72 グリフォニア辺境伯領 ⑥
アウロラは走る。
城から呼びに来た従者がアウロラの荷物を持ってくれ、案内されながら城内に入り走った。
すれ違う侍従達もルークの事を知ってか、落ち着かない様子だった。
グリフォニア城は敵が攻めこんで来た時を想定している為、内部の構造は複雑だ。
そんな城でのルークの居室は城の上階にある様だった。
ルーク様、ルーク様·······
不安で胸が張り裂けそうだった。
アウロラは走りながら、自身の胸元を強く掴んでいた。
「こちらです。」
従者共々息が上がりながら、何とかたどり着く。
ルークの居室と思われる部屋の前には、数人の騎士や侍従が、外から様子を窺っていた。
彼等はアウロラ達の姿に気がつくと、扉の前から離れた。
「お連れしました!」
アウロラは部屋の中に入る。
中には2、3人程の年かさの男性と数人の侍従がおり、一斉にアウロラ達の方を振り向いた。
「待っておったぞ!···っと、おい!医者を連れてこいと言ったはずじゃぞ!」
白衣を身につけているが、アウロラの事を若いただの娘だと思ったのだろう、いきなり怒号を浴びせられた。
しかしアウロラはそんな事はお構い無しに、ルークがいるであろうベッドに駆け寄る。
ベッドの側には老齢の医師と思われる男性が、ルークの脈をとっていた。
久しぶりに見たルークの姿だった。
目を閉じ、ベッドに横たわる姿は、あれから約1年、この辺境の地でさらに鍛え抜いたのだろう、更にたくましい体つきになっていた。
しかしそんなルークの顔は蒼白だった。
既に生気を感じられない。
っっルーク様!
「脈がない·····。今息を引き取った様じゃ。」
はい?
医師と思われる男性の口から、信じられない言葉が発せられた。
「惜しい事じゃが····残念ながら····。」
「代わります。失礼します。」
男性が言い終わらない間に、アウロラは医師を押し退けるようにしてルークの手を取り脈を確認する。
確かに脈は触れない。
アウロラは更にルークの胸に直接耳をあてる。
心音もしなかった。
鼻と口元に手をやり呼吸を確認する。
やはり呼吸も感じない。
嫌だ!
心の中で叫ぶ。
「退いてください!」
アウロラは大声を出していた。
「ルーク様、しっかりして下さい!」
そう言うと、アウロラは拳を振り上げ、そのままルークの胸に強く振り下ろした。
「ドンッ」という力強い音がする。
「おいっ!」
非難めいた声が上がるも、アウロラはそれを無視した。
それからアウロラはマスクを外し、片手でルークの鼻をつまみ、もう片方の手で顎を持ち上げ口を開き、そのままルークの口を塞ぐ様にアウロラの口を合わせた。
そしてスースーと大きく2回息を吹き込む。
息を吹き込まれたルークの胸は膨らんだ様に見えた。
更にアウロラは、ルークの胸に手を重ねる様にして組み、激しく胸を押し、心臓マッサージを始めた。
「なッ?!」
初めて見るその光景に、ルークの胸を叩いたアウロラを取り抑えようとしていた周りの人間も固まり、ひたすら凝視していた。
「ルーク様しっかり!戻って下さい!ルーク様!」
心臓マッサージをしながら、アウロラはルークに向かって叫ぶ。
そして人工呼吸と心臓マッサージを何度も何度も繰り返す。
「かっ·····。」
程なくして、ルークの口から呼吸が漏れた。
アウロラはそれを見とめると、ルークに顔を寄せ呼吸を確認する。
そして安堵の表情を見せた。
「良かった·····。ルーク様·····。」
アウロラの一言で、固唾を飲んで見守っていた面々もほっと胸を撫で下ろす。
「これはたまげた·····。」
側で見ていた老齢の医師が、ぽろりと言葉をこぼす。
「このまま治療にあたらせて頂きます。まだ余談を許しません。まず、こうなった状況を教えて下さい。」
先ほどとは異なり落ち着いた声で、傷を確認する為、既に巻かれている包帯を解きながら、アウロラは部屋にいた執事らしき男性に声を掛ける。
「あ、はい。ルーク様は肩と背中に矢傷を負っておられましたが、先に報告をと軽い処置だけされて、辺境伯様の元へ向かわれました。その後、居室ヘ戻られ、あらためて治療をしようとした所で気を失われました。」
「矢は毒矢だったのですか?」
「おそらく。」
「あの····毒の種類ですが、戦闘が起こった場所には、何か黄色いカエルの様な生き物の死骸から出た体液が大量に撒き散らされた状態で、その体液が矢に付いていたのではないかと思われます。」
部屋の前で様子を窺っていた騎士の1人が、アウロラにそう告げた。
「分かりました。道具と水差しを下さい。それから神殿へ行き、蒸留水と清潔な布を大量にもらってきて下さい。」
「分かりました。」
先ほどの従者が再び神殿に走る。
アウロラは道具と水差しを受け取ると、アクトリ草で水の安全を確認し、直ぐに解毒剤を準備した。
アウロラはルークに解毒剤を飲ませようとするが、完全に意識のないルークは上手く飲み込む事が出来ない。
アウロラはそれを見ると、自ら解毒剤を口に含み、口移しで飲ませた。
「「「!!!」」」
ルークの喉がコクりと動くと、アウロラは安心した表情を見せた。
そして更に2度、3度同じ様にして薬を飲ませた。
周りの人間はその様子を目の当たりにし、黙って空気と化していた。
やがて廊下が騒がしくなると、そこには大きめの壺と大量の布を持った数人の侍従とバズが現れた。
「ローラさん、お持ちしました。」
「バズ、来てくれたの?有難う。早速手伝ってくれる?」
「手伝い?僕が?はいっ!分かりました!」
バズが興奮気味でベッドに駆け寄る。
「ルーク様?!」
バズもルークの状態に息をのむ。
「大丈夫、息は吹き返したわ。でもまだやることがあるの、手伝って。」
「はい、準備します!」
バズは随分慣れたのか、治療を行う為の準備を素早く行う。
「侍従の方、2名程残って頂いて、その他の方は部屋から出て下さい。こちらが許可するまで面会謝絶でお願いします。」
アウロラの言葉で、軍関係者であろう面々は直ぐ様退室する。
そして扉の向こうから皆で室内を覗き込む。
「おい····。」
「ああ。」
「凄いな、これが『白の御使い』か···。わしも倒れたらあのように救ってもらえるのだろうか?」
「ルーク殿がまだ危ない状態だというのに不謹慎だぞ。····でもまぁ、今我々に必要なのは毎日歯を磨くことの様な気がする。」
「確かに····。」
「いや、貴殿達では無理だろう。」
「「······。」」
と、廊下ではそんな不毛な会話が繰り広げられていた。
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