89 アウロラの救出 ②
残酷な描写があります。
ご注意下さい。
「巻き込まれたくなかったら、出来るだけ離れろ。」
御者をしていた男はそう言うと、視線を遠くに向ける。
そう言えば、マイケルと御者の男の他に3人程護衛がいたはず。
馬車が通って来た道は森の闇に閉ざされこちらからは何も見えない。
それが恐怖を誘う。
ジョセフとマイケルはアウロラを抱えあげ走り出した。
やがて道は分かれ、ジョセフ達は馬で追うのは難しいだろうという判断の元、足場の悪い側道を選び向かった。
アウロラを途中で下ろし、手を引きながら逃げる。
「ジョセフ様·····私を置いていって下さい。息が····もう····。」
胸の痛みとしづらい呼吸でアウロラは立っていられなくなり膝をつく。
「私はあなた達にとって足手まといです·····。」
「ホーヴェット嬢、追手なら君は助かるだろうが、ただの野盗なら何をされるか分からないぞ。」
「分かります····。」
「え?」
「あれは野盗ではありません····ハァ····」
アウロラの意識が薄れていき、ゆっくり倒れ込んだ。
「ホーヴェット嬢!アウロラ嬢!」
ジョセフが呼び掛けるが、アウロラは苦しそうな表情を浮かべていた。
「くそっ!」
両脇を2人で抱えたいが、腕が開くと胸が苦しいらしくアウロラは拒絶する。
「ジョセフ、走れないなら隠れよう!」
マイケルが後ろを気にしながら提案する。
「そうだな。」
ジョセフは倒れたアウロラを再び抱き抱えようとした、その時。
来た道の先に動くものが見えた。
あれは····野獣だ。それも2体。
こんな時に·····。
ジョセフとマイケルは、思いもよらぬ危機に震える。
剣術は王子の護衛の為に心得はある。
しかし実践経験はほとんどない。
騎士でも1体倒すのに複数人で対処する。
そんな野獣を自分などが倒せるだろうか。
腰に差した剣を持つ手が震える。
野獣がゆっくり近づいて来る。
アウロラを置いていけば逃げられるかもしれない。
しかし、彼女は確実に喰われる。
そんな事は出来ない。
何だこの感情は?今まで人を利用することは平気だったはずなのに。
彼女は人質以外価値はないというのに····。
「くそっ!」
ジョセフはアウロラを片手で抱き締め剣を構える。
隣に立つマイケルもガタガタと震えながら両手で剣を構えている。
心臓が痛いほど脈を打つ。
するとふと2体の野獣が立ち止まる。
そして後ろを振り返ると····突然攻撃の体勢をとった。
? どうした?
どうして後ろを振り向いた?
もしかして自分達の追手がこちらに来たのか?
それならやり合ってくれればいい。
ジョセフはそう願いながら、野獣の動きを注視する。
野獣は低い姿勢をとった後、暗闇めがけて走り出す。
木々の隙間から差し込む仄かな月明かりを頼りに野獣を目で追う。
何かが奥から近づいて来る。
馬の蹄の音だ。
馬上の騎士が抜いた剣に月の光が反射したように見える。
野獣が飛びかかる。
馬上の騎士は一旦馬の背に踏み乗る様な体勢になると、そのまま上部に飛び、野獣の頭上から一気に斬りつけた。
1体の野獣の頭部は真っ二つに割れ、絶命した。
それを見た残りの1体は、一旦距離をとると、次に勢いづけ、騎士に襲いかかった。
騎士は体勢を低くすると、地面から剣を一気に振り上げた。
剣は野獣の首を見事に切断した。
遠く離れているのに、ドーンと野獣の巨体が倒れた振動がジョセフ達の身体にも伝わってくる気がした。
2体を2振りで倒すとは!
ジョセフは目の前で繰り広げられた光景が信じられなかった。
騎士の乗っていた馬が、ゆっくり騎士の元に戻り、少し離れた場所に待機しているのが見える。
騎士のプラチナブロンドの髪が月の光を受けて、やけに輝いて見える。
騎士はジョセフ達の視線に気がつくとゆっくりこちらに歩いてくる。
野獣からの命の危機は脱したが、まだ安心は出来ない。
何故ならあの騎士は······。
1人であの野獣を瞬殺するとはまさに化物だ。
地面を踏みしめる音と共に恐怖心が膨らんでいく。
そして騎士は、その姿がはっきりと分かる距離になると立ち止まり、ジョセフ達と対峙する。
こちらを見るエメラルドグリーンの瞳は不気味な光を放っているかのように鋭い。
グリフォニア辺境伯領の騎士団の深緑色の隊服は血でべっとり濡れていた。
一切の感情を無くしたかの様な表情は、人の気配さえも感じさせないものだった。
これが皆が言う『冥府の使徒』。
『狩人』達はどうした?何故誰1人追って来ない?
皆、殺られてしまったのだろうか。
この男ならありうる。
俺達はとんでもない人間を敵に回したのだろうか。
「ルーク·····。」
震える身体からようやく声を絞り出す。
「ジョセフ····アウロラの服を誰が着替えさせた?」
「は?」
思いもよらない質問に言葉が出てこない。
こんなに緊迫した状態で、何だその質問は···。
ああ、彼女の服の大きさが合っていないからか?
答えないと殺されるのか?
「雇った女にだが····。」
「アウロラの傷を見たのか?」
「アウロラ嬢のしゅっ···出血の確認はした。手当ては別の者にさせた。」
「名前····。」
「え?」
「誰が名前で呼んでいいと言った?そして今すぐその手を放せ。」
な、何だ?嫉妬しているのか?
「放せと言った。アウロラはお前が触れていい存在ではない。」
「放して欲しいなら、私達が国外へ出るのを手助けするんだな。」
そう言ってジョセフはアウロラを抱く手に力を込める。
その瞬間、目の前で光が走った。
同時にジョセフの剣を持っていた手が地面に落ちていた。
何が起こったか分からず、ジョセフは自分の手首を確認する。
ジョセフの右手首は切断されていた。
剣と手の重さがなくなり、ジョセフは力のバランスを失いよろける。
抱いていたアウロラも共に地面に····倒れる所をルークがジョセフから拐うように抱き抱えた。
「汚れてしまうな。」
ルークはそう言うと、自身のマントを外し、血で汚れていない内側でアウロラを包み込む。
ジョセフは膝をつき、切断された右手首を押さえ、唸り声をあげながら苦しむ。
「ぐあああ····。」
「汚い声をアウロラに聞かせるな。」
そう言ってルークは剣先をジョセフの喉元に突きつける。
マイケルは腰を抜かし、過度の緊張のせいか、その場で失神した。
「アウロラに手を出した罪は重い。処刑台で待っていろ。俺が直接首をはねてやる。」
出血と痛みで意識が朦朧としながら、ジョセフはこの時、アウロラが気を失っていて良かったと思った。
読んで下さり、有難うございます。
また、この一年、お付き合い下さり有難うございます。
来年も宜しくお願いします。




