61 アウロラ vs カメリア
「アウロラから久しぶりに相談されたと思ったら、何?その怪しいメモは?」
アシェルの定期検診で公爵邸に赴いた際、1人のメイドから渡された紙。
それには、『ルーク·グリフォニアの情報を持っている。』という文字と、王都内のとある神殿の名前と日付、時間が記されていた。
おそらくこの日時と場所に来るようにという事なのだろう。
紙を渡しに来たメイドはその後、人目を憚る様に庭の植込みの奥へと消えた。
それからお茶の準備が出来た事を知らせに来た侍女に尋ねようと思ったが、突然そんな紙を客人に渡したと知れれば、そのメイドに何か罰が下るかもしれない、人目を忍んで渡すだけの理由があるのだろうと思い、結局公爵邸の誰にも告げず帰宅してしまった。
勿論アシェルにも話さなかった。
ただ、このまま一人で抱えておくのは恐くて、取り敢えず翌日学園でエリナ達に相談した所だった。
「アウロラはずっと忙しい身だから、こんな風に相談してくれるのは嬉しいわ。でも本当にちょっと気味悪いわね。」
「この書かれている神殿自体は怪しい所ではありませんわ。確かグルーバー公爵家の使用人が出入りしていると聞いた事があります。グルーバー公爵家が懇意にしていると思いますわ。」
「わざわざ呼び出して伝える情報って何でしょうね?」
さすが実家が大きい商会を持っているだけあって情報通のリリィやマリーも真剣に考えてくれている。
「呼び出して連れ去ろうとしているとか?他ならぬルーク様の名を挙げる位ですもの。」
「あり得ますわね。」
「トーマスにも話して、私達も一緒に神殿に控えておきましょうか?」
「ええ、それがいいと思いますわ。」
「どんな人間が接触していたか、目撃者は多い方がいいでしょう。」
「みんなの都合が大丈夫なら、何処かで見てくれていると心強いわ。」
「予定なら勿論大丈夫にするわ。それにアシェル様に何か聞かれたとしても、私達がしっかり証言出来ますし。」
「そうそう、それが大事。」
「何時も迷惑ばかりかけて申し訳ないわ。」
「いいのよ。友人でいてくれて、頼ってくれて、私達は嬉しいのよ。」
エリナの言葉に頷く2人。
そんな仲間の言葉に嬉しくて涙が出そうになるアウロラだった。
◇◇◇
そして指定された当日。
神殿内には、申し出があれば個別に歓談できるスペースがある。
そこには個々にテーブルセットが置いてあり、言えばお茶も出してくれる。
そのテーブルの1つでアウロラは待つことにした。
因みにエリナ達は事情を聞いて共に来てくれたトーマス共々、テーブルでの会話がギリギリ聞こえる位置に他の訪問者グループを装って待機してもらっている。
姿も確認出来る位置だ。
やがて午後を告げる鐘の音が神殿に響く中、そのメイドは現れた。
「アウロラ·ホーヴェット様ですね?」
声を掛けてきたのは、少しくせのある美しい栗色の髪に、くりっとした形の目でエメラルドグリーンの瞳を持った美しい顔立ちの女性だった。
アウロラよりは年上に見える。
今日の服装はメイド服ではなく、地味な色合いのシンプルなワンピースだった。
あの日公爵邸の庭でアウロラに紙を渡したメイドに間違いなかった。
「はい、あなたはあの日私に紙を渡した方ですね?」
「はい、突然申し訳ありません。是非お聞きしたい事があって。」
彼女の顔は真剣だった。
アウロラは身構える。
「まず、あなたがどちら様なのか教えて下さい。」
「私の名はカメリアです。元バーネット伯爵家の者です。そしてアシェル様の婚約者でもありました。」
「アシェル様の?」
「あなたもご存知なのでしょう?アシェル様が12歳の頃、毒をかけられ重傷を負われた事。その後開催されたアシェル様の快気を祝うパーティーで私がアシェル様の顔の傷を見て驚いて、つい声をあげてしまって。そのせいで婚約を解消する羽目になってしまい·····。それから王家に目をつけられ、罪まで着せられ家は没落。両親は国外追放·····。それがなければアシェル様と私は結婚していたの。」
「······。」
「あなたはご存知ないかもしれないけれど、当時アシェル様は私をとても愛して下さっていたの。お互いその想いのまま別れてしまった····。私は今でもアシェル様を誰よりも愛していると言えるわ。」
「······。」
怒りとも悲しみともつかない様な苦しげな表情で、カメリアはアウロラに訴える。
「あなたがアシェル様の治療を担っていると聞きました。あなたはアシェル様の事をどう思っているのですか?あなたには元々ルーク·グリフォニア辺境伯令息の婚約者だったのでしょう?王家の命により婚約を破棄されたと聞きました。でもまだルーク様に対する気持ちが残っているのでしょう?それならアシェル様の側を離れるべきだわ。そんな不誠実な気持ちを持ってアシェル様の側にいるなんて許せない。」
「······。」
「アシェル様の愛情は、アシェル様を誰よりも大事に想う方が受けるべきよ。それはあなたではないわ。」
「······。」
「何とか言ったらどうなの?何故何も言わないの?」
「·····そうですね。カメリアさんが何の目的でルーク様の名前を使って私を呼び出したのか分からなかったので、まずあなたの話を聞こうと。それに怒りか何かで気持ちが高ぶっていらっしゃる様なので、1度思いを吐き出して頂いた方が宜しいかと思いました。」
「私を見下しているの?」
「そうではありません。ただ私としては何の為の呼び出しか、じっくり話を聞いてからと思ったまでです。では確認しますが、今回ルーク·グリフォニア辺境伯令息の名前を出されたのは、そうすれば私が呼び出しに応えるだろうと思って利用されたという事でいいでしょうか?」
「そうよ。名前を出さないとあなたがここに現れないと思ったから。」
「そうでしたか。それであなたはアシェル様の元婚約者で以前の名前はカメリア·バーネット様で間違いありませんね?」
「ええ、そうよ。」
「そのカメリア様は現在公爵邸でメイドとして働いていらっしゃると。それから私の聞いた話だと、ご実家のバーネット伯爵家は禁輸品の斡旋を行っていた為国外追放になり、結果それが原因で婚約破棄に至ったと聞いていますが、カメリアさんからすれば、それは冤罪だったと?」
「そうに決まっているわ。だって私が····あのパーティーでアシェル様に·····。それがなかったら、王家に睨まれる事はなくて····。」
「その件ですが、禁輸品の斡旋をしていたのは事実だと伺っているのですが、本当に違うのですか?」
「お父様もお母様も私に何も説明されないまま国外へ追放されてしまって·····。婚約までしていたのに、急にそんな事実が出てきて没落なんて、あり得ないわ。」
「冤罪だと言う割には、確固たる証拠を提案出来ない状態で、このような場でも声高に王家を避難する様な物言いは、不敬と取られかねません。お気をつけ下さい。」
「でも······。」
「それから、カメリアさんのお気持ちは分かりましたが、私にどうしろと?」
「······。」
「私からカメリアさんのお気持ちをアシェル様にお伝えしろという事ですか?」
そう言うと、カメリアの顔色が真っ青になる。
「そうではなくて!アシェル様の事を何とも想っていないなら、関係を断って頂きたいの。」
「関係を断つ?治療を止めよと?」
ちょっとカチンときてしまった。
何となくだが、彼女はどんな形であれ、アシェル様と接触するのを嫌がっている様に思える。
「先程言いました様に、あなたのアシェル様に対するお気持ちは分かりました。私に出来る事は、カメリアさんがこの様にアシェル様への想いを話されていたとお伝えする事だけです。それ以外は、アシェル様が私の事も含め、他のご令嬢の事をどう思おうが、私には干渉出来ない事です。公爵令息のお付き合いに関して、そもそも私が口を出す事など出来ません。
それと治療に関してですが、あなたのお気持ちを伺った所で私が任された限り、止めたりする事はありません。」
アウロラの言葉にカメリアはぐっと悔しそうに握った拳に力を込める。
この状態では······。
「カメリアさん、今日あなたが私にこの話をして、私が『はい、分かりました。カメリアさんの言う通りにします。』と言うと思っていましたか?本当はそうならないと分かっていらっしゃったのではないですか?それにカメリアさんの不満の対象である私が何を言った所で、カメリアさんが納得されるとは思いません。それなら、今公爵邸にいらっしゃるなら、先程カメリアさんが私に言ったそのお気持ちを、信用されている方に話してみてはいかがでしょう。昔のアシェル様とカメリアさんをご存知の方なら尚いいと思います。そのお気持ちの決着の仕方を助言して下さるのではないでしょうか?」
アウロラのその言葉に、カメリアは俯いていた顔をはっと上げる。
「カメリアさんが実際の所、アシェル様と私の関係を干渉出来ない様に、私もアシェル様とカメリアさんの関係に干渉出来ません。私から言える事はそれだけです。」
カメリアはアウロラの顔をじっと見つめる。
「グリフォニア辺境伯領のある国境付近は今、他国からの侵攻が懸念されています。私はそこにいらっしゃるルーク様の事を心配しています。紙に書いてあった様なルーク様の情報をお持ちでないなら、もうここで失礼させて頂きます。」
もうこれ以上、カメリアさんと話すことはなさそうだわ。
アウロラはそう思い、席を立とうとしたその時だった。
「あら、カメリアさん、話しは順調に進んでいらして?ふふふ、その様子だとアウロラさんとの話し合い、上手くいっていないようね。」
そこに頭からベールを被り、顔にはフェイスベールも着けた下級神官の女性が2人の側に近寄ってきた。
誰?今私の名前を言ったわよね?
見知らぬ神官の登場で、アウロラに緊張がはしる。
「ルイーズ様······。」
え?
今、ルイーズって言った?
「お久しぶりですね、アウロラ·ホーヴェット子爵令嬢。」
そう言ってベールを少し持ち上げ覗かせた瞳は、忘れられない美しい水色の瞳だった。
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