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新選組 山南敬介の脱走  作者: まいるまいる
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新選組総長という立場にありながら、局中法度を犯し脱走した山南敬助。


そこには意外な人物の関与がありました。


粛正をも覚悟の上で脱走し、その理由を最後まで明かさなかったのは何故だったのでしょう。


命より大切なもの。


まだ気がついていないだけで、本当は誰もが胸の内に持っているのかもしれません。


「私は会津公用方の広沢家にお仕えしている者です。今日は主人の使いでやって参りました。恐れ入りますが近藤局長へお取り次ぎをお願いします」


「ほう、広沢様が……。何だろうな」


 稽古の監督を一時外れ、気分転換をしようと屯所の門を抜けた先で、彼に声を掛けてきたのは二十歳を過ぎた位の青年でした。


「生憎と近藤さんも土方君も外出中でね。私でも良ければ話を伺いますが」


「恐れ入りますが、お名前は」


「総長の山南です」


 青年は名前を聞いて驚きました。新選組の評判とは裏腹に、局長に次ぐ地位にあるはずの山南敬助があまりにも穏やかな人物に見えたからです。以前にも街中で新選組を見かけたことが幾度かありましたが、その際に彼らが放っていた猛烈な剣気や殺気を、目の前の男からは全く感じられないのでした。


 話しかける直前までの緊張は一体何だったのか。その反動で青年の顔には自然と笑みが浮かんできたのでした。



 会津公用方からの使いといっても正式な依頼ではなく、口頭での伝言という程度のものだったようです。


「平間重助という男をご存知でしょうか」


 ところが、青年から出た一言が、穏やかだった山南の表情を一変させます。それもそのはず、その人物と言えば山南の人生を左右しかねない相手だったのですから。


「君、ちょっとこちらへ来たまえ」


 山南は周囲に注意を払いながら、青年を門番から視角となる辺りまで連れ出しました。


「一体、どういうことだ」


 その声は低く静かで穏やかですが、響きだけで傷つけられそうな鋭さと冷たさを覚えました。無防備になっていた青年の心は、いきなりその声に突き刺されたようです。


 これが新選組の本性なのだという事を感じるのと同時に、自分に与えられていた役目がただ事ではなかったということに、今更ながら気付いたのでした。


「一昨日、主人が所用で大津へ出かけた際に、平間と思しき男を見かけたのだそうです。不審に思い、同行した者に調査を命じたそうなのですが、それによると平間は仲間を集めて何かを企んでいる可能性があるということでした」


「何を企んでいるというんだ」


「そこまではわかりかねたようです」


「なるほど、それを新選組で確認して欲しいということか」


「必要ならば、と申しておりました」


「他には何か?」


「はい、その男が大津周辺に着いたのは今から半月前の事だそうで……」



 言伝をすべて受け取り終えた山南の声は、元の穏やかさを取り戻していました。


「わかりました。我々にとって大変重要な案件ですので、近藤さんには私の方からきちんと伝えておきましょう。ただ、他言は無用です。今後決してこの事を誰かに話したりはしないで下さい」


「承知しました。それではこれにて失礼致します」


青年は一礼するとすぐに山南に背を向けて歩き出しました。


平静を装ってはいるものの、青年の心は、いつ振り下ろされるかもしれない刃の下からようやく抜け出せたような虚脱感に襲われていたのです。


 山南の方はというと、去って行く青年の後ろ姿を無意識に目で追っているだけでした。


今その目に映っているのは青年の後ろ姿ではなく、忘れることなどできるはずのないあの夜の出来事。当時、新選組筆頭局長だった芹沢鴨を暗殺した、あの大雨の夜の情景だったのです。




 芹沢を暗殺する目的でわざわざ宴を催したのは 今から一年と半年前のことになります。


 芹沢派の三人を他の隊士たちより早く宴に招いておいたのは、暗殺を気取られぬよう、そして反撃もできないように、しっかりと酒に酔わせておくため。つまりはそれが計画の始まりでした。


泥酔した芹沢鴨、平山五郎、平間重助は、近藤勇が用意した駕籠で壬生の八木邸へと先に帰されます。その連絡を受けて、暗殺を決行したのは、土方歳三、沖田総司、原田左之助、そして山南敬助の四人でした。



 芹沢と平山は奥の十畳間で、平間は入り口付近の別の部屋で、それぞれ妾を伴って眠っていました。


 芹沢には土方と沖田が、屏風を隔てて同室の平山には原田と山南とがほぼ同時に襲い掛かります。二人は一瞬の悲鳴を残して絶命。直後、異変に気付き騒ぎ立てる芹沢の妾お梅も、土方は迷うことなく斬って捨てたのでした。


 ただならぬ物音によって起こされた別室の平間は、まずは冷静になることを心掛けながら辺りの警戒を始めていました。


 すぐに刺客の姿を捉えた平間は、急いで姿を隠そうとします。しかし平間の眼によって追われていた原田もまた、平間の様子を見逃すことなく、先回りして平間を正面から追い立てました。


 行き場を失い、姿を現すしかなくなった平間は、結局庭先にて山南と一対一で対峙する格好となったのでした。



 山南の腕を持ってすれば、酔った平間ごとき一撃で斬り捨てるなど造作もないはずです。けれども山南は刀を振り下ろすことはしませんでした。


 わずかの間互いに見つめ合い、共に敵意が無い事を確認すると、山南は目を動かして立ち去るように合図を送ったのでした。


 平間は山南に目礼を返してその場を立ち去ろうとします。ところがその行く手を、今度は土方に阻まれてしまったのでした。


 山南は、平間に向けて剣を構えた土方を制止しました。目標は芹沢一人。それ以外は抵抗しなければ切る必要はない、当初からそう決めていたのですから。


 そう言う山南に対して、土方は不満を露わにします。


 そんな二人の対立によって生じた一瞬の隙を突いて、平間は姿を眩ましました。


 すぐさま後を追って原田と沖田が飛び出しますが、激しく打ち付ける雨の音と漆黒の闇が、追われる者の気配を隠してしまったのです。


 かくして平間は窮地を脱し、命を長らえることができたのでした。

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