60 公爵邸のカメリア ②
カメリアはその日、本館の侍女と共に王都のある神殿を訪れていた。
グルーバー公爵家はこの神殿にも支援を行っているらしく、神官に寄付する物の目録を渡しに来ていた。
「こちらの神殿とは何か特別な関係なのですか?」
「······。」
そうカメリアが質問するも、侍女はそれを制する様にカメリアに視線を向けた。
「·····すみません。」
その視線だけで、下女が知る必要はないと言われている様で、カメリアは口を噤んだ。
「少し神官とお話があるので、あなたはここで待機しておいて。」
侍女はそう言うと、神官と共に奥の部屋に消えた。
目録を渡すだけなら、私を連れてくる必要もないのにと思いつつも、カメリアは久しぶりの外出に少し心が軽くなっていた。
神殿内に差し入る外光をぼんやりと眺めながら、カメリアは今までを振り返る。
こんなにスムーズに公爵家に雇われる事になるなんて思ってもいなかった。
ルイーズ様の言う通りにして良かったと改めて思う。
ただ自分はあくまで下級メイド。
アシェル様に簡単に会える立場ではないことは分かっている筈だった。
なのにこの虚無感は何だろう。
アシェル様が私を見て、多少なりとも反応してくれると思っていた。
しかし実際は顔色一つ変えず、私をジョッシュ様に任せ放置した。
会って話すことすら出来ない。
それに漸く見かけたアシェル様の姿も、何処かの令嬢と仲睦まじい場面。
声を掛ける事すら出来なかった。
こんな状態でこのまま過ごしていくのだろうか?
虚しい感情がカメリアを包み込む。
「あなたは····カメリアさんでしたかしら?」
虚無感に苛まれている意識を引き戻す様に、聞き覚えのある声がカメリアに話し掛ける。
「え?あなたは·····。」
頭からベール、更にフェイスベールもつけた女性神官がそこにいた。
「ルイーズ様?」
「やっぱりカメリアさんね。お久しぶりですね。それにしても思い詰めた顔をされてどうしたのです?確か、グルーバー公爵令息様の元で働きたいとおっしゃっていましたよね。上手くいってらして?」
何かしら期待に充ちた声色で話し掛けるルイーズにいたたまれなくなり、思わず顔を逸らす。
「ふふふ、あまり上手くいっていない様ね。良かったら、また話を聞きますよ。何かしら力になれる事もあるかもしれないわ。」
今どんな状況であろうと、取り敢えず望んだ通り、公爵邸に身を寄せている。
本来ならその事自体奇跡と言ってもいいくらいだ。
それもこのルイーズの指示に従っただけ。
カメリアは少し期待を持って重い口を開いた。
◇
「そう、グルーバー公爵令息様には親しい令嬢がいて、公爵家の使用人もその方に好意的なのね。話を聞く限り、令息もその方に好意を持っていらっしゃる様ね。」
「······。」
「でもそれは想定内の事ではなくて?あなたが親しくしていた時から10年も経っているのよ。仕方がない事だわ。」
「どうすれば·····。」
「どうすればですって?私があなたから相談を受けた時、あなたは何ておっしゃっていたと思う?あなたの望みは、男爵の愛人になる位なら、どんな事があろうとお慕いする方の側でその方の幸せを願って過ごしていたいではなかったかしら?でもそれは、その方が妻を娶られて、幸せに過ごす姿を側で見て過ごす事になっても、その気持ちは変わらないのかしら?」
「······。」
「 贖罪の気持ちを持って、その方の側で支えていくなんて聞こえはいいけれど、では何故その方がご令嬢と幸せそうにしているのに、あなたは苦しんでいるの?結局の所、見守っているだけでは満足出来ないからでしょう?」
「っ·····。」
「あなたの幸せは何?下女の身分ならせいぜい愛人になるしかない。でも愛人になったとして、奥様から殺されそうになるのが嫌で逃げ出して来たのでしょう?また同じ環境に身を置くの?」
「いえ····私は···私はアシェル様の側で私も幸せになりたいだけなの·····。」
「ふふふ、でも今の身分ではあなたは堂々とその方の側に立てる筈もない。ではどうすればいいかはもう分かっているのではなくて?」
「分からないわ。気にも留めてもらえていないのよ。下女がどうやって側に立てる存在になれると言うの?」
「まず、その令嬢が側にいるなら幸せになれないわね。取り敢えずその令嬢には退場してもらいましょう。」
「どうやって?」
「そのご令嬢の名前はご存知?」
「ええ、確かアウロラ·ホーヴェットと····。」
「まぁ、ふふふ····そう、アウロラ·ホーヴェット。」
「知っているのですか?」
「ええ、とても。彼女に関しては、上手くいけば簡単に排除出来るかも。彼女の事を教えてあげましょうか?」
「ええ、是非。」
◇◇◇
ルイーズからアウロラの話を聞いた後、神殿から公爵邸に戻ったカメリアは怒りが収まらなかった。
『学園の卒業パーティーで元婚約者と参加者の目の前で、恥ずかし気もなく抱き合っていたのよ。』
ルイーズから聞いた話が頭の中で反芻する。
『おそらく、元婚約者の事を引きずっているから、その事を問い詰めてみたらどうかしら?』
何てこと!
婚約破棄されて尚、元婚約者の事を今でも想っているですって?
アシェル様はあんなに好意的なのに、そんなアシェル様の気持ちを踏みにじって、その方の事を想っているですって?
たかが子爵令嬢のくせに、公爵令息の···アシェル様の心を弄んでいるなんて!
アシェル様はご存知なのかしら?
もしご存知ないなら、お知らせしてみる?
でもあの令嬢が、アウロラ·ホーヴェットが、今はもう元婚約者ではなく、アシェル様の事
をお慕いしていると言われてしまえばどうする事も出来ない。
1度彼女と話をしてみなければ。
『とにかくアウロラ·ホーヴェット子爵令嬢と話をしてみたらいいわ。彼女が公爵邸に来たときにでもこれを渡してみて。10日後にこの神殿にまたわたしが来る予定があるの。その日にこの神殿に彼女を呼び出せれば、わたしも彼女に口添えしてあげる。』
『え?ルイーズ様が立ち合って下さるのですか?』
『ええ、アウロラ·ホーヴェットが欲しがる情報を私は持っているの。きっと上手くいくわ。』
ルイーズはそう言って、カメリアに1枚の紙を渡した。
『ルーク·グリフォニアの情報を持っている。』
紙にはそう書かれていた。
◇
「アウロラ様、アシェル様からの伝言で少し遅れるそうですが、今日のご予定はいかがでしょうか?」
「特に何もありません。このままお待ちします。」
「かしこまりました。」
「あの、もし宜しければ庭を少し見て回っても宜しいでしょうか?」
「はい、でしたらビオラが見頃でございます。珍しい色の種類がございますのでご案内致します。」
その日、アウロラはアシェルの定期検診に公爵邸を訪れていた。
侍女に案内され、庭園を案内してもらう。
目当ての花は、別館近くの庭園に咲いていた。
「薄紫のビオラ、とても美しいですね。」
「こちらはまだお寒いので、あちらに見えます温室内にお茶をご用意致します。」
侍女はそう言って一旦アウロラの側を離れた。
アウロラは暫しビオラを愛でる。
その時だった。
「あなたがアウロラ·ホーヴェット様でしょうか?」
不意に声がした方向を見ると、1人のメイドが立っていた。
見たことのないメイドだった。
アウロラよりも歳上で、顔立ちの綺麗な人だった。
「こちらを。」
メイドはアウロラに1枚の4つ折りにした紙を渡す。
「これは?」
アウロラが尋ねると、そのメイドは真剣な顔でアウロラを見つめる。
「1度私とお話しする時間を頂けないでしょうか?」
アウロラはその場で紙を開き、内容を確認した。
そして目を見開き固まった。
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