80 王都にて ②
アシェルに差し出された左腕にアウロラは手を添える。
その時、アシェルの手がわずかに震えている事に気付く。
?
「アシェル様、左腕をどうかされましたか?」
その言葉にアシェルは立ち止まり、アウロラに視線を向ける。
「すみません、失礼しました。」
自分の勘違いだと思い、手を離し謝罪する。
「いや、よく気が付いたね。」
「え?」
「実は薬を盛られてね。」
「え?薬?····毒ですか?大丈夫なのですか?!」
アウロラは慌ててアシェルの手を取り感触を確かめる。
「手の痺れはありますか?」
アウロラはそう言い、アシェルの左手の指を1本ずつ押しながら確認する。
「ああ、そうだな。そうして触られると中指に痺れが残っているのが分かる。」
「·····どうして·····。」
アシェルは少し躊躇いながらも、これまでの事を話し出す。
「カメリアを知っているだろう?ここを去る最後の願いにとお茶を入れることを許した。その時に盛られた。」
「お茶を?」
「ああ、ルイーズと繋がりが出来ているようだったからね。カメリアを通じてこちらに何かしら仕掛けられても面倒だから養父母の元へ帰す事にした。その事を告げると、今まで自分がメイドとして生きてきた証としてお茶をふるまわせて欲しいと言われ、そうさせたんだが失敗だったよ。油断してしまった。」
「どんな毒を?」
「昔、彼女の実家のバーネット家が不正に密輸していた薬があってね。禁輸品の1つだ。幻覚作用と媚薬効果を併せ持った薬だ。通常の3倍の量を盛られたよ。倒れた所をジョッシュが応急措置を施し、研究棟からラティキア·エトロン殿を呼んで治療を行ってもらったこともあり、壊れることはなかったよ。」
「壊れる·····。」
「アウロラには言いにくいが、媚薬の量が尋常じゃないからね。幻覚にしてもそうだ。精神が壊される所だった。まぁ、それで左腕と左足に痺れが出て、5日程使いものにならなかった。解毒剤が上手く効いて、日に日に回復したから問題はない。」
「媚薬の過剰摂取は心臓の負担になります。」
「ああ、確かに呼吸困難と胸の痛みがあったな。今は生活に支障のないレベルだ。」
アウロラはその話を聞きながら、ずっとアシェルの手をマッサージしていた。
「少し震えるが問題ない。不快かい?」
「不快だなんて。心配なだけです。」
そう言って、アウロラは泣きそうだ。
「アウロラ·····。」
「アシェル様のお側に居なかったことが悔やまれます。」
アシェルにとってカメリアが元婚約者だったからという事もあるが、アシェルは王位継承権を持つ者。
いつどこで狙われてもおかしくない存在だ。
「アウロラはグリフォニア辺境伯領で活躍したと聞いている。私のことは悔やむ必要はない。自分の甘さから招いたことだ。グリフォニア領で沢山の人間を救ったのだろう?」
ルークも死地から救ったのだろうとは言えなかった。
アシェルはそっとアウロラの頭を撫でる。
「温室に茶席を用意させている。そこでゆっくりグリフォニア領での話を聞かせて欲しい。」
そう言って温室へ向かうと、2人を気遣ってか、給仕の侍女達はほとんど見えない位置まで下がってくれていた。
「カメリアさんはどうされたのですか?」
公爵家に手を出してお咎めなしであるはずがない。
処刑されてもおかしくない。
あの時、もっと彼女を納得させるだけの言葉をかけられていたらと思う。
「気がふれたよ。カメリアは貴族だった自分を捨てきれず、思い出にすがって生きてきたようだ。
甘いかもしれないが、ここで処刑するのは本意ではない。だから流刑地として有名なダーナル島の神殿に送った。もう2度と出ることは出来ないだろう。」
若い身で哀れだとは思う。
しかしカメリアの選んだ結果だ。
アシェル様に手を出した事は絶対に許せない。
アウロラは思わず握る拳に力を込めていた。
「グリフォニア領はどうだった?アウロラが大変活躍したと聞いているが。」
「活躍という程では····。ダラム王国は毒の攻撃を仕掛けてきました。事前に皆で協力して対処していたことが活かせたと思います。」
「そうか····。良かった。」
アウロラはふと、ルークを治療した事を思い出す。
愛する人の死の間際を目の当たりにして感じた恐怖·····。
それが頭に甦り、思わず身体に力がはいる。
「アウロラ。」
アシェルの声で意識が戻される。
伏せていた視線を上げると、そこにはアシェルのアウロラを気遣う微笑みがあった。
「治療の経験があるとは言え、精神的な負担も多かっただろう。お疲れ様。」
冷えていた心の中が熱を持つ。
目の奥に何かが溢れてくるのを感じた。
アシェル様はルーク様を治療したことを知っているのだろうか?
医療行為とは言え、ルーク様の口に自らの息を吹き込んだり、口移しで薬を飲ませたり。
他の人に見られているかどうか考えず行った。
アシェル様の耳に届いてもおかしくない。
アシェル様に理解してもらえるだろうか····。
「ルーク卿とは話せた?」
アシェルの問いに、一瞬言葉が詰まる。
話せたか····話せてはいない。
「治療の為に会いましたが、その時は意識がなく····。意識が回復した事を聞いてからは、治療を兄に代わってもらいました。ですから会話はしていません。もしかしたら私がグリフォニア領に来ていたことも知らないと思います。」
知っていたら、きっと声ぐらいは掛けてくれていたと思う。
今になって、マーガレットがルークに口付けしていた事を再び思い出し、思わず涙が溢れそうになる。
「アシェル様、すみません。少し失礼します。」
こんな顔、アシェル様には見せられない。
アウロラは落ち着くため、お手洗いに行こうと席を立つ。
すると、アシェルも席を立ち、アウロラに近づき、優しく抱き締めた。
「会ったけれど、会えなかったか····。」
アシェルがそう呟く。
ああ、アシェル様は全てご存知なのかもしれない。
アシェルに抱き締められ、強ばっていた身体の力も、胸の苦しみも抜けていく。
アウロラはゆっくりアシェルに身を任せる。
アウロラの高まっていた感情が収まっていくのを感じたアシェルは、少し身体を離す。
そしてアウロラの顎に指をかけ、顔を上げさせると、そのままアウロラに口付けた。
触れるだけの口付けが離れると、アウロラは何が起こったか分からない表情をしていた。
黙ってアシェルを見つめるアウロラを見て、アシェルはアウロラの頬に手をやり、優しく撫でる。
そしてそのままアウロラの頭を抱え込む様にして、深く口付けた。
アシェルの舌に翻弄されながら、アウロラの身体の力が抜けていく。
どのくらいそうしていたかは分からない。
長いのか短いのか、アウロラは訳が分からなくなっていた。
身体の芯が熱くなり、膝に力が入らず立っていられなくなる。
アシェルもその事に気付いたのだろう。
漸く口唇を離し、アウロラを抱き締めながら、膝の上に乗せる様にして座った。
目を閉じたまま、少しだけ荒いアウロラの息づかいが聞こえる。
アウロラとアシェルは暫くそうしていた。
アシェルの胸に顔を寄せ身を任せる。
アシェルの胸の鼓動だけが聞こえる穏やかな世界。
心地いい·····。
トロンとした目でアシェルを見上げる。
視線が合うと、優しく額に口付けられた。
「アウロラ、2日後にグリフォニア領へ向かう。」
「え?」
アウロラの目に意識が戻る。
「ダラム王国との戦後交渉に行く。こちらにはダラムの王太子を討ち取った際に、王太子の証である指輪と剣を奪っている。彼の国では国宝だ。しかも他国に奪われたとなると、国の沽券に関わる物だ。それを交渉材料に賠償請求と今後ローヴェル王国に手を出さない事を誓約させる。」
「また····また毒を使って来るかもしれません。私もお供致します。」
「はは、嬉しい申し入れだが、大丈夫だ。あちらには兄のセオドア殿が残っているだろう?」
「ですが·····はっ!では今からお持ち頂きたい物を用意致しますので!ジョッシュ様も共に行かれるのですか?」
「ああ。」
アウロラは立ち上がる。
「では今から急ぎ戻り、準備致します。それをジョッシュ様にお渡し致しますので!」
アウロラはそう言うと、足早に帰ろうとする。
アシェルは苦笑いしながらアウロラを見送る。
「もう少しあのままでいたかったが·····。ふぅ····それにしても、上書き出来ただろうか····。」
アシェルはそう呟き、自身の口唇に触れる。
その声を拾ったお付きの侍女が、アシェルの後ろで大きく頷いていたことを、アシェルは知らない。
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