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70 グリフォニア辺境伯領 ④

昼間の騒動が未だ落ち着かない間に城内が再び騒がしくなったのは、日が落ちた頃、怪我をした騎士達が運び込まれて来た時だった。

運び込まれた騎士達の多くは、体を深く切り裂かれていた。


「多くの兵士が野獣にやられています!」


負傷者と共に先に帰還した騎士が神殿前の広場で叫ぶ。


野獣は軍馬の倍の大きさの狼種の獣で、動きも素早くその牙や爪は凶器だ。

ダラム王国では飼育に成功したのか、度々こうして戦力として使ってくる。

ただ、戦場で一旦放たれると敵味方関係なく襲う個体もある為、混乱に陥ることが多い。

グリフォニア辺境伯領の騎士ならある程度慣れているが、王都の騎士は手こずる事が多い様だった。


「負傷者は治療内容によって分けて運びますので、落ち着いて指示を待って下さい!」


兄のセオドアが大声で指示する。


「ローラ、毒矢にやられた兵士が8名ほどいる。任せたぞ。」

「分かりました、こちらへ。」


サルトの指示で運び込まれた騎士や傭兵達は皆、目に布を巻かれ、手足は拘束されていた。


「これは?」

「幻覚作用を引き起こす毒矢を受けています。幻聴は無い様ですが、見た幻覚に驚いて暴れる者も居たので、手足は拘束しました。本人達も何とか正気を保っているので、この事は理解しています。」


付き添ってきた騎士が状況を説明する。


「幻覚ですか····。」

「有名なのは、『ユメタケ』というキノコですが、乾燥させたものを閉めきった部屋の中で燃やし、その煙を吸うことで幻覚を見せることが出来ます。屋外で、ましてや毒矢でとなると、即効性のある『アオアゲハ』の鱗粉を使ったものでしょうか?」


ホセが解説する。


「確か『アオアゲハ』は古代種ですよね?」

「ええ、そうです。」

「解毒も兼ねた抗精神病薬を投与しましょう。」

「今後患者が増える可能性があります。こちらで調合出来る様にサイコとケイヒの薬草を追加で手配しましょう。」


アウロラ達の的確な判断もあり、準備は素早く行われた。




「モーガン様?大丈夫ですか?!」


患者を運び込む作業が終わり、いよいよ治療を始める段階で、患者の中にダンテ·モーガン伯爵令息が居ることに気付く。

肩に矢を受けた様で、包帯が巻かれていた。


「その声はアウロラ嬢か?」

「はい、そうです。すみません、モーガン様、ここではローラとお呼び下さい。」

「ローラ·····分かった。」

「先に肩の治療を行いますので、手の拘束を外します。今、目隠しをしている状態で幻覚は見えていますか?」

「いや、目を開けると幻覚が見えるんだ。すすり泣いている女が現れたり、地面にぽっかり穴が空いている様に見えたり····。」

「ああ、過去が影響しているのかもしれませんね。穴に落ちなくて良かったですね。」

「何かトゲがあるな·····。」

「こういった毒による幻覚は、そこにあるものが、過去に見たものや、イメージに置き換えられて現れやすいんです。綺麗なものばかり見ていた方は、美しい幻覚が目の前に広がり、それに囚われてしまいます。そうでない方は、まぁ、モーガン様がご覧頂いた幻覚の通りです。」

「·····やはり言葉にトゲがあるなぁ····。」

「検証の結果です。それにこういう会話でのやり取りは、幻覚に囚われない為にも重要なんです。とにかく、これから目を瞑っている状態でも幻覚が見えてきたら、直ぐに教えて下さい。決して暴れないで下さいね。」

「承知した。」

「ではまず傷を洗いますね。しみますが我慢して下さい。」

「ああ、大丈夫だ·····ダアッッ!」

「しっ!静かに!他の方が動揺します。」

「くっ···。目隠ししていると心構えが出来ないから緊張するな。」

「ふふ、モーガン様でも緊張されるのですね。」

「俺を何だと思っている。」

「では、矢の刺し傷の幅が広いので縫わせて頂きますね。薬を塗りますが、こちらは消毒の効果があります。」

「ああ。」

「縫う前に局部麻酔をします。」

「っっ···。」

「少し時間を置きます。麻酔が効いてきたら縫いますので、それまでお待ち下さい。」

「お前が縫うのか?」

「はい。」

「令嬢なのに縫えるのか?」

「モーガン様、ここでは令嬢と言わないで下さい。」

「すまない。」

「私は麻酔が効くまで先に隣の方の処置をしますので、動かずそのままでお待ち下さい。」

「分かった。」


「では、次の方、私の名前はローラと申します。今から足の傷を診ますので、足の拘束を外します。今幻覚は見えていますか?」

「いや、目を瞑っていると見ないようだ。目を開けていた時は、子供達が野原を遊び回っている姿が見えていたんだが。」

「ご自身のお子様ですか?」

「ええ。」

「素敵な幻覚ですね。ね、モーガン様。」

「うるさい。」


それからも毒矢の負傷者が運ばれて来て、その対応は一晩中行われた。


「ざっと、40人でしょうか?思っていたよりは少ないですね。」

「おそらく毒自体が希少なのだろう。確か後方部隊が主に襲われたんだったな。」

「支援要員の混乱を図ったのでしょう。」

「そのようですね。では、今から交代で休憩を取りましょう。」



「おはようございます、モーガン様。眠れましたか?」

「ああ、アウ、いや、ローラ嬢。」

「嬢は要りません。ローラとお呼び下さい。今から目隠しを外します。気分が悪かったり、まだ幻覚が見えるようなら教えて下さい。」


そう言って、アウロラはダンテの目隠しを外す。

ダンテの目に、眩しい光が入ってくる。


「少し眩しく感じるかもしれません。ゆっくり時間をかけて目を開けて下さい。」


ダンテの真っ白だった視界に人の形が浮かび上がる。

そこに現れたのは、白衣を着たアウロラだった。


「完全防備だな。髪も帽子の中に入れ、マスクもして、目だけしか見えないなら、誰だか分からないな。」

「幻覚は無さそうですね。」

「ああ。」

「軽い症状で良かったです。ですが、まだ熱があるので薬を飲んでゆっく休んで下さい。肩は動かさないように。後程スープをお持ちしますね。」

「すまない。·····そう言えば、あいつには会ったのか?」

「いえ·····。ルーク様のこちらでのお立場もありますから、今の私は邪魔になるだけです。このまま会わずにいるつもりです。」

「来ていると知ったなら、直ぐ飛んで来そうだがな。」

「そっとしておいて頂けると助かります。」

「そうか·····分かった。上手くいかないものだな。あ····。」

「?」


「ローラさん····。」

「っ!マーガレットさん。すみません、気付かなくて。」


ダンテの視線を追うと、いつの間にか側にマーガレットが立っていた。


「ローラさんはご令嬢なんですか?」


マーガレットは戸惑っている表情を見せた。


「いえ、ここではそういった身分は気にしないで下さい。」

「でも私、ローラさんに失礼な話し方で···。」

「マーガレットさん、そんな事より食事が出来上がったんですか?」

「ええ、患者さん用の解毒効果のあるスープも出来上がりましたので、お持ちしようかと。」

「お願いします。」

「分かりました。」


そう言うとマーガレットは、少し緊張した様子で戻って行った。


「そんなに馴れ馴れしかったのか?」

「いえ、普通でしたよ。」

「まぁ、緊張するだけの何かがあるんだろうな。」

「えっ?何ですか?」

「さあな。」


アウロラが、マーガレットのアウロラに対する態度の意味を知るのは、この戦いが終わりを迎えた頃、ルークが毒により意識不明の重体になったと知らせを受けた時だった。






読んで下さり有難うございます。

またブックマークをして下さっている皆様、何時も有難うございます。

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