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8 アウロラは見た①

「これはあなたの為に申し上げていますのよ。あなたがその様な態度では、ダンテ様から自分の気持ちを取り戻す気がない女だと思われても構いませんの?」


早朝、日課の研究棟でナナちゃんのお世話を終え教室に向かうその道すがら、人目を憚る様に中庭で2人の女性が向かい合い、何かを言い合っていた。

1人は気弱そうにうつむき、もう1人は説教じみた口調で畳み掛ける様に話している。


朝の澄んだ空気のせいでしょうか?

そこそこ離れた場所を歩いていた私の耳にさえ会話が聞こえてしまいました。


「で、でもあの方に何か言えば、婚約者は勿論、殿下方が黙っていませんわ。私不敬罪として、家族ごと処分されるかもしれません。」


気の弱そうな女性は、不安を滲ませながらもう1人に訴える。


あーこれはあれですね。

きっと彼の男爵令嬢の件の様です。


「彼の方は男爵令嬢。あなたはそれに近い子爵令嬢。似たような身分のあなたが、しっかり貴族としての振る舞いを示せば、あの男爵令嬢がいかに非常識であるかを、周りに充分知らしめる事が出来るのです。仮に私の様な立場の者が彼女に一言でも申し上げようものなら、伯爵家のエリーサ様と同じ事になるでしょう。お忘れではないわよね?エリーサ様が彼の男爵令嬢の振る舞いをお諌めなさった後、彼の方は『身分をかさに苛められた』と吹聴し、結局エリーサ様が殿下方直々にお叱りをうけた事はご存知でしょう?私共高位貴族ではダメなのです。」


えぇぇ···そんな無茶な···

でも何でしょう、その殿下方の盲愛っぷりは。


「ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢にダンテ様の心を奪われてしまっているのは辛いですが、私は彼が目を覚ましてくれるのを静かに待ちたいのです。」


ちらっと横目で見た彼女の切ない横顔に、なんだか私も胸が苦しくなり、足早にその場を通り過ぎた。




そのまま重い気持ちで歩いていると


「ダンテ様、お待ちになって。」


つい先ほど聞いた『ダンテ』の名に振り返る。


そこには日に焼けた褐色の肌に短髪の黒髪。周りよりも一つ頭背が高く、鍛えられたがっしりとした体躯。目鼻立ちもはっきりした濃い印象の顔立ちの男性と、その男性の腕に漸く追いついたといった様に息を荒げ、手を添える女性、ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢がいた。


「おはよう、ルイーズ嬢。君が走るなんて似合わないな。」

「だって、サミュエル様が自分が側にいない時は、あなたに守ってもらえって。そうではないの?」


言われたダンテは、彼女が自分に触れている手を見て、くすっと優しい笑みをこぼす。


「では参りましょうか、マイ レディ。」


そう言いながら、ダンテは騎士らしい姿勢で手を差し出す。


「あなたが騎士服を着たら、本当に素敵でしょうね。早く見たいわ。」


ルイーズはそう言って、花が開く様に微笑んでその手を取った。


そんな光景を羨ましそうに見る者や、眉をひそめる者、様々な人が見守る中、彼らは通り過ぎて行った。


な、何でしょう···マイ レディって言いました?

騎士がマイ レディと言うことは、その女性を自分の命をかけて守る存在と示した事になるはず。

冗談でも婚約者がいる人間が、他の女性に使っていい言葉ではない。


つい先ほどの令嬢の顔が頭をよぎる。


もしこれがルーク様だったらと思うと、心が痛くてどうにかなりそう。

こんな光景見たくないわ···


私はその場から逃げる様に教室へ急いだ。


◇◇◇


とあるお昼休み。


今日は天気がいいのでエリナを含む友人達と外で昼食をとろうという事に。

クラスメイトのリリィ·カルタンとマリー·フランメは共に平民だが、実家はエリナと同じ商人で大金持ちだ。

入学してすぐ打ち解け、仲良くなった。

2人とも頭の回転が早く、落ち着いた感じなのでとても話しやすい。

エリナもそうだが、王都から他国までの情報を沢山持っていて、話していると勉強になる。


そんな仲良し4人組で穴場と言われる中庭に向かう。

目指す中庭の奥の四阿が見えた時、そこには先客がいた。


銀髪にサミュエル殿下とよく似た容姿の男性、第3王子ディラン殿下とルイーズ·オヴァフ男爵令嬢だ。

護衛もおらず、2人で仲良く談笑していた。


「へぇ、君の手作りなの?」

「あら、ディランは初めてだったかしら?私、よく作るのよ。」

「貴族の令嬢がねぇ。」

「私は貴族と言っても男爵位だし。それにディラン、あなたは料理が出来る令嬢と出来ない令嬢どちらがいいと思う?」

「考えた事なかったけど、そうだな、出来る令嬢かな。」

「ふふ···そうでしょう。それに今、あなたが出来ない方がいいって言っていたら、このサンドウィッチは食べられない所だったわよ。はい、どうぞ。」


そう言ってディラン殿下の口元にサンドウィッチを差し出す。

殿下は少し笑みを濃くしてルイーズの手ずからサンドウィッチを口にする。

それからディラン殿下はそのままルイーズの手をとり、その指先に口付けを落とす。


「ディラン···」

「お礼の気持ちだよ。」


それを見たアウロラ達4人は息をひそめ、まるで何も見なかった事にするかのように、無言でそのばを離れた。


「あれは···ないですわ。」


漸く離れたところで誰となしに口にする。


「護衛騎士もいらっしゃいませんでしたね。2人きりになることは避けなければならないことなのでは?」

「あれではディラン殿下のご婚約者様のミュランダン侯爵令嬢様に対しても失礼ですわ。」


次々溢れ出す非難。

その日の昼食は、苦々しいものになってしまった。


◇◇◇


とある放課後。


アウロラは研究室に向かう前に、必要な薬草を持っていこうと薬草園に立ち寄る事にした。


薬草園は毒草も栽培していることから周りを高い柵で囲われており、かつ守衛による厳重な警備がなされている。

薬草を乾燥させたり、保管する建物も中にあり、そこには常駐の管理人がいて、そこで出入りした人間の名前、日時、目的等も合わせて記録をとり管理している。

そうすることで毒草等が無断に持ち去られないように徹底されている。


受付で名前等の記入を済ませ、目的の薬草畑へ向かう途中。

一層鮮やかに薬草の花が咲き乱れている一角にある四阿に2つの人影。

そこにはサミュエル殿下とルイーズ·オヴァフ男爵令嬢の姿が。


え?ここは関係者しか入れない薬草園なのに。

それに先ほど名前書いた管理台帳には、殿下方の名前は書かれていなかったのに。


見ると、ルイーズが花を見て『綺麗』『素敵』だとはしゃいでいる。

その様子を四阿の椅子に座っている殿下が、微笑みながら眺めている。

やがて殿下の元に花の感想を述べながら近づくルイーズ。

すると、ふとよろめき、座っている殿下に倒れ込む様な体制になる。

殿下はそのまま抱き締める様に受けとめる。

そうして流れるような動作で、彼女を膝に乗せる。


!!!


「興奮し過ぎて足元も覚束なくなったのかい?」

「ふふふ···そうなら可愛いでしょ?」


今にも口付けしそうな距離で話をする2人。


度々目撃する男女の甘いやりとりに、学園での貞操教育はどうなっているのだろうと思ってしまう。

それにここは関係者以外立入禁止区域だ。

花が綺麗だから見せてあげるなんて、部外者を軽いのりで連れて来ていい場所じゃない。

現に、ここの管理を任せられている人間は、毒草一つ無くなるだけで、厳しく罰せられる。

処刑される事もある。


アウロラがその光景を見ながらムカムカしていると、ルイーズはそっと殿下の口唇に指を伸ばし意味ありげになぞった。


せ、せ、せ、節度!!!


これではまるで、悪いけど彼女は娼婦の様。

殿下の考える女性の貞操観念はどうなってるの?


私は一人イライラし、ぷるぷる震えながら隠れて見ていた。

だって、こんな事やってる橫を通り過ぎるなんて無理!


「あなたでも覗き見するんですね。」


突然耳元で声を落とした美声が!

びっくりして思わず声をあげそうになる。


しかし私の口元は手でそっと抑えられ、もう片方の手が後ろから私を抱き締める様に拘束している。


「!!」


こ、こ、この声は!


強い拘束ではないので、私はゆっくり身体を動かし振り向く。

とそこにはルーク様のお姿が!

ルーク様は優しく微笑んで、私を見下ろしています。


「どうしてこんな所にって聞きたいのはアウロラの方だろうね。僕は殿下を探しに。しかし殿下には困ったものだ。」


そう言いながらルークはゆっくりアウロラの拘束を解く。


「アウロラは僕達がいなくなるまであそこに隠れてて。」


そう言って、そっとアウロラの背中を押す。

アウロラはルークの指示通り、別の場所に姿を隠す。

ルークはそれを見届けた後、殿下方の方へ足を運んだ。


「殿下。」

「ルーク。」


ルークの登場に殿下は若干慌てる。


「ここは厳重に管理されている場所です。今すぐお立ち退きを。」

「あ、ああ。」

「·····。」


「まさか抱き合っておいでですか?」

「これはルイーズがよろけたから支えただけだ。」


そう言ってルイーズを立ち上がらせる。


「私の気持ちがすぐれないのを殿下が気にして下さって。こちらの花が満開だからとお誘い下さったのですわ。それが嬉しくて、(わたくし)はしゃぎ過ぎた様で。殿下はよろけた私を支えて下さったのです。」


先ほどの妖艶な雰囲気は何処へやら。

悪びるでもなく、少し恥じらう様に頬を赤らめ微笑む。


「研究所の方から王宮へ苦情がいくと立場が悪くなりますよ。」


そうため息混じりにルークは告げる。

と、そこへ


「殿下!!」


と声を荒げながらダンテが現れる。


「勝手に抜け出されては困ります。それにこのような場所に立ち入るなど!」


どうやらダンテのお怒りは相当らしい。


「ダンテ様、そんなに怒らないで下さい。反省してますわ。やきもちでないなら、どうか機嫌を直して下さいませ。」


そう言ってルイーズはダンテに優雅に微笑んだ。

そうしてサミュエル殿下が腰を上げたところで、漸く殿下一行は薬草園から出て行った。


何だかよくある小説の中の一場面ね。

こうして実際遭遇してみると、王子とヒロインのわがままは、周りにとって相当の迷惑だわ。

今度から小説を読む時の見方が確実に変わるわね。


ちょっと脱力したアウロラだったが、ふと先ほどのルークに抱き締められる様になった体制を思い出し、一人悶えるのだった。





読んで下さり有難うございます。

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