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82 西の国境にて ②

西の国境にある伯爵領の一角には、王家直轄の広大な狩り場があり、その中に王家が滞在するための離宮がある。

そしてその敷地内に騎士専用の宿泊棟があるのだが、騎士と言っても貴族の子息も多い。

それなりに豪華な建物だった。

その中でも幹部クラスの者が使用する部屋に、ロダンは滞在していた。

現在離宮は使われておらず、この棟だけの使用というのに、滞在している騎士は20名と使用人が10名程。

騎士は全てロダンの護衛のための人員だった。

ロダンの外部との接触は、定期的に王都から送られてくる使者のみだった。

そんな中、ロダンと護衛の騎士2人が、見慣れない馬車を引き連れ戻って来た時は、皆驚いていた。


一夜の宿泊に対する感謝だろう。

馬車に乗っていた女がロダンに声を掛ける。


「突然の願いをお聞き入れ下さり、有難うございます。」

「いや、体調が優れないのだろう?後で消化のいいものを部屋に届けさせよう。」

「お心遣い有難うございます。」


そう言って頭を下げた女がふらつく。

ロダンは咄嗟に受け止める。


「すみません。」


そう言って離れる際、女はロダンの手に何かを握らせた。

感触からメモか何かだろう。

ロダンは驚き女を見る。

女は小声で囁く。


「アリーチェ王女様の事でお伝えしたい事があります。」


ロダンは目を見開く。


「見張られています。動作は自然に。」

「君は·····。」


女は深々と頭を下げ、連れの男に支えられながら、その場を後にした。


ロダンの頭の中に、色々な思考が駆け巡る。


オーウェン王太子から付けられている騎士達は、皆信頼している。

しかし·····話す前に先ず自分で確認したい。

アリーチェ王女に関する事なら尚更だ。

女が話す内容が、アリーチェ王女の何に関しての事なのか聞いてから報告しても遅くはないだろう。


ロダンはそう判断し、護衛騎士に握らされたメモについては告げずに部屋に戻った。

そして徐にそのメモを開く。


『アリーチェ王女様より口頭にてお伝えしたい伝言があります。夜中、皆が寝静まった後に、厨房の外扉の前でお待ちしています。』


口頭で?

紙に残せない程深刻なのだろうか。

当然、何か罠かもしれない。

今日ここに来たばかりだというのに、場所を厨房の外扉の前をしてきたこと。

この建物の中に彼女の協力者が居たのだろうか?


ロダンはその夜、皆が寝静まった後、厨房に向かう。

厨房の奥、食料品倉庫の横にある外扉に近づく。

人の気配がする。


「誰か居るのか?」


小声で呼び掛ける。


「ロダン様ですか?」


あの女の声がする。

手元の小さい袋に入った小さな光石を取り出すと、周囲がほんのり明るくなる。

丁度扉の前に女は立っていた。


「光は消して下さい。」


ロダンは周囲に人気がないことを確認すると、石をしまった。

次第に目が慣れてくる。


「お渡ししたメモの事、どなたかに話されましたか?」

「いや。」

「賢明なご判断です。私を信じてここに来て下さった事、感謝致します。」

「信用している訳ではない。確認するためにここに来た。それでアリーチェ王女からの伝言とは?」

「時間がありませんので早速。アリーチェ王女様はあなた様に何とか会って、『私を王城より連れ出して欲しい。』と申されておられました。

「『連れ出して欲しい。』?何故?その伝言を信用するに足るものは?」

「そうですね。ではこれを。これは王城に出入りする事を許された身分証明です。私は現宰相であるトルーソー家より王城に上がり、侍女を務めておりました。」


そう言って女が提示したのは、トルーソー家の紋章が彫られた金板だった。

その紋章にロダンも見覚えがある。

ローヴェル王国では紋章の入った金板は、王城に入城する為の通行証の意味を持つ事をロダンは知っていたが、それが本物かどうかは分からない。


「私はアリーチェ王女様の傍にお仕えする事になり、王女様も私にはお心を掛けて下さっていました。ある時、王女様からあなたのお話を伺いました。」


ロダンの事は王家との密約で伏せられていることだった。

そんな大事な話を軽々しく話したことに違和感を覚える。


「それで何故連れ出せと?」

「アリーチェ王女様は、現王妃様が、アリーチェ王女様が子供を出産後、王女様を殺す様に医師に命じている所を偶然耳にしてしまったそうです。」

「なんだって?」

「命の危険を感じた王女様は周囲の者達を信用出来なくなり、唯一お心を許して下さっている私をあなた様の元へ遣わされたのです。」


確かにラトゥナ王国から連れて来ていた侍女は全て、この密約が知られる事を防ぐ為、ラトゥナ王国へ帰している。


王女·····あなたは今1人で·····。


「オーウェン王太子はこの密約に関係している。王太子は保護して下さらないのか?」

「王女様が信用されていません。王女様はあなたに助けを求めています。どうか王城に行き、私と共に王女様をお救い下さい。それからもう1つお願いがございます。」

「もう1つ?」

「王女様はあなたを想い、王太子殿下との閨に踏みきれず。それで王妃様の指示で強い媚薬を服用させられておられます。強い媚薬は心臓に負担がかかります。既にお身体にその兆候が。このままいくと出産に耐えられない身体になるでしょう。」

「出産に耐えられない?王家はラトゥナ王国との子を望んでいるはず。それでは意味がないではないか?」

「おそらく王家は王女様が死んでも、子供を取り出すでしょう。つまり、子供さえ産まれれば、王女様が死んでも構わないという事です。王家もそれを望んでいるのでしょう。」

「その媚薬を飲むのを止めれば、心臓は元通りになるのだろう?」

「それは分かりません。既にかなり服用されています。止めれば症状は進みませんが、治ることはないと言われています。」

「何て事だ!」

「しかし治す方法は無い訳ではありません。再生の加護を持ったトカゲの古代種の事をご存知ですか?」

「そんな古代種がいるのか?」

「はい、丁度王都の生物研究棟に保護されています。その古代種を捕獲して、王女様に食べさせれば、心臓も治るでしょう。」

「貴重な古代種を食べるのか?」

「王女様のお身体を想うなら、ご決断下さい。」


ロダンは女の説明に真偽を判断出来ずにいた。

王女の話をちらつかせ、自分を連れ出し、拘束し、何かの交渉に利用される事も考えられる。

しかし、もし話が本当なら、アリーチェ王女は出産時に亡くなってしまうかもしれない。

ロダンが考えあぐねていると、女はそっと外扉を開け外の様子を伺う。

扉の隙間から月の光が差し込み女の顔を仄かに照らす。

それはゾッとする程の美しさだった。

水色の瞳がロダンをとらえる。


「実は私は第2王子のサミュエル殿下の元にあがるはずでした。しかし、引き離され、更に子を産めぬ身体にされております。ですから、王女様の力になりたいのです。」


そう言って女は悲しげに微笑む。

あまりの美しさに思考が引っ張られる。


そしてロダンは決意した。

読んで下さり有難うございます。

ブックマークをして下さっている皆様、何時も有難うございます。

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