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68 グリフォニア辺境伯領 ②

「ここから西にある国境沿いの『ルドン』という村付近に毒がまかれた。その気化した毒を吸い来んだ村人や動物が呼吸困難を起こし、既に死者も出ている。現在ディセック教授と父が治療にあたっているが、私もここに来る前まで共に治療にあたっていた。この神殿に運ばれている騎士は偵察に当たっていた者達との事。毒は国境沿いの広範囲にまかれている模様。気化した毒がその効果を保っているのは、半日程度との事だ。今、分かっているのは、この毒が肺水腫を引き起こすものであるということ。よってそれに対処した治療を行ってもらう。ホセ殿、ディック殿宜しいでしょうか?」

「はい、何とか。」

「ア、いや、ローラ分かるな。」

「はい、承知しております。」

「ローラはホーヴェット領で重傷患者が肺水腫になった際の治療を数多く経験しています。私は怪我治療班で手術をしなければならないので、こちらは任せます。」


そう言って兄のセオドアは部屋を後にした。


「では慣れているローラさんに指示してもらおう。私とディックは補佐に回るとしよう。」

「承知しました。ではまず重症の方から始めましょう。」


グリフォニア領に着いた初日から、アウロラ達は直ぐ様治療を開始した。

アウロラの指示で次々と処置が進められ、翌日には、ほとんどの患者の容態は落ち着いた。


「しかし机上の学問より、現場の実学を重んじるとは、まさにこの事ですね。」

「本当に。研究棟に籠っているだけでなく、こういった遠征に我々も積極的に参加すべきですよ。ディセック教授が自らの足で動かれる理由が分かります。」

「アウ、いえ、ローラさんは対応が早い。幼い頃から経験されているだけありますね。」

「さすが皆様、『白の御使い』と呼ばれているだけありますね。」


昨日よりも随分表情が和らいだミラ神官が話す。


「『白の御使い』?」

「ああ、ローラさんは知らないですか?ホーヴェット領の医療団は皆さん、この私達も頂いた白衣を着て作業されるでしょう?帽子付きの白衣にマスク。全身白ずくめだからですよ。そして何より群を抜いた技術と統率力。その仕事ぶりに敬意を称してそう言われているんですよ。」

「そうですか。知りませんでした。この白衣は祖父がそうするようにしたからなんですが。」


祖父は特に現場の衛生管理を重視していた。

この白衣もそれからだ。


「ホーヴェット領には怪我をされて退職した騎士の方々やそのご家族が多く暮らしています。まだ動ける方々は、領内の警備にあたっていただいているのですが、その他の方はこういった白衣等の衣料の為の綿の栽培や薬草の栽培を行ってもらっています。ついでに養蚕もしているんですけど。主に女性の方々は製糸、縫製を担って頂いてます。」

「よく騎士団で怪我で退団せざるをえなかった騎士爵で実家を継がない方々は、職を求めてホーヴェット領へ行くとか。」

「騎士団とは懇意にさせて頂いています。」

「余生はホーヴェット領で過ごすのもいいですね。」

「ふふ、お二人なら大歓迎です。」


「あのすみません、今回の肺水腫について、詳しく伺いたいのですが。」


ミラ神官と共に毒治療にあたっている、ガルマ神官が話に加わる。


「はい。肺水腫には主に2通り原因があり、1つは怪我等で細菌等が体内に入り引き起こすものと、心臓の機能低下、血を全身へ送り出す力が低下して、肺に過剰に血液が貯留され起こるものとがあります。ピンク色の血痰が出るのがいい例です。今回の毒は、心臓に作用するものだったと思われます。処置は先ほどして頂いた通りです。治療法が分かっている症状で良かったです。」

「研究棟は主に薬の調合、製薬が主で、その効果を検証する研究が主なので、限られた時間、場所、人手を考慮しながらの治療はなかなか緊張しますね。」

「色々自分に必要なものは何かを知ることが出来ました。」


これからダラム王国がどんな手を使ってくるか分からない不安はあるが、皆治療に対して充実感を持って臨むことが出来ていた。



「皆様お疲れ様です。食事の用意が出来ておりますので、食堂の方へお越し下さい。」


「ああ、マーガレットさん有難うございます。」


見習い神官の服を纏い声を掛けて来たのは、この神殿で主に洗濯と食事の用意を担当しているマーガレットという名の女性だった。

父親がグリフォニア領の騎士団に所属しているらしい。

真っ直ぐな柔らかい茶色の髪に同色の瞳を持った優しげで可愛らしい面立ちの女性だ。


「ホセ様、ディック様、先に召し上がられて下さい。私はお二人が戻られたら交代で参ります。」

「有難うローラさん。」


ホセとディックの2人はそう言うと、先に食堂へ向かった。

アウロラは病室の患者の容態を確認に向かう。


「ローラさんは凄いですね。私と歳は変わらないのに、この様な医療技術を身につけていらして。」


気付けば、部屋に洗濯が必要な汚れ物を取りにマーガレットも病室に来ていた。


「子供の頃からこういった環境に身を置いていましたから。」

「それでも····私なんかはこの場所で与えられていた役割を充分果たせず、失敗ばかりで。」

「そんな。マーガレットさんは充分力になっていると思います。私達はとても助かっていますよ。」

「·····有難うございます。」

「·····何かあったのですか?お話しされて心が軽くなられるのなら伺いますよ。」

「ローラさんは王都から来られたのですよね?」

「はい。」

「実は1年程前、こちらにルイーズさんという女性が来られて····。何でも王都追放になったとかで、私が彼女の補佐役というか監視役を任されたのです。」


ああ·····何となく察し····。


「ルイーズさんはとても美しい方で。初めてお会いした時は、女性の私でさえ、その美しさに言葉を失いました。でも同時に何となく危険な感じがして····。なるべく、特に男性とは接触させない方がいいと思い、私なりに注意していたのですが·····。結局、複数の男性が彼女の虜になってしまい····もう皆が恋している有り様で。」

「それほど·····。」

「はい。私はそんな彼らとルイーズさんが接触しないように行動制限しなければならなかったのですが、上手くいかず。気がついた時には、領外へ連れ出されてしまいました。」

「そうでしたか。」

「王都から共に来られていたエマさんの不在を狙っての事でした。私、あれ程エマさんに注意しておくように言われていたのに。」

「マーガレットさん、私はルイーズさんの顔を知っています。実はこちらに来る前に王都で見かけました。」

「本当ですか?」

「確実な事は言えませんが、確かその時、エマという名の女性と合流されていたと思いますよ。」


以前カメリアさんとルイーズと王都の神殿で話した時、現れた女性····確かエマと呼ばれていたはず。


「元々王都追放の方です。上に報告が上がっていることでしょう。」

「もしそうなら安心です。ローラさん情報有難うございます。でも有名なんですね、ルイーズさんは。」

「まぁ、色々ですね。」


ここでも男性を虜に·····。

本当に何なんだろう、彼女は。

ルーク様は、大丈夫だろうか。

当然だけど、まだ一目も見ていない。


「あの····グリフォニア辺境伯様やルーク様は大丈夫なのでしょうか?」

「ワイアット様とルーク様ですか?そうですね、ルイーズさんの近況を報告に上がった時は、こう···彼女に惑わされているとかそういった雰囲気は微塵も感じませんでした。特にルーク様は、寧ろ私を労るお言葉を下さるくらいです。」


ドキン····


「いよいよ手に余る様なら力になると言って下さいました。皆さんルーク様の事を冷酷な方だとか、声をかけにくいとか言いますが、私には本当に優しくして下さいます。だから領外へ出してしまった事が申し訳なくて···。」


ドキン、ドキン·····


「そうですか····。」


「数日前も東の国境線で野獣が放たれたのを、ルーク様は傷1つ負わず倒されたそうです。結局その後ろにダラムの本隊が控えていたそうです。また近日には激しい戦闘が始まると言われています。だからでしょうか·····。」


そうまで言うとマーガレットは何故か頬を染め、恥ずかしそうにはにかむ。


「私がルーク様と親しくしているのを知っている幹部の皆様が、ルーク様の貴重な血を受け継がせる為、私に相手にならないかと言われてしまいました。」


それはこの戦闘下にあって、子作りをしろという事?


アウロラは固まる。


「あ、すみません、こんな話。はしたないですよね。」


マーガレットは顔を真っ赤にして、忘れてくれとアウロラにお願いしながら、病室を出て行った


マーガレットさんはおそらくルーク様に恋心を抱いている。

そしてルーク様も多少なりとも好意は持っているかもしれない。


グリフォニア辺境伯様はルーク様の婚姻を望んでいる。


確かルイーズもそんなことを言っていたっけ。


アウロラ、分かっていたはずでしょう?


アウロラは自身にそう問いかける。


少し血の気が引く様な感覚に襲われながらも、頭を振って邪念を追い払い、アウロラは黙々と仕事を続けた。


そしてアウロラは、このグリフォニア領にいる間、ルークに会わないことを心に決めた。

読んで下さり有難うございます。

またブックマークをして下さっている皆様、何時も有難うございます。

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