6 入学式の日
「新入生の諸君、入学おめでとう。」
入学式の式典で檀上に上がるのは、今年度生徒会長を務めるサミュエル·ドゥラ·セラ·ローヴェル第2王子だ。
癖のある輝く様な金髪に、王族のみ受け継ぐと言われる紫水晶の様な美しい瞳。顔立ちもまるで彫像の如く、パッチリとした目に形の良い高い鼻梁。そして薄い口唇。まさに王子と呼ぶにふさわしいキラキラとしたその姿に、新入生の多くが魅了されていた。
凛と良く通る声で、祝辞と共に、学園で共に学ぶ上での志を熱く語る殿下に、皆引き込まれていく。
皆の視線が殿下に集中する中、アウロラは大変不敬であるが、それどころではなかった。
檀上の殿下の斜め後ろ。
そこには護衛として控えているルークの姿が!
完全護衛モードのルークは、普段会う時の雰囲気とは全く違っていた。
微笑んでいるものの、漂う雰囲気は絶対零度。
今ここで不届き者が殿下の前に飛び出して来ようものなら、一瞬のうちに叩き潰されるであろう、そんな雰囲気だった。
そんな見慣れないルークに、アウロラはぞくぞくとした喜びを感じていた。
やがて殿下は、皆に笑顔を振り撒きながら、退席される。
新入生は王族を拝したことで興奮し、歓声を上げている。
殿下の背後を護衛するルークは、周囲に目を光らせながら追随する。
ふと、アウロラと目が合った。
ルークは一瞬だけ目元を緩める。
アウロラの地味で目立たない女を演出した姿をルークにはまだ見せていなかった。にもかかわらず、そんな変装した姿のアウロラを一目で見抜いてしまうルーク。
自分だけに見せてくれたその一瞬が、アウロラの心臓を射貫いた事は言うまでもない。
これが愛の力でしょうか。
「ねぇエリナ。こんな私をルーク様は一瞬で見抜いて下さったわ。何だろう、この報われた感は。」
「アウロラ···私にしてみればその変装、意味の分からない試練だと思うんだけどね。」
そんなエリナの呟きも何処へやら、アウロラの耳には届かず、何かふわふわとした幸福感に包まれていた。
◇◇◇
一年生は3クラスあり、各50名が在席している。
アウロラとエリナは、幸運にも同じクラスになった。
『学園内では皆平等である。』という精神の元、ここでは王族や高位貴族から、試験をして、その優秀さを認められた平民まで、皆共に平等に学ぶ事が許されている。
ここは国内でも身分差を越えた人間関係が築ける唯一の場かもしれない。
とは言え、寮は上位貴族と平民を含む下級貴族は別の棟に分けられている。
上位貴族の殆どが、寮内にメイドや従者を伴っている事から、当然の配慮と言えよう。
因みに王族は、王宮からの通いである。
男爵家のアウロラは、寧ろ分けられている方が、さほど気を使わず快適だと思っている。
入学式の後はクラスで学園内での行動規範等の確認や選択授業について等の説明が行われ、その日は終了となった。
アウロラの課外活動は、ナナイロオオトカゲの更に詳しい生態と薬学研究であるため、そのまま研究棟へ向かおうとした時、エリナに声を掛けられた。
「アウロラ待って、紹介したい人がいるの。ほら、この前話してた、私の幼なじみのトーマスよ。」
「初めまして、ホーヴェット男爵令嬢。私はトーマス·オットーと申します。主に服飾品を扱っているオットー商会の次男です。エリナとは5歳からの付き合いで、学年は1つ上の2年生です。以後お見知りおきを。」
「初めまして、アウロラ·ホーヴェットです。言葉使いはその様に丁寧になさらなくて結構です。エリナに接するのと同じのように。私の事もどうぞアウロラとお呼び下さい。」
「有難うございます、アウロラ嬢。私の事もトーマスと。」
茶色の髪でひょろっと背の高いトーマスは、さすが実家が商会なだけあって、表情も物腰もとても柔らかだ。
「エリナから話は聞きました。ここではちよっと他の方の耳もあるので、テラスでお茶を飲みながらでも。」
「いいわね。今日は天気もいいし。アウロラ、まだ時間はもう少し大丈夫でしょう?行きましょう。」
やはり何か人に聞かれてはまずい事があるのかと不安になりながら、アウロラはエリナ達について行った。
◇◇◇
「まぁ、僕から聞かなくても、いずれ分かる事だろうけど。」
トーマスは少し周りを伺いながら続けた。
「今3年生にはサミュエル殿下、2年生にはディラン殿下がご在学でいらっしゃるのは知っているよね。」
今学園には、3年生にこの国の第2王子のサミュエル·ドゥラ·セラ·ローヴェル殿下と2年生にディラン·ヴェラ·セラ·ローヴェル殿下がいらっしゃる。
殿下方の名前にある『セラ·ローヴェル』はこの国を創った、初代女王の名前で、直系の血筋の者しか名乗ることは出来ないとされている。
また、王位継承権を持つ者は3人まで、上からアドゥ、ドゥラ、ヴェラを名前の中に加えられ、立場が明確化されている。
「そのお二人には当然婚約者がいらっしゃるんだが、その方々を差し置いて、一人のご令嬢にご執心なんだ。お二人とも。」
あー、何か察してしまいました。
もしかして、どこかのよくある恋愛小説の様でしょうか。
「何かどこかで読んだ恋愛小説の様な展開ね。まさか、王子の周りの側近候補達もご執心とか?」
アウロラが思い付いた事を、エリナはすかさず指摘してくれる。
「そうそう、王子の護衛騎士から側近候補の高位貴族の皆様数人だね。その殿下方がご執心なのが、とある男爵令嬢なんだけど、殿下方に対してあまりにも馴れ馴れしくするから、殿下の婚約者をはじめとする皆様は当然おもしろくないだろう、だから対立構造が出来てしまった訳。」
お、お、お、お、お、王子の護衛騎士?!
その一言を聞いて、思わず立ち上がる。
「あ、いえアウロラ嬢。ペータース様は大丈夫ですから。」
「そうよ、アウロラ。ルーク様の事じゃないのよ。落ち着いて!」
あわあわするアウロラを、二人は必死に宥める。
「で、それで何故ルーク様はアウロラにこんな事頼んだと思う?」
アウロラが座った所でエリナは話を戻す。
「噂だけど、殿下をはじめとする魅了された方々の婚約者の皆様は、その男爵令嬢に対抗する人物を探してるらしいんだ。特に殿下の婚約者の方々が動くと、殿下に不興を買うから、直接手を下さず、何か事を起こそうとされてるとか。ペータース様は、アウロラ嬢がそうやって利用されるのを防ごうとされてるんじゃないかな。」
「婚約者の皆様は具体的にあて馬に何をさせようとしているのかしら?」
「あて馬···さぁね。とにかく目立たない方が身のためだね。」
「あぁぁルーク様、承知しましたわ。私、巻き込まれないように、息を潜めて生きていきますわ。」
そう呟くアウロラを、エリナとトーマスは気の毒そうな目で見守っていた。
◇◇◇
そして入学式の翌日、その人はアウロラの前に姿を現した。
柔らかい朝の光を受けた蜂蜜ブロンドの巻き髪が、カツカツと刻む靴音に合わせて揺れている。
透き通る様な白い肌に、自信ありげにまっすぐ前に向けられる視線。
水晶のような淡い水色の瞳は、少し潤んだ様に水気を帯び美しい。
恐ろしく整った顔にふっくら色づく口唇。
周りの気配さえもどこかのみこんでしまいそうな存在感。
彼女の名前は、ルイーズ·オヴァフ男爵令嬢。第2王子と第3王子の思い人と噂される人物だった。
あぁ、彼女は、まさにこの世のヒロインに相応しい美しさだった。
読んで下さり有難うございます。