79 王都にて ①
「エマが負傷し、ルイーズとジョセフが逃亡しただと?」
王宮の執務室で王太子のオーウェンとアシェルはトーマスから報告を受けていた。
「宿屋の者に見張らせていたのですが、夕刻の忙しい時間に2人して出ていったと。何時も連れている侍女を伴っていなかったので、一応部屋の確認に向かったそうで、その際エマ殿が背中から血を流して倒れている所を発見したそうです。」
「それでエマは?」
「はい、背中からの刺し傷は肺にまで達しており、片方の肺がつぶれたそうですが、命に別状はないと。」
「そうか、良かった。」
「王家の影と、おそらくジョセフの実家のトルーソー家の影だと思われますが、逃げた2人の後を追っています。そのうちご連絡が入るかと。」
「エマは何か言っていたか?」
「ルイーズへの避妊処置が完了した事と、ジョセフが『情報を売る。』と話していたと。それだけ言うと意識をなくしてしまいましたので。私がジョセフ達の動向を確認出来たのは1月ほど前からで、それまでは王都から出ていたようです。王都に戻ってからは、複数の外国の商人と会っています。取り敢えず、会っていた商人達にも人をつけました。」
「そうか、ただの商人ではないだろうから、気をつけて見張ってくれ。」
「承知しました。」
トーマスはそう言うと部屋から出て行った。
「とうとうこれでお尋ね者になってしまったな。さて、ジョセフは何をするつもりなのか····。」
「宰相のトルーソー伯爵は憔悴した様子だった。縁を切ったとは言え、国家に仇なす者を一族から出したとなれば、無傷ではすまない。」
「まぁ、元々トルーソー伯爵は、ジョセフを宰相補佐につけ、ゆくゆくは自分の後継につけるつもりで教育していたみたいだからな。宮廷の執務室に出入りする事もあっただろう。その時に何かしら機密情報を目にしていてもおかしくないな。若いのに抜け目ない所があるように見えた。」
「トルーソー伯爵は消すつもりかもな。」
「私ならそうするね。それはそうと、アシェル、左手の具合はどうなんだい?」
「ああ、毒も抜け、軽く痺れが残る程度だ。日に日に回復しているのが分かるから、もう間も無く完治するだろう。」
「しかし、カメリアがあの薬をいまだに持っていたとはね。おまけに通常の3倍の量を盛るとは。お前が壊れなくて本当に良かったよ。」
「壊れなくてか·····。アウロラには見せられないな。」
「アウロラ嬢はもう帰って来ているのだろう?会ったのか?」
「いや、こちらも忙しかったから、漸く明日時間が取れそうだ。」
「入れ違いになるようで悪いな。」
「いや、ダラム王国との戦争賠償請求交渉だ。ローヴェルに2度と手出し出来ないようにしてやるつもりだ。」
「場所はグリフォニア辺境伯領の国境線だ。辺境伯も交渉に同席だし、安全面は心配ないだろう。心置きなくダラムを叩き潰せ。」
「ああ、承知した。」
アシェルは今回のダラム王国との戦争処理交渉をするため、数日後グリフォニア辺境伯領へ行くことになっていた。
アウロラの帰還の知らせを聞いて花束は届けたが、未だに会えてはいなかった。
オーウェンの執務室を出て、自身の執務室に戻るとジョッシュがアシェルを待っていた。
アシェルはジョッシュ以外を部屋から出すと、アウロラにつけていた影からの報告を受ける。
「アウロラ嬢は辺境伯領で大変活躍したようです。研究棟から共に行ったホセ·アルソー殿とディック·スタン殿達と、主に毒患者の治療を担当していたそうです。ホーヴェット領の医療団と合同でしたから、あの『白の御使い』と呼ばれる全身白衣が功を奏して、アウロラ嬢に言い寄る者も居なかったそうです。まぁ、最後の最後、帰還の挨拶の際、アウロラ嬢の素の姿を見て、その美しさに周りは驚愕していたらしいですが。
「そうか。」
「それでルーク殿との接触ですが·····影からの報告では、『あった』と。」
書類に目を通しながら聞いていたアシェルの手が止まる。
「それで?」
「はい、何でもダラムの王太子を撃ち取った際、身体に毒の怪我を負ったようで、グリフォニア城に戻った後倒れ、一時心臓が止まったそうです。その時ルーク殿が倒れた事を聞き、駆けつけたアウロラ嬢が見事ルーク殿を蘇生し、治療を行い回復させたそうです。」
「アウロラが·····。凄いな。」
「それでその蘇生術と治療ですが、蘇生に関しては自らの息を直接ルーク殿の口に吹き込み、その後心臓の上の胸をマッサージするといったことを繰り返すことで心臓を再び動かす事に成功したそうです。治療は昏睡状態になると目覚めなくなるという、研究棟で事前に対策が取られていた毒だった事もあり、開発した刺激薬を服用させることで、深い昏睡状態に至らず回復出来たそうです。ただ、ルーク殿が息を吹き返した時、飲み込むだけの力がなく、その·····それをアウロラ嬢が口移しで飲ませたと····。」
「·······。」
「これを報告するのは、その様子を倒れたルーク殿を心配して、居室で見守っていた方々が目撃しており、グリフォニア城内では、その緊迫した状態でのアウロラ嬢の治療が美談として密かに語られているからです。それで、未だ婚約者のいないルーク殿にアウロラ嬢を押す声も上がったと·····。」
「何だって?」
「ただ、アウロラ嬢は今回の遠征に参加するにあたり、平民を装い、更に『ローラ』という名で通されていたので、まさかアウロラ嬢が貴族の令嬢でルーク殿の元婚約者だと知る者はいないはずです。知られていれば、グリフォニア領に足止めされていたかもしれませんね。まぁ、ワイアット·グリフォニア辺境伯様はアウロラ嬢の事をご存知だったかもしれませんが。」
「·····それだけか?それで2人はどうなったんだ?」
「それが、ルーク殿はアウロラ嬢がグリフォニア領を立ち去るまで、来ていたことに気付いていなかったと。」
「なに?」
「ええ、ですからアウロラ嬢はルーク殿が意識を取り戻してから会いに行かず、兄であるセオドア殿に任せていたと。まぁ、アウロラ嬢がルーク殿に近づくのをよく思っていない者がいたらしいですよ。わざと話さなかったと。ルーク殿に恋慕していたんじゃないですか。」
「·····アウロラは報われないな。」
「え?」
「報告はそれだけだな。アウロラが無事ならそれでいい。」
アシェルはそう言うと、再び書類に目を通し、仕事に集中し始めた。
ジョッシュはアシェルがアウロラのルークに対して行った治療についての下りに特に触れず流した態度に驚きながらも、アシェルとアウロラとの時間を作るため、アシェルの仕事を手伝うのだった。
◇◇◇
「アウロラ、帰還したのに出迎えられず申し訳なかった。あらためて、お帰り、アウロラ。無事に帰ってきてくれて嬉しいよ。」
「有難うございます、アシェル様。ただいま戻りました。」
その日アウロラはグルーバー公爵邸に呼ばれていた。
ダラム王国との戦いの後処理と交渉準備の為、宮廷は慌ただしく、グリフォニア領にて行われる会談の代表をアシェルが務める事もあり、抜け出す時間もなかった。
アウロラもまた、共に王都に戻った目の負傷者達の治療を行っていた為、多忙な日々を送っていた。
久しぶりのアウロラにアシェルは一気に疲れがとれる想いだった。
アウロラは疲れからか、少し痩せたように見える。
グリフォニア領での心労もあるのだろうか。
アシェルはアウロラがルークに会えなかった分、決して心穏やかではないだろうと推察した。
気が付けばアシェルはアウロラに近づき、そっと頬を撫でていた。
アウロラはそんなアシェルに驚き、真っ赤になっていた。
アシェルはアウロラの反応に満足しながら、庭への散歩に誘い、アウロラも恥ずかしそうに同意した。
エスコートするためアシェルはアウロラに左腕を差し出す。
アウロラは久しぶりに美しさ全開のアシェルを目のあたりにし、少し緊張しながらも、腕に手をかけた。
すぐに違和感に気付く。
「アシェル様、左腕をどうかされましたか?」
アシェルは早いアウロラの指摘に驚きながらも、アウロラがグリフォニア領へ行っている間に起こった出来事について話し出した。
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