を借りて話を続けていました。
「そうか、何日か前、若いのが俺にしつこくまとわりついてくるんで、妙だなと感じてはいたんだが、なるほどそういうことだったのか」
「本当に徒党を組んで何かを始めようとしているわけではないのですね?」
違うという平間の言葉の確証を得るため、山南は同じ質問を何度もして食い下がっていました。
「そりゃ確かに新選組を追われてすぐの頃は、お前らに恨みもあったさ。人を集めて間者にしたて、いざというときに新選組を裏切らせよう、なんてことも考えてたぜ」
「でもしなかった。何故です?」
「人を集める金なんかねえからさ」
「平間さんが逃げた時、金庫から一緒に四十両が消えていたのですが」
「ああ、俺が持ち逃げした」
「その金はどうしたんですか?」
「三十両は水戸の芹沢ん家に置いてきてやった。残りは俺の旅の費用だ。だがぼちぼち底が見えてきやがったぜ」
「もう水戸には戻らないんですか?これからどうするんです?」
「働くに決まってるだろう」
「何をして?」
「何でもするさ。落ち着いたら京を離れるつもりだ」
「そういえば何故、京に帰ってきたりしたんです?こんなところで何をしているんですか?」
「こんなところで何を?うん、しいていうなら……子守かな」
「子守?」
「新選組を追われる前に関係があった女との間に子が出来てたんだ」
「糸里ですか?」
「ははは、誰でもいいじゃねえか。いずれにせよ、しばらくはここら辺で目立たねえように暮らさせてもらう。落ち着いたらずっと東の方に行ってみようと思っているんだ」
「そうですか」
平間は新選組に在籍していた頃から、酒に溺れたりすることもなく、勘定方という責任ある務めもこなす真面目な男でした。
真面目過ぎるがゆえに、芹沢と同行していた頃の平間は、主人である芹沢に合わせて真面目に悪党を演じていたのかもしれません。
こうして話していても、その頃の悪の名残がちらちらと言葉や態度に感じられることがあります。しかし、同時にそれらが平間の本質ではないことも山南にはわかるのです。
一年半の間に彼は変わっていました、いや本来の姿に戻ったというべきなのでしょうか。
そしてその姿を見るにつれ、山南は改めて感じていたのです。あの時、自分がこの男を逃がしたのは決して間違いなどではなかったと。
平間と話し込んでいるうちに、日はすでに西の山の陰に姿を消そうとするまでになっていました。
春も半ば、日は暮れるのが遅くなったとはいえ、もう直に夜の帳が下りてくることでしょう。
もはや、この日のうちに馬で山道を越え、屯所へ戻ることはかないません。二人は旅籠へと場所を移して話を続けることにしたのでした。
「それにしても随分な荷物だな」
「武具一式を持ってきましたから」
「俺と刺し違えるつもりだったか」
「平間さんだけなら刀だけでも構わなかったでしょう。でも、もし他に仲間がいたとしたならば、防具無しではとてもじゃないですが心もとない」
「そのわりには道でばったりなんて、不用心が過ぎるんじゃねえか?」
「お恥ずかしい話ですが、平間さんを捜すのに夢中になっていて全く考えが巡っていませんでした」
「しかも、何考えてんだ?一人でやってくるなんて。思うに近藤や土方には何も言わずに出てきたんだろう?」
「ええ、その方がいいかと」
「おいおい。私闘を許さず、隊を脱するを許さず、隊規を反故にしたら切腹だ。そこまで酷いことにならなきゃいいが、いずれにせよ土方に口実を与えてやっただけじゃねえか」
「心配して下さるんですか?」
「それでもな、命の恩人だからな」
「ありがとうございます。そう言って頂けただけで、来た甲斐がありました」
いつの間にか山南は、平間に対して心からの笑顔を見せるようにすらなっていました。
「そんなことよりよ、聞いてるぜ。屯所を壬生村から西本願寺に移すんだって?あそこは長州をはじめ、勤皇派の拠り所にもなってる場所じゃねぇか」
「土方君はそこを押さえ込むことで、勤皇派の動きを封じ込めようと考えているようです」
「新選組が都の治安維持の役目を負っている以上、治安を乱してまで政治改革を遂げようとする長州を見逃しておくわけにはいかんからな。だが山南、お前はそれでいいのか?どちらかといえば、お前も俺たち水戸や長州に近い勤王思想の持ち主のはずだぜ」
「確かに我々新選組は会津藩のお預かり、ひいては徳川家の家臣であることに間違いはありません。しかし、帝をないがしろにしてまで幕府のために尽くすというのは筋違いのような気がしてならないのです」
まだ浪士の集団として京の都にやってきた頃の皆の目は、ひたすらに理想を追い求めんとして燃えていたのが思い出されます。
眼前に立ちふさがる問題に、力を合わせて死に物狂いで解決していっただけの、それは辛くても楽しく、そしてとても充実感にあふれた日々でした。
しかし抱いていた理想が現実味を帯びてくるにつれ、それぞれが抱く想いの微妙なブレが、互いに力を合わせることを拒ませるようになっていたのです。
「すでに窮地の陥っている徳川にしてみれば、もうなりふりなんて構っちゃいられない。これからはお前たちにも、理不尽といえるほどの忠誠を求めてくるに違いないぜ」
「今の幕府はそこまで追い詰められているのですか?」
「都にいたんじゃわからなかったことが、外に出て俯瞰で眺めてたらよくわかるようになったんだ」
「そのことをみんなに伝えられたらいいんですが……」
「何言ってんだ、それがお前の役目だろう。新選組が徳川と一緒に沈没しないように導いてやるってのが」
「そうですね」
山南は気が付いていました。それがとても難しいことであるかを。
近藤や土方との間に生じている軋轢は、すでに取り返しがつかないほど大きくなっていたのです。
今回のことは自らの過ちとはいえ、おそらく相当な責め苦を負わされることになるでしょう。場合によっては、命と引き換えで責任をとる覚悟もしておかなければなりません。
それでもこの時、今日一人でここに来たのは本当に良かったと思えるほどの満足を、山南は感じていたのでした。