63 出立する前に
『カメリアがアウロラ様と接触した様です。』
アウロラ嬢に黙って付けていた護衛がそう報告してきた。
その後も護衛にカメリアをそのまま見張らせていた所、グルーバー公爵家が懇意にしている神官のいる神殿で会っていた。
カメリアの感情は大方予想出来る。
公爵邸に来ていたアウロラ嬢とアシェル様が仲睦まじい姿を目撃してしまったのだろう。
嫉妬心に苛まれた結果、アウロラ嬢を呼び出し、何か言ってやろうと思い至ったに違いない。
ただ護衛の話だと、2人が話している途中から何者かが割り込み、アウロラ嬢と言い合いになったらしい。
ベールのせいで顔を確認出来なかったが、どうやらその人物がカメリアに知恵付けているらしい。
その事をアシェル様に報告しようとしていた矢先、早速アウロラ嬢から私宛に手紙が届いた。
話したいことがある、という内容に溜め息が出る。
カメリアの事を知ったアウロラ嬢が、アシェル様に対して何か誤解をしているのではないか·····不安だ。
カメリアの事だから、自分がアシェル様の婚約者だった事などを強気に話している事だろう。
カメリアは昔からアシェル様を自分のものの様に自慢していた。
誇らしく思ってと言うが所詮子供、アシェル様と婚約を結びたいと思っていた令嬢達の前でも気遣う事なく話していた。
おそらく久しぶりのアシェル様の姿を見て、独占欲が再び沸いてきたのだろう。
今のアウロラ嬢ならば、まずカメリアを別館とは言え公爵邸に置いている時点で、アシェル様が意図的に側に置いていると勘違いしていそうだ。
いや、意図的に置いている事に間違いはないが·····。
ジョッシュは何とかカメリアに対する誤解は解いておかないと、と思い待ち合わせの場所に向かう。
◇
「只今戻りました。」
アウロラとの話を終え、ジョッシュがアシェルの執務室に戻ったのは、それから2時間後の事だった。
「ああ、ジョッシュ、アウロラは何か言っていたか?」
アシェルは書類に目を通しながらジョッシュに問いかける。
「はい、1つはグリフォニア辺境伯領に行くことになったので、アシェル様に処方する薬の確認でした。もう1つは····カメリアについてです。」
「·····そうか。」
「まぁその、カメリアはアシェル様に対する想いをアウロラ嬢にぶつけた様で、最終的にはカメリアがアシェル様の側に上がる事を協力するよう言われたとか。」
「何だそれは。」
「それでアウロラ嬢としては、カメリアの素性を知らないので拒否はしたそうですが、カメリアを公爵邸に置いている時点でアシェル様の何かしらの意向があると考えたようで。アシェル様のお気持ちはどうなのかと私に確認するに至った様です。それからカメリアに入れ知恵らしきものをして接触していた人間ですが、王立学園で問題を起こしたルイーズ·オヴァフ元男爵令嬢だったと言っていました。ベールを被り、神官服を着て辺境伯の許可証を持っていたとか。許可証が本物かどうかは定かではないものの、その様な人間とカメリアが関係を持っていることをアウロラ嬢は危惧していました。」
「そうか。ルイーズという女の件は王妃殿下と王太子殿下が対処なさるだろうが、カメリアが何か情報を持っていないか確認する必要があるな。ルイーズがサミュエル殿下やディラン殿下と再び接触しようと思っているなら、王城内にあるこの公爵邸にいるカメリアは、その為の駒として利用され兼ねない。」
「そうですね。それからアウロラ嬢は辺境伯領へ行く事をアシェル様に会って報告したいと言っていました。予定をこちらで調整しますが、それで宜しいでしょうか?」
「ああ、構わない。」
「アシェル様。」
「何だ?」
「差し出がましいとは思いますが、カメリアには一度直接アシェル様からはっきり突き放す言葉をかけた方がいいかもしれません。頭の中の時間が、おそらく10歳で止まっているようですから。」
「·····そうだな。」
アシェル以上に気を揉むジョッシュだった。
◇◇◇
「アシェル様、今日はお時間を頂き有難うございます。」
「いや、ジョッシュから話は聞いたよ。カメリアと会ったんだってね。彼女が君に何か暴言を吐いていないか、気になっていた。」
アウロラとジョッシュが会ってから2日後、アウロラは公爵邸のアシェルの執務室を訪れていた。
「カメリアさんは自分がどれだけアシェル様の事を想っているか語っていらっしゃいました。そのお気持ちは本当だと思います。ただ、学園で問題を起こしたルイーズ·オヴァフ元男爵令嬢と関係を持っていたようで、それが気にかかります。本人はグリフォニア辺境伯様から許可証を得て、王都に来ていると話をしていましたが、そう話している途中現れたエマという名の侍女の話だと、辺境伯様はルイーズを連れ戻すよう命じられている様子で。何故彼女が王都に来たかは分かりませんが、誰かに会う約束はしている様でした。カメリアさんが変な事に巻き込まれないか心配です。」
「ルイーズという女の事は、王太子殿下の耳に届いている。万が一にもサミュエル殿下やディラン殿下方に接触しない様に目を光らせているそうだ。それからカメリアの件はこちらで対処するから心配しないでいい。アウロラには迷惑をかけたね。」
「いえ、私は·····アシェル様はカメリアさんの事を·····。」
「カメリアの事を気にしているのは、アウロラが嫉妬してくれているからなら嬉しいが。」
アシェルはそう言うと笑った。
カメリアからアシェルに対する想いをぶつけられた時、確かにアウロラの心の中に何かモヤモヤしたものが生まれた。
あれはカメリアさんに対する嫉妬心?
アシェルに対して何も答えられないまま、アウロラはアシェルを見つめる。
「アシェル様、私······。」
「カメリアについて少し話そうか。確かに10年前、お互いを結婚相手として大切に想っていたのは事実だ。カメリアにとっては私は自慢の婚約者だった様でね。誰が居ても私達の仲を見せつける様に私にべったりだった。しかし知っての通り毒を受けた後、彼女が私を拒否する態度を取った事で人生が変わった。私の人に対する価値観も変わった。肉体的にも精神的にも苦しかった。」
そう話すアシェルの表情はどこまでも穏やかだ。
「だが、あの頃が幸せだったとしても、今それを取り戻したいとは思わない。乗り越えたからこそ、その過程で得たものを失いたくない。」
ああ、この方はなんて魂の美しい方なんだろう。
きっとこの方と寄り添って生きていけたら幸せだろうと思う。
「アウロラ、ルークと会ったらどうする?」
とてもシンプルな質問。
ただそれがアシェルにとっては聞きたい一番なんだろう。
「·····私に出来ることは何か伺います。」
「そうか·····。」
アウロラの答えはアシェルにはとても曖昧に聞こえる言葉。
しかしそれはアウロラがグリフォニア領へ行く意味でもあった。
「私の持てる技術でお役に立てるよう、行動するだけです。」
それを聞いてアシェルは目を閉じ微かに笑った。
そして再び目を開くと、ゆっくりアウロラに近づき、アウロラを優しく抱き締めた。
アシェルの温もりがアウロラを包み込む。
「アウロラ·····頑張れ。」
どこまでも優しい言葉。
そう囁かれた途端、アウロラの目から大粒の涙が溢れ出す。
アウロラも何故涙が出るのか分からない。
アウロラの気配を感じとり、アシェルは抱き締める腕に力を込める。
「ごめんなさい、涙が·····涙がついてしまいます。」
「構わない。」
アシェルの優しさが、その体温を通してアウロラに染み渡っていく。
アウロラを全面的に支えてくれる様な、そんな安心感がそこにあった。
アウロラは身体の力を抜き、アシェルに身を任せた。
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