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93 王太子が見た夢

雨が降っている。

霧が立ちこめたそこは、視界がはっきりとしない。

手にはスターチスという名の花束。

庭師が、この花は枯れても、その紫色は褪せないと言っていたので選んだ。

『永遠に変わらない愛』が花言葉だと教えてくれた。

それにしても、この花を持って、私は何処に向かっている?

そう思い、ふと足を止める。


「陛下、如何されましたか?」


私に傘をさしている侍従がそう尋ねる。


陛下·····。


ああ、これは何時もの夢か。

夢の中で私は王位を継ぎ、このローヴェル王国を治めている。


「本日は雨も降っておりますし、日をあらためられますか?」

「いや、私が来るのを待っているかもしれない。」


そう言ったものの、私を待っているのは誰なのか思い出せない。

ただ胸の中心で、その誰かを恋い焦がれる感情が熱を持っているのを感じる。


「カミーユ様はその様な事で、怒ったりされませんよ。」


カミーユ·····。

ああ、そうか。何時も私はケイレグと呼ばれていた者の意識と重なる。

彼が前世の私なのかは分からない。


そんな夢の中の私は今、カミーユに会いに行こうとしている。

しかし、ここは王城ではない。

カミーユは城内に宮殿を与えられているはず。

カミーユは何処に居るというのか?


「もう亡くなられて半年が過ぎました。早いものです。」


亡くなった?

いつ?

ああ、そうか。カミーユは子を産んで間も無く亡くなったんだった。


頭がそう認識すると、途端に胸の中が、何とも言えない喪失感に支配される。

これは彼の記憶だろうか。


「いや、行こう。」


そう言って再び歩き始める。


ここは王族の墓を管理するための場所。

今回、ジネヴラによって惑わされ、互いに争い、命を落とした、多くの兄弟である王子達も埋葬されている。

その一角。

そこに愛しいカミーユの墓がある。

ここを訪れるのは、ケイレグにとって、毎月必ず行う習慣の1つだ。


しかし今日は何時もと様子が違った。

見慣れない騎士が1人、雨に打たれながらカミーユの墓の前に立っている。


「誰だ?」


「第一騎士団の騎士服ですね。この場所は許可がない限り立ち入りが禁じられていますから·····。ああ、2日前申請があった者でしょうか?時間は陛下と被らないよう、かなり早い時間に許可していたはずですが、まさか今の時間まで居るとは。」

「何者だ。」


そう侍従に問いただすと、私が来たことに気づいた警備の騎士が近寄ってきた。


「陛下、お越しでございましたか。申し訳ございません。直ぐにあの者は退かさせますので、お待ち下さい。」

何時(いつ)から居るのだ?」

「それが開門からです。」

「何だと?」


既に5時間は経過しているではないか。


「放っておいたら、夜まで居そうですね。」


侍従が苦笑する。


「あの者はカミーユ様の元母国、ラジャルの騎士で、騎士団長をしていた男です。名前は確か····リュド·ケアン卿。カミーユ様の護衛も務めていたそうです。本来なら、カミーユ様が嫁がれる際、共に来る予定でしたが、アスラン前陛下が、彼の者の腕を買い、共に遠征に連れていかれたのです。戦いが終わり次第、カミーユ様の護衛に戻るつもりだったようですが、王子殿下方が相次いで亡くなられた事で、アスラン前陛下が急遽こちらにお戻りになった為、戦いの最前線に残って、その後の戦いと終戦処理をこれまでずっと行っていました。そして2日前、長きに渡る遠征を終え、帰還したそうです。」

「カミーユ死去の知らせは聞いていたのか?」

「おそらく····いえ、どうなのでしょう?もしかするとアスラン前国王陛下は彼の士気が下がるのを懸念されて、伏せておられたかもしれません。」

「そうか·····。しかし、あの様子では、ただの護衛の感情以上の何かを感じるが·····。」


いくら護衛騎士として忠誠を誓っていたとしても、このように長い時間雨に打たれ、哀悼しているとは。

おそらく、かなりカミーユに傾倒していたのだろう。

漸く戦場から帰還してみれば、忠誠を誓った相手は死去していた····となると、彼の者の心情がいかなるものかは計り知れない。


そのまま騎士の元に向かう。

先に声を掛けに向かった騎士と二言三言交わした後、その騎士はケイレグの存在に気づいたのだろう。方膝をつき頭を垂れ、礼の姿勢をとる。


「カミーユの護衛騎士か。」

「はっ。リュド·ケアンがケイレグ国王陛下にご挨拶申し上げます。」

「リュド·ケアンか····。確かに父上からそなたの活躍は耳にしたことがある。ラジャルの狂戦士でカミーユの護衛騎士か····。このように雨に打たれていてはカミーユが心配する。戦場より戻ったばかりと聞く。しっかり身体を休めよ。」

「はっ、お心遣い感謝致します。しかしながら、この場を借りまして、陛下にお願いがございます。」

「何だ?」

「私をこの王家の墓の墓守にして頂きたく。」

「墓守だと?アスラン前国王にもその腕を買われたほどのそなたをか?」

「はっ、何卒。」

「ふぅ····。そなたのカミーユへの忠誠心は分かった。しかしそなたはまだ若い。誰かを娶り、家庭を築け。子が出来れば、そなたの新たな心の支えとなるだろう。後継者を育て、一線から退いた後に墓守となればいい。気持ちを落ち着けよ。」


そう話せば、男の拳に力が入るのが分かった。


この男とカミーユはどんな関係だったのだろう。

カミーユは亡くなる前に数名宛に手紙を残していた。

もしや、この男宛もあったのだろうか?


「カミーユから手紙は届いたか?」

「はい。昨日、受け取りました。」


そうか····。カミーユはこの男に手紙を残したか····。

ふと小さな嫉妬心が湧く。

カミーユからこの男の話は聞いた事がない。

カミーユは私を心から愛してくれた。

あの眼差しに疑いはない。

カミーユと身体を重ねた日々で、彼女が私に『愛している。』と『生きてきてこれ程幸せを感じたことはない。』と伝えてくれた言葉に、決して偽りはないだろう。

だが、この男のこんな姿を見ると、もう一度カミーユに会って、彼女の心からの言葉がまた聞きたくなる。


「顔をあげよ。」


男の顔が見たくなり、そう話す。


男はゆっくり顔を上げ、視線を向ける。


!!


ああ、そうか·····。

あの騎士はこんな顔をしていた。

そうか····お前だったのか、あの騎士は····。


「リュド·ケアン····。そなたは生まれ変わったら如何する?」


思わずそう問うてみる。


「カミーユ様をお守りする立場を望みます。何度力及ばず失っても、必ず生まれ変わりお側に····。」


最後は言葉を詰まらせていた。

ああ、そうか····。

私もまたいつか、彼女と添い遂げる日を夢見よう。

何度生まれ変わっても····。


「卿の意志は、きっと実を結ぶだろう。」


そう告げれば、男の表情は初めて緩んだ気がした。


リュド·ケアン····いや、ルーク····今生では、君の意志を尊重しよう。





「·····。」


「·····。」


「····上。···兄上。起きて下さい。このような場所で休まれては、お身体に障ります。」


誰かの声で意識が浮上する。


「····サミュエルか····。」

「はい、兄上がこのアザレア殿に来られていると聞いて覗いてみれば、このような部屋の長椅子で。仮眠を取られるなら別の部屋を用意します。」


去勢され、この王家の墓所であるアザレア殿で幽閉生活を送っているサミュエルが、心配そうにオーウェンを窺っていた。

幽閉と言っても、この敷地から出られないだけで、見張りはつくが、自由に歩くことが出来る。

去勢されたからか、以前の様な生き生きとした気配はなく、その姿は少し痩せていた。


「サミュエル、久しぶりだね。変わりはないかい?」

「はい、兄上。静かに日々、ローヴェル王国の歴史書を読み直しております。また、現陛下の足跡を残す書物の編纂にも携わっております。」

「そうか。·····それでルイーズ·オヴァフやジョセフ·トルーソー達の処分の話は聞いたかい?」

「····はい。愚かな事です。ジョセフ達は平民になっても腐らず、這い上がって来ると私に誓っていたのに。またしてもルイーズに惑わされたのか····。」

「サミュエルの口から、ルイーズに対して、そんな言い方を聞くとはね。漸く、あの女の魅了から抜け出させたのかな?」

「王妃陛下が、私がこのアザレア殿に幽閉される前に、あらためて私の誕生について話されたのです。王妃陛下が、母上が側妃であった頃、私を身籠り、出産間近で出席したパーティーで、目を掛けていた侍女に刃物で襲われた事を。そして当時の王妃陛下であった、兄上の母君が咄嗟に母上を庇い刺され、命を落としたと。」

「母上は私を産んで、もう子を成せぬ身体になってしまっていたからね。何としても側妃が身籠っていた子を、サミュエルを守りたいと思ったのだろう。」

「はい····そうやって皆から守られて生まれてきたにも関わらず、この身が持つ責任を軽々しく考えていました。私の成長を、足りない部分をシャーロットも補い、支えてくれていたのに。ルイーズの言葉に乗せられ、責任から逃れている時間だけが、人生の楽しみを得られいるのだと勘違いしていました。折角、救ってもらった命なのに。ルイーズからかけられた言葉と、シャーロットからかけられた言葉を何度も思い出し考えたのです。そうしたら、自ずとどちらが私の事を本当に大事に思ってくれていたのか分かったのです。頭の中の霧が晴れた気がしました。全て遅かったですが····。」

「そうか·····。」

「兄上、シャーロットを側妃に迎えると聞きました。それにアリーチェ王女の体調が優れなければ、兄上が即位される際は、王妃になるとも。どうかシャーロットを幸せにしてあげて下さい。」


ルイーズの媚香の力から解放されたか····。

サミュエルの言葉に頷くと、安心した笑みを見せた。


「兄上は先程お休みになられていた時、とても切ない表情をされていましたが·····。」

「ああ、切ないか····そうだな。生はなかなか思うようにならないものだ。」

「兄上でも悩み事が?」

「悩むが決めねばならない。これからアシェルの所へ行ってくるよ。」

「アシェルですか····。」

「ではな、サミュエル。身体に気を付けろよ。」


まだ何か聞きたそうなサミュエルを残し、オーウェンはアザレア殿を後にした。


アシェルは何と言うか·····。


帰りの馬車の中、アウロラの事を幸せそうに話すアシェルの表情が思い出されて、オーウェンは深いため息をついた。

読んで下さり有難うございます。

また、ブックマークをして下さっている皆様、何時も有難うございます。

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