98 パーティーが始まる前に
「まぁ、叔父様。」
「お父様!」
トーマスの勧める通り寮に戻ってみると、そこにはエリナの父親でアウロラの叔父でもあるジャックが、アウロラの帰りを待っていた。
「ああ、アウロラ良かったよ。皆で探していた。とにかく時間がない。直ぐに私の邸に向かおう。エリナも一緒に帰って来なさい。頼みたい事がある。」
「何かあったのですか?」
ホーヴェットの家の者ではなくて、叔父が迎えに来たのが引っ掛かる。
まさか王都に帰ってきている父や兄に何かあったのだろうか?
不安げに揺れるアウロラを見て、叔父のジャックは安心させるように微笑む。
「悪い事ではないから安心しなさい。ただあの2人には任せておけないと思ったからね。詳しくは馬車の中で話そう。」
ジャックにそう言われ、アウロラは取り敢えず研究棟へ伝言を残し、ジャックとエリナの屋敷に向かった。
馬車の中でジャックは、明日の戦勝式典の後のパーティーにアウロラが出席する事になったと教えてくれた。
今日迎えに来たのは、その準備の為なのだと。
「もしかして、私の着ていくドレスの準備ですか?」
「そうだよ。アウロラの父親のエイダンや兄のセオドアよりも叔父である私の方がそういったことには長けているからね。急ぎということもあるし、話を聞いて引き受けたんだよ。エリナにも明日、アウロラの付き添いで行ってもらうから、ドレスを準備している。それとエリナには説明しておかねばならない事があるから、自分の準備が出来たら、私に声をかけなさい。」
「分かりましたわ、お父様。」
エリナはそう言ってニヤニヤしている。
これは、私とルーク様がパーティー会場で顔を合わせるのを楽しみにしている顔だわ。
私もパーティーで会えるのは嬉しい。
でも今やルーク様は国の英雄。
少しは昔のよしみや、医療団としてグリフォニア領を訪れていた事を知られているなら、多少は他の人達よりも話せるかもしれないが、ゆっくり時間をもらう事は出来ないだろう。
それに他の貴族が放っておくはずもなく······。
どうしよう。
その時どこかの高位貴族の令嬢とルーク様の婚約が発表でもされたら····。
うぅ·····それは見たくないかも。
「やはり出席しなければならないのでしょうか?」
弱気になり、そう聞いてみる。
それを聞いたジャックとエリナは驚いて目を見開く。
「何?アウロラはルーク様に会いたくないの?」
「そうではなくて、その····他の令嬢との婚約発表でもされたら、ちょっと辛いかなと思って。」
「「ああ····」」
2人は残念な子を見る目でアウロラを見つめる。
「さすがにアウロラが嫌な想いをするような所に招待はしないと思うけど·····王家からの招待ですよね、お父様?」
「そうだ。それに·····まぁ、取り敢えず屋敷に来てみれば分かるよ。」
ジャックは勝手に落ち込むアウロラを宥める。
そのうち馬車は屋敷にたどり着く。
そして······
「叔父様、これ·····。」
屋敷のアウロラのが通された部屋には、深緑のドレスが1着、トルソーに掛けられていた。
この色はグリフォニア辺境伯領の騎士団の色····。
「昨日ホーヴェットの屋敷に届いたそうだ。送り主はワイアット·グリフォニア辺境伯様だ。アウロラが戦いの最中、医療団の一員としてグリフォニアに貢献した事への感謝だそうだ。」
「辺境伯様が·····。素敵ですね。私も皆様の一員になれたみたいで嬉しいです。」
ドレスには金糸で刺繍が施されており、深緑の落ち着いた色に華やかさを加えたデザインだ。
「何分急遽決まった事だから、このドレスに合わせた装飾品はこちら任せになっている。まぁ、その費用は辺境伯様が出してくれるそうだ。幾つか合いそうなものを用意したから、早速ドレスを着てみて、サイズ調整と装飾品を選ぼう。靴も何足か用意している。」
叔父に促され、アウロラは急展開に少しばかり混乱しながら試着を始める。
驚く事に、ドレスは調整する必要がないほどアウロラにぴったりだった。
「パーティーは夕刻からだから、朝から準備をしてもらう。今日はもうこのまま家に泊まりなさい。それから、ホーヴェット家は今回の勝利に貢献したという事で、伯爵に奬爵されることになった。本当は侯爵という話もあったそうだが、エイダン兄上は伯爵でと願い出たそうだ。確かに侯爵となると、またしがらみが格段に違うからね。因みにグリフォニア辺境伯は公爵に奬爵する。」
「公爵······。」
「まぁ、あれだけの働きをされたんだ。当然だろう。」
ルーク様が次期公爵·····。
益々遠い存在になってしまうわ。
アシェル様といい、ルーク様といい、このパーティーを最後にもうお会いする事は殆どないだろうな。
うん、そう思えば、明日は思いっきり綺麗にしてもらおう。
一番綺麗な姿で覚えておいてもらおう!
アウロラは沈んだ心に喝を入れ、その日は早めに就寝したのだった。
◇◇◇
無事王城に着いたグリフォニア辺境伯であるワイアットとルークは、謁見の間に向かう。
久しぶりに登城したワイアットは当然ながら注目を浴びる。
『氷の騎士』の異名通り、美しいアイスブルーの瞳を持ったその整った顔立ちは、歳を経ても尚、人々を惹き付ける。
ただ、纏う空気は絶対零度だが·····。
そしてワイアットに続くルークもまた然り。
国境線で常にダラム王国との歴戦のあるグリフォニアの騎士は、王都の騎士達に比べオーラが違う。
すれ違う者達は、礼の姿勢をとると共に息を呑んだ。
「漸く来たか。」
それが国王ローガンの第一声だった。
それ程までにワイアットが王都に来たのは久しぶりの事だった。
この度の功績を讃える為にだろう。
国王ローガンの他に王妃、王太子、グルーバー公爵、次期公爵であり、外務卿のアシェル、第3王子のディラン、と王妃以外の王位継承権を持つ者達に迎えられた。
「また先だって起きた不祥事の責を取り、刑に処したトルソー伯爵の後には、ミュランダン侯爵が宰相の任に就くことになった。」
そう言って、ミュランダン侯爵が紹介される。
それから今回の勝利を讃える言葉と労いが伝えられ、明日の式典の説明を受ける。
ルークは国王とワイアットのやり取りを聞きながら、ふとアシェルの様子を窺う。
アシェルもどうやらルークを見ていたらしく、2人は無言のまま視線を交わしていた。
この度の『英雄』の称号授与に際し与えられる褒賞にアウロラとの婚姻を望んだ。
しかしそれに関しての返答を受け取っていない。
アシェルとの婚約に横やりを入れた形になる。
アシェルはいい顔をしないだろう。
アウロラ救出の際に見せた、アシェルのアウロラに対する執着。
却下される可能性も充分ある。
しかし元はと言えば、アウロラは俺の婚約者だった。
それを王家の意向で破棄させられた。
『古代種に愛されし乙女』であるアウロラを王都で保護する目的は分かる。
しかしアウロラが誘拐された時、誰よりもアウロラを守る力を持っているのは自分だと証明したようなものだ。
王家は認めざるを得ないだろう。
もう我慢しないし、諦めもしない。
却下されても、何度でも願い出るつもりだ。
ルークは強い気持ちを持ちながら、国王の言葉を待った。
「そう言えば、王太子妃であるアリーチェの実家のラトゥナ王国からある打診があった。内容は、ローヴェル王国を勝利に導いたグリフォニアの英雄に、是非ラトゥナ王国の公爵家の姫を献上したいとな。」
「ラトゥナの公爵家の姫とは?」
ワイアットが聞き返す。
「王妃の歳の離れた妹だそうだ。アリーチェとは何の血縁もない。」
その場が静寂に包まれる。
グリフォニア側から冷気が発せられる。
「何の褒美にもならない。」
ワイアットが一言告げる。
国王はそれを受けて、納得するように口角をあげる。
「と言うことで却下した。他国の褒賞に口を出すなと言っておいたが、許可もしていないのに勝手にその姫を連れて来ているらしい。明日の式典の後のパーティーで接触してこようとするだろう。適当にあしらってくれ。殺すなよ。」
不穏な言葉に緊張が走る。
「承知した。それでこちら側が願い出た件は了解を得たという事で進めさせてもらうが、証書を頂きたい。」
「ああ、ただ許可するには条件がある。それを呑めるなら褒賞としよう。」
国王はワイアットの不遜な態度を咎めるでもない。
ワイアットの元で事務官が誓約書を広げ、内容確認を促す。
ワイアットは目を通し、ルークにも確認させる。
「この期間はこちらに任せてもらう。」
「それで良い。国にとっても貴重な存在であることを理解して欲しい。他国に捕られるなよ。」
「手を出した者は全て殲滅させる。この誓約書は、国がそれを許可したものと見なして宜しいな?」
「痛みつけるのは程ほどに。手を出した事を後悔させる程度で頼む。戦争はしたくないからな。」
ワイアットはその場で署名する。
「ルーク卿、明日が楽しみだな。」
国王ローガンはそう言うと立ち上がり、謁見の間を出ていった。
それに続き、王族の面々も退出していく。
ルークはそれを見送りながら、1人拳を強く握りしめ、喜びを噛み締めていた。
◇◇◇
「アウロラ、緊張しているのかい?」
パーティーの始まる前。
入場を待つアウロラに、この日アウロラをエスコートする兄のセオドアが声を掛ける。
「も、もちろんです?」
「そこ、言葉が変に疑問系になってる時点で脳も固まってるね。落ち着け、アウロラ。ルークは変わらず接してくれると思うぞ。」
今でこの状態なら、会場に入ってルークと顔を合わせたら、アウロラの脳は弾けるんじゃないか?
セオドアは一抹の不安を覚えながら、アウロラを必死に宥める。
次々と招待客は入場していくが、アウロラ達の番はなかなか回ってこない。
「お兄様、まだなのかしら?先に入って、いい場所をとってルーク様方の入場を拝見したいのだけど····。」
「落ち着け、アウロラ。何があっても表情を変えないのが貴族だろう?」
「そう言われましても····。」
「····アウロラ、目を瞑ろうか。」
「はい。」
アウロラは目を瞑る。
ゆっくり息をして気持ちを落ち着ける。
「アウロラ手を。」
セオドアの声で、アウロラは目を瞑ったまま手を差し出す。
そして優しく手を握られる。
??
兄の手にしては硬い感じがした。
アウロラはゆっくり目を開ける。
そしてアウロラの隣に立つ人の姿を確認する。
「やぁ、アウロラ。」
そこにはアウロラのドレスと同じ、グリフォニアの深緑の色の正装をしたルークが立っていた。
読んで下さり有難うございます。




