83 狙われた古代種 ①
女の指示で扉から外へ出る。
懸念していた、警備のため巡回しているはずの騎士の姿は見当たらない。
「見張りの騎士が居るはずだ。」
ロダンはそう告げるが、女は全く気にしていない。
「大丈夫です。手は打ってあります。」
自信ありげにそう応える所を見ると、ロダンを連れ出すことは、随分計画的だった事が伺える。
あの馬車の故障も偽りだったか。
自分達があの場所を通る事も知っていたのだろう。
女から馬車停めに誘導と、そこにはここに来た時に共にいた御者と男が立っていた。
「ジョセフ!」
「ルイーズ、無事連れ出せたようで良かった。」
ジョセフと呼ばれた男はそう言い、ルイーズという女に微笑む。
「事情は聞いた。俄には信じ難い話だが、共に行こう。しかし、騎士達は直ぐに気付く。追手が来るのは避けられないぞ。」
「ああ、それなら大丈夫です。」
ジョセフは余裕の笑みを浮かべる。
「アオアゲハという古代種の鱗粉を使った幻覚剤の煙を屋敷内に放っています。皆が眠っている間、知らず知らずの内に吸っている事でしょう。幻覚を見るだけで人体に影響が出る訳ではありませんが、足止めには十分でしょう。」
「幻覚剤だと?」
「かと言って、ゆっくりはしていられません。直ぐに向かいましょう。」
「屋敷の外にいた護衛は?」
ああ、こちらで対処しました。共に屋敷の中で煙を吸っている事でしょう。」
どういう事だ?
思っていた以上に行動が組織的だ。
「私は金がありますから、足を付きにくくする為に人を雇いました。とにかく急ぎましょう。馬車の中で詳しい計画をお話します。」
ジョセフはロダンを安心させる笑みを浮かべる。
「では参りましょう。アリーチェ王女がお待ちです。」
ルイーズに促されながらロダンは馬車に乗り込んだ。
◇
ロダンに接触する前。
「でも驚いたわ。ジョセフが商会を立ち上げていたなんて。」
「父が宰相という事もあって、学園に入学して直ぐにまとまったお金を渡され運用する様に言われたんだ。そうする事でより市政が分かるからと。勿論幾つか偽名を使ってだ。トルーソー家の後ろ楯があっては、意味がないからね。それでとある子爵領にある手付かずになっている鉱山に投資したんだ。それが当たった。かなりの利益を生んでいる。お陰で商会は新たな投資も出来て、全て上手くいっている。今は資金は潤沢だ。だからそのお金で、裏の世界で『狩人』と呼ばれている組織から数人腕利きを雇って、今回の計画に使っている。」
「『狩人』?」
「ああ、暗殺を生業にしていた者や、他国でいわゆる『影』として働いていた者。要は表立って働けない、闇落ちした、普通の騎士の腕では太刀打ち出来ない凄腕の奴等だ。騎士達の制圧は簡単だろう。幻覚剤も使うしな。王家の『影』にも複数でかかれば対処出来るだろう。そして上手くアリーチェ王女の愛人を連れ出し、護衛の騎士達が動けない間に王都へ戻り、王宮へ侵入する。アリーチェ王女の愛人が王女救出の騒ぎを起こしている間に、ルイーズが欲しがっているトカゲの古代種を奪う。」
「上手くいくかしら?」
「いかせるよ。」
ジョセフは自信ありげな含みのある笑みをルイーズに見せた。
◇◇◇
「ナナちゃんは最近また大きくなったかしら?」
アウロラの片膝に頭を預けながら、ナナちゃんは眠っている。
その日アウロラは夕方、何時ものようにハッコウカラスのムク様とナナイロオオトカゲのナナちゃんと共に温室でそれぞれの手入れをしていた。
「アウロラは今負傷兵の治療を手伝っているのであろう?上手くいっているか?」
アウロラは尾脂線から出た油を損なわないように水で拭き、小さいブラシでムク様の羽根を整える。
ムク様は気持ち良さそうに目を閉じ、アウロラにされるがままになっている。
「はい。ナナちゃんの粘液を使った目薬を作ってみたので、それを投与しています。これで目の組織も修復出来るかどうか、2日後の検査で分かります。」
「そうか、それは負傷者にとっては朗報だな。」
「上皮損傷の修復は問題無さそうですが、それ以上となると·····まだ、治るかはわかりませんが、上手くいくことを願っています。」
「不安げだな。」
「治療に不安がある訳ではないのです。ただ様々な治療が上手くいけばいくほど、ナナちゃんの身が心配になります。ナナイロオオトカゲの再生能力を昔の人はご存知なかったのでしょうか?」
「まぁ、そうだな·····。」
ムク様は言葉を濁す。
「その能力に気付いた生物から狙われる。だから優れた擬態能力を得たのではないでしょうか?もしそうなら、私の研究がナナちゃんを危険に晒す事になりそうで·····。」
「心配するな。こやつはその事を良く分かっている。それにここは守られている。大丈夫だ。」
ムク様はアウロラの肩に乗り、翼を広げ、アウロラの頭を励ます様に撫でてくれた。
ナナちゃんもアウロラを気遣ってか、頭を擦り付け、大丈夫だと言わんばかりに甘えてきた。
彼らの心遣いに、アウロラの心は暖かくなるのだった。
◇
ナナちゃんをミュラー教授の部屋にある専用ベッドに戻し、帰ろうとしたら所、何やら数人、研究員達が慌ただしくしているのが目に入った。
その中に、テンセイバを管理しているネイサンの姿が目に入り、思わず声を掛ける。
「ネイサンさん、お疲れ様です。どうされたのですか?」
「ああ、アウロラさん。実はテンセイバが神厩舎で落ち着かないらしく、餌も食べないで外に出ていこうとしていると。そういった事は今までないので、今から様子を見に行く所です。」
そう言って、ふと何かを思ったのか、アウロラの顔をじっと見つめる。
?
「アウロラさんも見に行きますか?」
ネイサンは徐にそう提案してきた。
アウロラも何故かテンセイバの事が気になる。
直ぐに快諾し、アウロラも神厩舎に行く事になった。
◇
王城内にあるテンセイバの神厩舎では、数人の世話人達がバタバタしていた。
厩舎の中に入り見ると、 柵から出ていこうとするテンセイバを抑えるため、左右2ヵ所ずつ縄を掛け、数人で引っ張る事で動きを封じていた。
「これは····餌に興奮剤か何か混ぜられた訳ではなさそうだ。」
ネイサンがそう呟く。
その時、アウロラに気付いたのだろうか、テンセイバがアウロラの方に頭を向け、鼻を擦り付ける様に、首を伸ばして来る。
アウロラも無意識にテンセイバの方へ近寄っていく。
「ご令嬢、近づくと危ないですよ!」
誰かがそう叫ぶが、アウロラは危険を感じなかった。
傍にいるネイサンもまた何を思ったか、アウロラを止めることはしなかった。
アウロラはテンセイバをそっと撫でる。
テンセイバも気持ち良さそうにアウロラに鼻を擦り付け、甘え始めた。
すっかり大人しくなったテンセイバを見て、皆唖然とする。
「どうしたのですか?」
アウロラは宥める様にそう問いかける。
『····侵入者だ····』
突然アウロラの頭の中で、誰かの声が響く。
「え?」
アウロラは驚き、撫でていた手を止め、テンセイバの目をじっと見つめる。
『愛し子よ。侵入者が狙っている。気を付けよ。』
「誰を?」
『我らが仲間だ。連れていってやる。我に乗るといい。』
アウロラが突然、テンセイバに話しかけ始めたので、周りにいる者達は皆、奇態なものを見る目でアウロラを伺う。
「アウロラさん、どうしました。誰と話しているんです?」
ネイサンがアウロラにそう問いかける。
「あ、あの·····頭の中に声が····。侵入者がいて仲間って古代種?仲間が狙われているので気を付ける様にと。連れていって下さるようで、乗るように言われています。」
「「は?」」
アウロラの突拍子もない発言に多くの者が戸惑う。
ネイサンだけは真剣な表情で聞いている。
「アウロラさん、テンセイバは王族しか乗ることが出来ないという決まりがあって。残念ながらアウロラさんが乗ることは叶わない。」
「そうなんですね。え、待って····仲間って、ナナイロオオトカゲとハッコウカラスの事ですか?」
アウロラは混乱しながらも、テンセイバに必至に話しかける。
『ここにも来るぞ。侵入者を許すな。』
!!
「ネイサンさん、信じて頂けないかもしれませんが、こちらのテンセイバの声が頭の中に響いて聞こえるんです。テンセイバは侵入者の気配を感じておられる様で、おそらく古代種を狙っていると。急ぎ守衛に知らせましょう。」
『我が行けぬなら、ここに連れて来るがいい。我が守ろう。』
「え?ここにですか?あの····古代種をここに連れて来るようにと。テンセイバが守って下さるそうです。」
アウロラの言葉を聞くも、皆それを信じていいのか分からない表情をしていた。
どうしよう。
テンセイバの声が聞こえるなんて、私自身も信じられないけれど·····。
でもただ事じゃないのは、何となく感じる。
「どうしたのかな?テンセイバが落ち着かないと聞いて来たが。」
声がする方を見ると、そこには近衛を複数連れた、王太子殿下とディラン殿下が立っていた。
皆即座に礼の姿勢をとる。
「運動不足で機嫌が悪いのかと思い、走らせようかと思ったが、そうではないらしいね。何があった?」
王太子殿下の問いに、ネイサンが答える。
「はい、多少信じ難い話ですが、アウロラ·ホーヴェット子爵令嬢がテンセイバを宥め落ち着かせたのですが、その後、テンセイバの声が頭の中に聞こえて来ると言われ。」
「テンセイバの声?」
ディラン殿下はあからさまに疑念の声をあげる。
「へぇ、そうなの?アウロラ嬢?」
王太子殿下は興味深げな表情を見せる。
「はい、私も突然の事で信じられないのですが、頭の中に声が聞こえてきました。」
「そう、それで何と言っている?」
「はい、侵入者が仲間を狙っていると。テンセイバ自ら仲間の所に行けないなら、ここに連れて来るようにと。守って下さるそうです。」
「分かった。」
「兄上?信じるのですか?」
「ああ。近衛は1人各所を回り、警備を強化し、不審者がいないか確認させよ。ディランは騎士団へ行き、神厩舎の護衛にあたらせよ。」
「「承知しました。」」
「失礼します!王太子殿下、至急陛下が執務室においでになるようにとの事でございます!」
突然、王太子殿下に伝令が入る。
「承知した。ディラン、古代種の事は頼んだぞ。他国からの間者かもしれない。ネイサン、アウロラ嬢もディランの指示に従うように。」
そう言ってオーウェン王太子殿下は王宮へ向かった。
「ディラン殿下、では我々は古代種を連れて参ります。」
「ああ、そうだな。私は騎士団に行って事情を説明して来よう。研究棟に護衛を向かわせる。
近衛2名は神厩舎に残れ。2名は研究棟について行け。私が騎士団の人間を連れて来るまで待機しておくように。」
ディラン殿下はそう言って神厩舎を出る。
アウロラ達も続く。
外は日が沈みかけていた。
「あの煙は何だ?」
ディラン殿下が呟く。
見ると、王城の一角から煙が上がっている。
「侵入者の話はどうやら本当のようだな。」
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