59 公爵邸のカメリア ①
「何ですって?カメリア·バーネットと聞こえたのだけど?」
王太子の結婚式の翌朝、アシェルの母親であるグレースは昨晩の出来事についてジョッシュから報告を受けていた。
アシェルは披露宴パーティーに参加した他国との会合の為、朝早くから登城している。
ジョッシュは昨晩アウロラを見送った後、パーティー会場へ戻る通路でカメリアと出会った経緯を説明した。
「下級メイドの身となって、今更アシェルにその様な振る舞いをするなど。王城の牢に入れられてもおかしくない所業だわ。アシェルはどうしてこちらの屋敷に連れてきたの?」
「騒ぎを起こしたくなかった為です。人に見られたり、牢でアシェル様の名前を出して騒がれても面倒な事にしかなりませんから。」
「まさかカメリアに心を許して、という事はないでしょうね?」
「それはないかと。本当にどうしてこのタイミングで、とは思いますが。」
「何処かの回し者かもしれないわね。監視はつけているのでしょう?」
「はい、別館の使用人部屋に閉じこめています。奥様にご挨拶とお詫びをしたいと言っているようですが。」
「今更何を?私達と何かしら関係を繋ぎたいと思っているのでしょう?子供の頃は天真爛漫で可愛い娘でしたげど、大人になっても自由に振る舞うなんて笑えないわ。それに私はあの一件を許した訳ではないですからね。まして今はアシェルにとって、アウロラさんと更に深い関係を築こうとしている所。カメリアの存在をアウロラさんが知ったら、要らぬ誤解をするかもしれない。·····本当に悪い事しか思い浮かばないわ。」
「では奥様はお会いにならないという事で。」
「ええ。私だけでなく家族全員会うことはないわ。それが普通でしょう?カメリアに勘違いさせない様に振る舞うよう、アシェルにも皆にも伝えておいて。それにアシェルにカメリアの件は私に任せる様に伝えて。」
「王太子殿下からも、間諜かどうか見張る様に言われているとの事です。」
「·····そう。では調べがつき次第、速やかに出ていってもらう様、その手筈だけは整えておきますから。間違っても正式に雇うなんて事はしませんからね。身辺調査が終わるまでは別館で働いてもらって。くれぐれも本館に近づく事のないよ様に。」
「かしこまりました。」
「次、アウロラさんが来るのはいつかしら?」
「4日後です。これからは1週間に1度のペースでお越しになります。
「そう。ではアウロラさんには決してカメリアの存在を気付かれない様に。」
「承知しております。」
折角笑顔を取り戻したアシェルの恋路を邪魔させないわ。
グレースの扇を持つ手には、力が入っていた。
◇◇◇
公爵邸に連れて来られた日は、使用人部屋に暫く閉じ込められていた。
ただその間、ジョッシュ様と侍従長が来て、私の詳しい身上を聞かれた。
2日目になって、漸くここ公爵邸の別館で一時的に働く様に言われた。
元の雇い主のトーリー男爵家にはどのように掛け合ってくれているかは分からなかったが、とにかくここに居ることが出来ているだけで嬉しい。
今は一時的とは言え、働きを認めてもらえれば、きっとここに正式に置いてもらえると信じて、毎日頑張ろうと思うカメリアだった。
奥様やアシェル様にご挨拶したいと申し出るも、出来ないと断られてしまった。
確かに普通は下女である下級メイドが、主とは言え、こちらから貴族に声を掛ける事は出来ない。
屋敷の中で会うことがあれば、壁際に身を寄せ、通りすぎるまで頭を下げておくのが常識だ。
昔婚約者だったからと言って、そう上手くお会い出来る筈がないわよね。
それに10年も経っているんですもの。
私が本当にカメリア·バーネット本人かどうかは分からないでしょうし。
身上調査をされるから、無害だと分かってもらえるはず。
カメリアが働く事を許された別館は、主に来客の為の宿泊棟だった。
その為、普段使用されることはない。
いつ、誰が使用してもいい様に、常日頃から綺麗に保たねばならなかった。
別館の担当になった者は、殆ど下級メイドばかりで、誰かが宿泊される場合、世話係には本館から上級メイドの侍女が来て、来客に対応する。
その為普段は限られた使用人と仕事を淡々とこなす日々になっていた。
それでもカメリアは、アシェルにより近づく為、張り切って仕事をこなしていた。
カメリアの中で、『一時的な雇用』という言葉はいつの間にか消え失せ、王城で働いた時と同じように周りの評価さえ得る事が出来れば、きっと本館に呼ばれるだろう、そう思い込んでいた。
◇
「ねぇねぇ、今日はあの方が来られる日でしょ?」
「そうね、そう聞いたわ。あの方が来られる日は、料理長が張り切って作られるから、私達にもおこぼれで美味しいものが食べられるし、いい1日になりそうだわ。」
ある朝の仕事の合間、カメリアは同僚のメイド
2人がそう話しているのを聞いた。
『あの方』····?
「あの方ってどなた?」
「え?ああ、アウロラ·ホーヴェット子爵令嬢様よ。あの若さでアシェル様の治療を行う程の方なの。アウロラ様が来られてから、アシェル様の体調も回復され、雰囲気も柔らかくなられたし、公爵家にとって、女神の様な存在とか言っている人もいる位よ。」
ホーヴェット家·····ああ、医学と薬学で有名な家門だったと記憶している。
アシェル様の治療を行ったのは、そのホーヴェット家の令嬢。
もしかして、宮殿のテラスでアシェル様と共にその場に居たのはその方なのかしら。
でもそんなに若いのにアシェル様の治療?
それ程優秀な方なのかしら。
それに····まさか婚約も?
いえ、でも子爵家なら公爵家との縁組なんてないでしょうし···。
知りたい····。
アシェル様との関係を。
ここに来てから感じていた監視の目も、最近はあまり感じなくなってきたし····。
ちょっと抜け出して見に行けるかも。
今日はアシェル様が夕方には帰宅されるのに合わせて、ホーヴェット子爵令嬢も来られるらしい。
本館は多少忙しくしている様だけど、ここ別館はとても静かだ。
「あら、大変。お庭に剪定バサミを置いてきてしまったわ。」
「ハサミ?」
「今日別館担当の庭師さんが体調不良の為お休みなのよ。館内に飾る花を自分で採りに行ったんだけど、そのまま置いてきてしまってるみたいで。あのハサミはお高いから、放置なんてしたら叱られてしまうわ。でも今から直ぐ本館へ頼まれ物を持っていかなきゃならないのよ。」
「ハサミを置いた場所を教えてもらえれば、私が取りに行って来るわ。」
「本当に?カメリア有難う。」
最近話すようになった、新米メイドのアリーとは、同じ先輩メイドから指導を受ける仲だ。
アリーから庭園の場所を聞いて向かう。
ハサミは本館に近い場所にある庭園の椿の木の下に置いてあった。
「こんな所に。」
無事ハサミを回収できたカメリアは、 別館に戻ろうと踵を返すが、ふと向けた視線の先に、更に本館の方へと向かう道を見つけた。
あの道を抜ければ本館かしら?
周りを見渡しても誰もいない事を確認したカメリアは迷わずその道を進んで行った。
この道はおそらく普段庭師が行き来する道なのだろう、狭く木々に囲まれた裏道の様だった。
暫くすると、人の気配がした。
その方向へ進むと、別の庭園に出た。
カメリアはそっと身を隠す。
気配は次第に近づいて来て、それがアシェルと噂の令嬢だと気づく。
カメリアは息をのんだ。
令嬢は制服姿だった。
王立学園の帰りがけなのだろうか。
そんな令嬢のハーフアップにした亜麻色の長い髪が風に流れる。
隣に立つアシェルが、風から庇うように令嬢に寄り添っていた。
そして乱れた令嬢の髪を優しく撫で付け整えてた。
令嬢は『有難うございます。』と少し照れながら微笑む。
そしてアシェルも愛しげに令嬢に微笑みかけていた。
柔らかい夕日の光が2人を包み込んむその光景は、恐ろしく美しかった。
なんて美しい令嬢なの·····
以前見たルイーズの様に、はっきりと主張した美しさではないが、場の空気を柔らかくする様な····。
もし精霊が見えるのなら、きっとあの令嬢の様な存在かもしれない。
カメリアはその場に立ち尽くした。
毒の瘢痕に苦しむアシェル。
婚約者が決まらないアシェル。
孤独なアシェル。
カメリアの描いていたアシェルの不幸は、目の前の光景には存在していなかった。
ずるいわ·····。
カメリアが望む幸せの形がそこにある。
あれは元々私の為の幸せだった筈なのに。
今の自分の状況が悔しい······。
アシェルとの美しい思い出は、もうあの令嬢に上書きされてしまったの?
カメリアは逃げるようにその場を後にした。
少し取り乱したカメリアに、他のメイドが心配してくれるが、笑顔で大丈夫と応えられなかった。
カメリアはその夜、ベッドの中で再びあの光景を思い出し、何時までも悔し涙が止まらなかった。
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