64 グリフォニア辺境伯領へ
その日の早朝、グリフォニア領へ向かう第3騎士団100名と共に、アウロラは出発の準備をしていた。
研究棟からはアウロラと医·薬学研究棟の研究員2名、ホセ·アルソーとディック·スタンが同行する事になった。
2人共元々平民だったが、学園での成績が優秀で、その後研究棟の研究員になった事から、それぞれ男爵家の養子になった人達だ。
彼等が今回の遠征に志願したのは、2人共平民上りの為、何かしら実績を残さねばならないという背景がある。
今回のグリフォニア領への医療団は、ホーヴェット家が務める。
その為、9日後ホーヴェット領で待機している医療団と合流し、グリフォニア領を目指す。
研究棟からは主に解毒薬を持参し、その他の医療品については、全てホーヴェット家が準備する事になっている。
「ホーヴェット家の医療を目の当たりに出来るなんて光栄です。」
そう興奮気味に話すホセ·アルソーは30代半ばの赤毛の男性で既婚者だ。
「私も少しでも技術を習得して帰ろうと思っています。」
癖のある茶髪のディック·スタンは20代後半の男性で、この遠征が終わると結婚するらしい。
アウロラ同様2人共志願して参加しているだけあって意欲的だ。
「今回は私の兄のセオドアが医療団の統括役として現地で合流する事になっています。ディセック教授と父は分かれて他の国境沿いの領地を巡回した後、合流するそうです。」
「そうですか。楽しみですが、気を引き締めないと。」
「はい。厳しい戦闘が予想されるそうです。毒による攻撃を受けなければいいのですが。」
2人共アウロラよりも歳が離れているので、どことなく気を許せる相手だった。
こうして出発前に慎重に荷馬車に解毒薬を運び込み、破損しないように固定していると、遠目に見知った顔を見つけた。
向こうもアウロラに気づいたらしく、こちらに近寄って来た。
あれは·····ダンテ·モーガン様?
サミュエル殿下の側近候補であり、学園での処分の際も、ルーク以外唯一その対象にらならなかった人物だ。
サミュエル殿下の取り巻きの面々の多くが婚約破棄や婚約白紙になる中、ダンテは婚約者との仲は壊れず、今では仲睦まじいと聞いている。
スフィアから、サミュエル殿下の処分より少し前から、ルイーズに対する態度が変わった等と色々話は聞いていたが、初めが好印象ではなかった為、アウロラは少し身構えた。
「久しぶりだな、ホーヴェット嬢。」
ややぎこちない眼差しを向けながら、ダンテは話しかけてきた。
「ご無沙汰しております、モーガン様。今日はお見送りでしょうか?」
「·····いや、俺もグリフォニア領に行く事を志願した。」
「はい?」
サミュエル殿下の処分後、ディラン殿下の側近になったのかと思っていた。
それにこの遠征は、グリフォニア領での激戦が予想される為、参加しているのは下級貴族や平民の多い第3騎士団だ。
「意外だ、という思考が駄々漏れの表情をしているな。····いや、何でもない。」
初めて会った時は、勝手にズケズケ話し掛けてくる感があったが、今はあまりこちらを見ようとはしない。
「眼鏡がないと調子が狂うよな·····。」
「ああ、眼鏡ですか····かけた方が宜しいですか?」
「いや、今のままがいい。····いや、こんな無駄話をする為に声を掛けた訳じゃない。」
「はい?」
「その、なんだ····申し訳なかった。お前との会話の後、色々気づくことがあって行動を改めたんだ。サミュエル殿下の処分も、ルークとお前の婚約解消の事も力になれなかった。」
「いえ、モーガン様のせいではありませんし。それにもう済んだ事ですので。それでモーガン様も遠征に参加されるという事ですね。厳しい状況も考えられますが、宜しくお願いします。」
「·····意外とさっぱりしているのだな。まあ、宜しく頼む。」
ダンテはそう言うと、少しだけ笑顔を見せた。
根は悪い人ではないのだろう。
一瞬、ルイーズの事が頭を過る。
グリフォニア領へ追放となったルイーズに会いに行こうと考えている訳ではないようだった。
王都の神殿で会った話をした方がいいかと一瞬迷ったが、敢えて触れないことにした。
こうしてアウロラはダンテと別れ、用意された馬車に乗り、騎士団と共にグリフォニア辺境伯領へ旅立った。
◇
王都を出て7日後、グリフォニア領へ入る手前の村でホーヴェット家の医療団と合流した。
医療団は20名程で構成されており、現地で落ち合う予定の長兄のセオドアが、万が一指揮を取れない時に代わりを務める役としてサルト·カクタスが来ていた。
サルトは元々他国から母親の腕の治療の為ホーヴェット領へ来たが、困窮し、ホーヴェット家が管理する倉庫から薬を盗んだ事があった。
母親の毒による腕の傷を治す為という事情はあるものの、通常罪は許されない。
しかしホーヴェット家と一生治験者になるという契約を結び、鉱山送りになる罪を免れた。
そう、アウロラが瘢痕の治療に初めて携わったのは、このサルトの母親の腕の傷である。
そしてアシェルに初めて使う薬の治験を行った内の1人がサルトの母親である。
サルトとその母親の詳しい事情は分からないままだったが、ホーヴェット領に根を下ろし、領地に貢献したいという本人達の強い希望もあり、ホーヴェット家が面倒を見るようになった。サルトのその後の働きは目覚ましく、あれから8年というまだ短い期間ながら、責任者代行を務められる程の実力を持つに至っている。
「サルト宜しくね。それからお母様はその後もお変わりなく?」
「ああ、治験で使った薬のお陰で母親の腕の傷も更にきれいになった。」
「報告書を読んだけど、実際にそう言ってもらえると実感がわくわ。」
「また自分にも傷つけて確認したんだろう?他の人間で試す前にという気持ちも分かるが、嫁入り出来なくなるから、いい加減やめた方がいい。まぁ、その話はグリフォニア領に着いてから時間が取れればゆっくり説教させてくれ。それから····。」
「アウロラ様!!」
「まぁ、バズ!ホーヴェット領へ送り出して以来久しぶりね。」
以前、タレッタ神殿での出来事以来、大神殿の神官クリスの推薦もあり、ホーヴェット家で預かる事になったバズは、程なくして本格的に医療の勉強をするため、ホーヴェット領へ送り出されていた。
バズはその後、領地の屋敷で下働きしながら学んでいる。
「あなたも遠征に参加するの?」
あれから1年程が過ぎたものの、バズはまだまだ少年だ。
アウロラに駆け寄って来た姿も、どことなくあどけなさが残っていて微笑ましい。
「雑務の手際はいいと褒められてるんです。蒸留水を作ったり、包帯を巻いたり、ほら、洗濯だって、やる事は山のようにあるはずですから、頑張ります。」
「 そうなのね。お母様からの手紙にもバズが物覚えも良くて教え甲斐があると書かれていたわ。今度の遠征は厳しい状況も予想されるから、心していてね。」
「はい!」
本来は少年を連れていくべきではないのだろう。
しかし、志願した者については、ホーヴェット領ではその希望を通すことにしている。
ホーヴェット家は、常に最前線で戦う者達や、病に苦しむ人達を診る事が自分達の責務だと考えている。
よって、一人一人が心にある覚悟を持つようにと教育している。
バズも、彼自身が生まれ育った神殿が襲われ、弟や妹の様に思っていた子供達は別の神殿へバラバラに分かれて引き取られてしまった。
神殿自体は今も残っているが、神官も替わり、最早帰る場所ではなくなっていた。
そういった意味では覚悟が出来ているのだろう。
強い眼差しで、学ばせて欲しい、とバズが訴えてきた日をアウロラは思い出す。
それから2日後、アウロラ達はグリフォニア辺境伯領へたどり着くのだった。
◇◇◇
「ジョッシュ、アウロラは今頃グリフォニア領へ着いた頃だろうか。」
「そうですね、馬車だと11日····ええ、着いた頃だと思いますが。」
「そうか····。」
「ルーク殿と会われるのを心配されているのですか?」
ジョッシュの問いかけにアシェルは窓の遠くを見つめる。
「お二人とも分別のある方々です。王家の意に反する事はしないと思いますが·····まぁ、ルーク殿の方が、アウロラ嬢に会ったら制御が効かなくなるかもしれませんね。」
「そうだろうな。」
「お二人が再会するのが、今で良かったのではないでしょうか。今回、何もなくアウロラ嬢が帰ってきたら、おそらくこれから何があろうと大丈夫だと思います。」
「······。」
「それから旦那様から、ホーヴェット子爵より、縁談の話を頂いている身でありながら、アウロラ嬢がグリフォニア領へ行く決断をした事に対する謝罪の手紙が届いたとの事です。」
「·····ジョッシュ。」
「はい。」
「今からカメリアをここへ呼べ。」
「カメリアを···今ですか?」
「そうだ。」
「承知しました。」
ジョッシュは、アシェルが今カメリアを呼び出す事に若干戸惑いながらも、急ぎ別館へ知らせを送るのだった。
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新しいキャラクターが登場しています。王都のアシェル視点とグリフォニア領のアウロラ視点で話を進めていく予定です。




