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65 カメリアの選択 ①

本館に呼ばれた。

アシェル様にとうとう呼ばれた。


私とアウロラ様が神殿で会ってから、もう何日も経っている。

もうその事は、アシェル様の耳には入っているはず。

直ぐに呼び出されるか、もしくはそのまま解雇を言い渡されるか、そう思っていた。


一体自分はどうしてしまったのだろう。

アシェル様が気にかけている令嬢に対し、あんな物言いをしたと知れれば、アシェルさまが不快に思い、私を廃する可能性は高い。

アウロラ様も言っていたが、初めて会った私が、一方的にアシェル様に相応しくない、関係を断ってくれと言った所で、「そうですか、そうします。」等と言って身を引くはずもなく。

ああ、自分はどうしてしまったのだろう。

どんなに悔しくても、じっくり時を窺って行動すべきだった。

ルイーズ様と話していると、自分の思い込みが更に加速して、何でも上手くいくと思ってしまう。

どうしよう······どうしたらいいの?


カメリアはあの日からずっと不安な毎日を送っていた。

しかし数日経っても何の声もかからず、同僚のアリーも変わらず普通に接してくれている。


アウロラ様は話さなかったのだろうか?


そう考えていた矢先、アリーから思わぬ話を聞いた。


「ねぇ、アウロラ様が今度の遠征に参加されるらしいわよ。」

「遠征?」

「知らないの?今国境沿いにあるグリフォニア辺境伯領で、とうとう本格的な戦闘が始まったそうなの。王都からも第3騎士団が派遣されるそうよ。アウロラ様は医·薬学研究棟の研究員でしょう?志願者を募った所、手を挙げられたらしいの。」

「え?戦闘が行われているのでしょう?」

「ええ。でも、アウロラ様のご実家はホーヴェット家でしょう?今回も医療団として参加されるらしいの。アウロラ様は領地にいらっしゃった時から、最前線でなくてもそういった事には参加されていたらしいから、別に珍しくはないそうよ。でも、ご令嬢で志願されるのはアウロラ様位でしょうね。私は血を見るだけで卒倒してしまうわ。」


確かルイーズ様との会話の中で、グリフォニア領の事を話していた。

元婚約者がいるとか·····。

『もうご存知なのでしょう?私がルーク様と婚約しなかった事を。内心とても喜んでいるのでしょう?今すぐグリフォニア領へ飛んでいきたいのではなくて?』

あの時ルイーズ様はそう話していた。

アウロラ様の婚約者だった方がルイーズ様の婚約者になるはずだったが、何かしらの事情でそうならなかった·····。

アウロラ様はそれを知ったからグリフォニア領へ?

いえ、でもその事は否定されていたはず·····。

なのに、やはり行くの?グリフォニア領へ?アシェル様を捨てて?


収まっていたアウロラへの怒りが、再びふつふつと沸き上がる。


結局行くの?

なんて人なの!


怯えていた私がバカみたい。

やっぱり私は間違っていなかったのよ。

アウロラ様は·····あの女はアシェル様の心を踏みにじっている。

許せない!


「アウロラ様にはアシェル様の為にも、無事に帰って来て欲しいわ。」

「·····そうかしら?聞いた所によると、グリフォニア領には元婚約者がいらっしゃるとか。単に理由をつけて会いたいだけなのでは?アシェル様に対して不実だわ。」

「あのね、カメリア、あなたは知らないだろうけど、グリフォニア領って本当に危険な状態なのよ。同じ国境近くの町や村では、小規模ながら既に毒の攻撃による被害が出ているそうよ。戦闘が更に激化すれば、グリフォニア領が一番被害を被るそうよ。それを防ぐ為に行く遠征なの。そんな気軽な気持ちで行く場所じゃないのよ。」

「でも·····。」

「仮に、その気持ちがあるにせよ、婚約者だったという縁があるから、力になろうとしているんじゃないかしら。健気だわ····。アシェル様は、そういう所に惹かれていらっしゃるのよ。」

「·······。」

「カメリア、あまり軽率な事は口にしない方がいいわよ。そもそもアシェル様とアウロラ様を繋いだのは王家らしいから。」

「だったら尚更·····。」

「アシェル様の毒の治療を見て分かるでしょう?」

「よく分からないわ。」

「ああ、そうね。カメリアは知らないのよね。私もじっくり見たことなんてないけど、本館の侍女の方の話だと顔色から瘢痕から劇的に回復されたらしいわ。結局の所、戦力になる方なのよ。だから王家としても、アシェル様としても許可されたんでしょうね。」


そう話すアリーは、普段軽口を叩いて笑って話しているとは思えない口調だった。


こんなにも認められた存在だなんて·····。

私とは天と地の差ね。

悔しいわ·····。



その日の仕事を終え、与えられた部屋に戻り、唯一手元にある自分の荷物が入った鞄から、小さい袋を取り出す。

それからその中に入っているペンダントを取り出す。

銀で出来たそれは、ヘッドにしては大きめのデザインで、表面には今はなきバーネット家の紋章が刻まれていた。

そして横の留め金を外して開くと、そこには伯爵令嬢と呼ばれていた頃の、着飾った幼いカメリアの絵が嵌め込まれていた。


私はこの絵を見て、頑張ってきた。

この頃を取り戻したいとずっと願ってきた。


カメリアは更にその絵を外す。

すると、下からとても小さな包み紙が現れた。

指で引っ掻くようにして取り出す。

いつか必要になるかもしれないと用意していたものだった。


『カメリアさん、10年前の思い出にすがる事が、今のあなたにとっての唯一の道なのか、もう一度よく考えてみて下さい。あなたの手の届く所にも、きっと幸せがあるはずです。』


アウロラがカメリアに向けた言葉が頭の中に甦る。


アウロラ様はあのように言っていたけれど、私にはアシェル様しか見えない。

私に出来る事は全てやるわ。


カメリアは取り出した包み紙を祈るように握り締めた。

それから数日後、カメリアはアシェルに呼び出された。



指定された時間に本館に行くと、そこにジョッシュが現れた。


「ごきげんよう、ジョッシュ様。」


昔を思い出す様に、にこやかに挨拶をする。

しかしジョッシュはやや厳しい顔で、カメリアに付いてくるように促す。

そうして案内されたのは、アシェルの執務室だった。

室内に声をかけ中にはいる。

執務中だったアシェルが一旦手を止めカメリアに視線を向け立ち上がる。

カメリアはすかさず(カーテシー)をし、挨拶の言葉を口にした。


「ごきげんよう、アシェル様。お呼び下さり有難うございます。」


それを見たアシェルは無言のままで、ジョッシュは深い溜め息をついた。


え?

何か間違ったかしら?


10年前当たり前の様にしていた挨拶だった。

間違ってはいないはずだ。


「カメリア、君は今の身分を分かっているのか?もうあの頃とは違うだろう?」


ジョッシュの声に苛立ちが見える。

アシェルは黙ったままだ。


「いつまで貴族気取りだ?10年前に既に関係は切れ、立場も違う。勝手にアシェル様の名を呼ぶのも、馴れ馴れしい挨拶も許されない。いい加減平民になったことを自覚するように。」


アシェルは顔色一つ変えずジョッシュの言葉を聞いていたが、カメリアの様子が変わると口を開いた。


「アウロラ·ホーヴェット子爵令嬢との接触を禁じる。それからルイーズという女の情報をこの後ジョッシュに報告するように。君の養子先のトルッチェ家に連絡をとっている。今は商談で国外にいるらしい。急いでもこちらに来るのが1ヶ月後になるから、それまでに出ていく準備をするように。」


「アシェル様、私······。」

「カメリア、君はアシェル様に対して不敬罪で投獄されてもおかしくない態度だ。これ以上は控える様に。」


カメリアの身体が震える。


「最後にお願いがございます。どうかお茶をアシェル様にいれさせて頂けないでしょうか?」

「カメリア。」

「私は今はメイドです。これで全てを忘れて生きていきます。どうか最後のお情けを。」


そう言いカメリアは床に膝を着き、胸で手を組み懇願する。


やや間があって、アシェルはジョッシュに目で指示を出す。

ジョッシュはそれを受け、カメリアを仕方ないといった風に別のメイドに引き渡す。

カメリアはメイドに案内されながらティーセットを準備する。

そして気づかれない様に、ポケットに手を入れ、持ってきていた包み紙を手に取った。


私のアシェル様·····愛しています。


そう心の中で呟きながら、カメリアの目に迷いはなかった。

読んで下さり有難うございます。

またブックマークをして下さっている皆様、何時も有難うございます。

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