74 グリフォニア辺境伯領 ⑧
部屋に入らず、扉の前で立ち尽くすアウロラの様子を護衛騎士が伺う。
顔色が一気に変わったのを不審に思い、護衛も部屋を覗く。
そして同じ様に、マーガレットがルークに口付けしているのを目撃する。
「!」
護衛が再びアウロラに目をやると、アウロラは隠れる様に壁に身を寄せていた。
護衛はアウロラの様子を見て、何かを察したのかそのまま何も言わず、そっとしておいてくれた。
「どうかしたのか?」
低く、深い艶のある男性の声がした。
アウロラが声の方を見ると、兄セオドアと、背が高く漆黒の軍服を着た父親と同じくらいの年齢の男性が立っていた。
「何かあったのか?」
冷ややかにそう言い、アウロラを見る男性は、整った顔立ちに長めの黒髪に白い肌、そして透き通った水辺を連想させる澄んだ水色の瞳を持っていた。
男性のただならぬ気配から、その男性が『氷の騎士』と呼ばれている、ワイアット·グリフォニア辺境伯だと分かった。
アウロラは慌てて礼の姿勢をとる。
「中に入らないのか?」
ワイアットが問うと、アウロラの代わりに側にいた護衛が「その····。」と返事を濁す。
「ローラ?」
それを見てセオドアもアウロラに問い掛ける。
「あの····中の雰囲気が良かったもので···。」
「中の雰囲気?」
そう言われ、セオドアが部屋の中を確認する。
そしてマーガレットがルークに寄り添う姿を見て察してくれたのか、再びアウロラに目をやり、気遣わしげに渋い表情を見せた。
その時だった。
「ルーク様!お目覚めなのですね!私です!マーガレットです!お分かりになりますか?」
部屋の中から、マーガレットの興奮する声が聞こえた。
「なに?」
全員が部屋に向かおうとする。
アウロラも一瞬足を向けたが、扉の前で押し止まった。
セオドアがアウロラに視線を向ける。
アウロラは少し微笑むと、軽く首を横に振り、「お願いします。」とセオドアに告げた。
セオドアは軽く頷き、部屋へ入って行った。
その様子を見ていたワイアットが、アウロラに声を掛ける。
「入らないのか?」
「はい。兄がいますので大丈夫です。」
「······そうか。」
アウロラはワイアットに深く礼をし、神殿に戻ろうと踵を返した。
「送ろう。」
「はい?あの、でもルーク様の意識が戻ったようですので····。」
「戻ったなら大丈夫だ。後で見舞えばいい。それよりもルークを救ってくれたそなたに感謝の意を込め、下まで送らせてくれ。さぁ行こう。」
ワイアットはそう言うとアウロラの背を押す。
アウロラは驚きながらもワイアットに促され、部屋を後にした。
◇
何時も使っているものとは違う城内の階段を無言で降りていく。
暫くするとワイアットが立ち止まった。
それに気付き、アウロラも足を止める。
「ルークを救った医療団の女性の名は『ローラ』だと聞いている。先ほどセオドアの事を兄と言ったな?」
「あっ····。」
「セオドア·ホーヴェットには、確か妹は1人しかいないはずだ。アウロラ·ホーヴェット、ルークの元婚約者ではなかったか?」
「·····申し訳ございません。この度の遠征に参加するにあたり、貴族の娘がいると分かると、万が一間諜がいた場合、誘拐のおそれがあるので、平民をよそおう様に言われておりました。ですので、名を『ローラ』と変えておりました。ご報告を怠り、申し訳ございません。」
アウロラは深々と頭を下げた。
「なるほど。で、ルークは知っているのか?」
「····いえ。」
「話さなくていいのか?」
「····はい。私たちの婚約解消は王家の何かしらの意図があっての事。それに今回はルーク様にお会いするために参った訳ではありません。何か力になれないかと、そう思っての参加です。」
「このまま戻るつもりか?」
「はい。ルーク様は次期辺境伯としてこちらに迎えられたと聞いています。そして今後のためにどなたかを娶られる必要がある事も承知しています。今、私が会うのは、こちらにとっては邪魔になるだけですから。それに先ほど····。」
「ああ、マーガレットの奴がルークに手を出していたな。随分大胆な事だ。
そなたの決意には感服するな。マーガレットの事は、さしたる事ではないが、ルークがそなたが来ていることを知ったら、平常心でいられないだろうからな。」
「そんなことは····。」
「皮肉な事だな。なぜそなたがこのグリフォニア領に嫁ぐ事を許されないのか、1度王家に問わねばならぬな。何かあるのだろう。とにかくルークを救ってくれた事感謝する。あれはグリフォニアに必要な人間になるだろう。」
「はい、きっと······。」
アウロラがそう言うと、ワイアットはマントを広げアウロラを包み込んで抱き締めた。
アウロラは突然の事に、思わず身体を硬直させた。
「もっと思いっきり泣くといい。ここはそう人の通る場所ではないからな。溢れる涙を止めねば、神殿の者達が動揺する。」
涙?
アウロラは自身の顔にそっと触れる。
いつの間にか涙が幾筋も流れていた。
こんなに涙が溢れていたなんて····。
「すみません、有難うございます。」
ワイアットの思いもよらぬ優しさに触れ、アウロラの目から更に涙が溢れてきた。
ワイアットは、そんなアウロラが泣き止むまで、その頭を抱え込むように、そっと抱き締めてくれた。
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