7 護衛騎士の憂鬱 (ルーク視点)
わがペータース子爵家は、現当主である父がかつて第3騎士団の副団長をしていた様に、代々騎士を受け継ぐ家系だ。
その父が所属していた第3騎士団は第1、第2騎士団と比べると下級貴族や平民が多いことから、よく遠征に駆り出されていた。
当然戦闘も行われることから、医療業務を担う後方支援部隊として、ホーヴェット家も同行することが多かった。
領地が隣同士ということもあり、両家は親密な間柄となった。
アウロラの兄2人は、薬草採取等の関係でペータース子爵領を訪れることが多々あり、自分と年齢も近いことから、弟の様に接してきた。
アウロラを初めて見たのは、僕が10歳、アウロラが8歳の時だった。
僕が騎士見習いとして王都に旅立つ前、ホーヴェット家が見送りに来てくれていた。
ホーヴェット家の人はとにかく美しい顔立ちの人が多い。
本人達は自己評価の低さから何とも思っていないらしいが。
己の身を着飾るよりも、軽装で山に薬草を探しに行く事を好む人達だ。
初めてアウロラを見た時、一瞬目を奪われた。
亜麻色の髪に薄いグレーの瞳はとても優しげで、透き通る様な白い肌に艶めく口唇。
まるで妖精だな。
王都に行ったら、きっと何処かの貴族に囲われてしまうかもしれない。
その時はそんな感想だけだった。
王都へ向かう緊張と興奮とで、アウロラとまだどうこう考えている訳ではなかった。
◇◇◇
王都での騎士見習いの生活は、ほぼ雑用に充てられていた。
時間外に漸く自分の鍛練の時間を確保出来る、そんな毎日だった。
その日々を変える出来事があったのは、15歳を迎えようとした頃。
それは第2王子が初めて城外演習に参加する日の事だった。
第2騎士団の一部と騎士見習いとで王都近くの森に赴いていた。
警備は完璧な筈だった。
しかし何処からか情報が漏れていたのだろう、他国の刺客20名程が突然現れ、王子の命を狙い襲いかかって来た。
戦闘に慣れた刺客とは言えこちらも王国の騎士団。戦闘は直ぐ終わるかと思えた。
しかしやっかいな事に、刺客は10数匹の野獣を引き連れて来ており、そして放った。
その場は敵味方なく襲いかかる野獣により、混沌と化した。
騎士見習いの者達が数人で一匹の野獣に対処するも、多くの者が傷つき、倒れていった。
そんな中、自分一人だけ動きが違っていた。
僕は幼い頃より厳しい祖父の元、鍛練を重ねていた。
祖父は剣士として綺麗な型におさまった練習よりも、どんな手を使ってでも敵を倒し、生き残る為の術を学ばせようとしていた。
山に一人放り出されるのは当たり前。
野獣相手に生きる為、無我夢中で戦った。
野獣の一瞬の細かい筋肉の動きから次の動作を読み取り、倒す事だけを考えて身体を動かした。
自領地で行っていた鍛練が、まさにその時活きたのだった。
無我夢中で気がつけば、王子のすぐ側で3人の刺客と4頭の野獣を倒していた。
間近で戦う姿を見ていた王子は、僕を騎士見習いから正式な団員に昇格させ、自らの専属護衛騎士の一人に任命した。
この年齢で正式な団員になるのは、現グリフォニア辺境伯以来の出来事だった。
あの日以来、騎士団の雑用をこなしていた毎日が、主に王子の外出の際の護衛と剣術の練習相手になった。
通常正式に騎士に任命されるのは、見習い期間を経て、王立学園を卒業する前の18歳に試験を受け、合格してからである。
それ以外だと、能力がずば抜けており、即戦力となると認められた者がいた場合、平民であろうが関係なく任命される。
だがこれは大変稀で、過去に任命された者もごく僅かだ。
その為僕は騎士団内でも目立つ存在になり、見学として騎士団を訪れる令嬢からは、僕の容姿も好んでか声を掛けられる事が多くなった。
それが煩わしくなってきた頃、丁度父親からホーヴェット家との婚約を持ち掛けられた。
頭の中に数年前の幼いアウロラの姿がちらつく。
やたらお茶会だの外出だの誘ってくる令嬢に対しても、婚約者がいるなら、無理なくお断り出来る。
初めはその程度の思いで親の薦めを了承した。
しかし、領地へ戻っての顔合わせの日、アウロラと久しぶりに会って、今までの軽い意識は吹き飛んでしまった。
アウロラは、以前見た時の妖精の様な姿そのままに成長していて、僕の事を『かっこいい、素敵、素晴らしい』と頬を赤らめ必死に褒めちぎる。
その好意を全力で示してくる姿が可愛らしくて、僕はすっかり心を奪われた。
薦めてくれた両親には、感謝しかない。
アウロラが普段、さほどおしゃれもせず、香水漂う部屋ではなく、薬草のにおいに包まれた生活をおくっている事は知っている。
そんな所も好ましかった。
その後の婚約式でのアウロラは、本当に美しかった。
地紋のあるシルク地に、所々金糸で刺繍が施されているシンプルだが上品なワンピースに、髪には叔父から贈られたという真珠をあしらった髪飾りが白い生花と共に付けられていた。
婚約の誓いの言葉と共に額に口付けると、アウロラは恥ずかしそうにしながらも満面の笑みで、『幸せです。』『幸せすぎます。』『ルーク様が神に見えます。』等、喜びを表す言葉を呟き続けていた。
彼女はホーヴェット家の中でもかなり才能がある。
薬の調合、製造や開発、古代種まで捕まえ飼い慣らす程だ。
彼女のこれからの可能性を側で見守り、応援していきたいと心から思った。
これからの自分には、アウロラとの幸せな未来が待っている。
他の色恋沙汰に巻き込まれるのは御免だ。
だから2年生の時、ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢が入学してきてサミュエル殿下に近づいてきた時、自分の中で一種の嫌悪感が生まれたことは否めない。
更に彼女は、同じ1年生のディラン殿下にも近づいた事で孤立を生んでいた。
それを絆された殿下方が彼女を慰め、親密さを深めていけばいく程、殿下方の婚約者である令嬢方との対立を生んでいた。
何か起きなければいいが···。
そんな時耳にしたのが、殿下の婚約者の令嬢方が直接関わると殿下方の不興を買う為、他の下級貴族の誰かに、オヴァフ男爵令嬢の日頃の振る舞いを諫めさせるという計画をしてるというものだった。
このままだと殿下の護衛を担っている人間の婚約者であり、オヴァフ男爵令嬢と同じ爵位の家のアウロラが巻き込まれる可能性が高い。
具体的に何をさせようとしているのかは分からなかった。
アウロラは研究の為学園に来ているんだ。
そんな煩わしい事に巻き込ませない。
そう心に誓い、アウロラと王都へ出掛けた時、『学園では目立たないようにして欲しい。』と、変装も辞さない提案をした。
僕に言われて固まるアウロラに頷いてもらうべく、帰りの馬車の中でアウロラの隣に席を移動させ抱き締めた。
耳元で『アウロラの事が心配なんだ。』
と告げれば、アウロラは顔を真っ赤にし、カクカクしながらも頷いてくれた。
半ば強引なのは否めない。
でも僕には必要な事だった。
読んで下さり有難うございます。