58 王太子の結婚式 ②
「カメリアさんは本当に王宮のこと知っているのね。」
「ええ、子供の頃王宮に来た時に、その庭園でよく遊んでいましたから。今の季節ならシクラメンの花が見頃でしょうか?赤紫の花がとても綺麗だった記憶があります。」
「他にも古くからの庭師さんにあなたの話が本当か聞いてみたら、確かに昔はそうだったと言っていたの。」
「そうそう。それではじめは半信半疑だったけど、これからはあなたの話を信じる事にするわ。」
「えっ、信じてなかったんですか?酷いです。」
「ごめんなさいね。でもあなたが元伯爵の令嬢で子供の頃王宮にもよく遊びに来ていて、婚約者もいたのに家が没落してから婚約も破棄され平民になったなんて話、そうないから。でも本当だと分かって、心から同情するわ。」
王城に勤め始めて、まずカメリアがした事は、皆に好意を持ってもらうこと。
カメリアは皆がやりたくない仕事を積極的にした。
休憩時間を削ってでもやれる仕事をどんどん引き受けた。
その甲斐あって、働きはじめて日が浅いにも関わらず、カメリアの評判はとても良くなり、皆好意的に接してくれるようになった。
さらに追い討ちを掛けるように、家名は伏せたが、自分の不幸を積極的に話して同情をひいた。
お陰で今ではカメリアの周りの人間は、すっかりカメリアに心を許してくれていた。
そしてカメリアが一番やりたかった、宮殿のパーティー会場と裏を行き来する仕事に就くことが出来た。
そして王太子の披露宴パーティー当日。
仕事を抜け出した際、見た先にアシェルの姿を捕らえた。
どこかの令嬢とテラスで語り合う姿。
あんな事が無ければ、あのテラスで自分も着飾った姿で談笑していただろうと考えると心が痛んだ。
アシェルは公爵家の人間だが王族だ。
今はあの様に令嬢と共に過ごしているが、その内離れ、王族の1人として外国からの招待客の相手をしなければならない。
遠目だが、令嬢はアシェルよりも若く見える。
きっと早めに帰るだろう。
それならアシェルは令嬢と共に一度は会場を出て、彼女を見送るだろう。
見送った後会場に戻る時が、アシェルと話す最高の好機になるだろう。
カメリアは一縷の望みを胸に宮殿の入口に向かう。
◇◇◇
カメリアの予想通り、令嬢を見送ったアシェルの姿を見つけたのはパーティーが中盤に差し掛かったところ。
休憩の合間再び抜け出して、事前に仲良くなった平民出身の騎士から聞いた騎士の配備位置を確認し、問題なく目当ての場所へ行くことが出来た。
ああ、神様、どうかアシェル様と会わせて下さい。
心の中で泣きそうになりながら、ひたすら祈る。
おそらくここで会えなかったら、アシェルと縁を繋ぐことはもうないだろう。
コツコツコツ····
まだ退出する人がほとんどいないせいだろうか。
靴音が通路に響く。
カメリアは音の方に目を向ける。
!!
そこには執事らしき男性と、護衛騎士2名を従えたアシェルがこちらに向かって歩いて来ているのが見えた。
アシェルは王位継承権を持つ人間の1人だ。
単独で行動する事はないと分かっていたつもりだ。
目の前のアシェルが1人でなかった事を残念に思いながらも、折角巡ってきた機会を逃すつもりはないカメリアは、そのままアシェルの前に飛び出した。
「アシェル様!」
突然飛び出してきたメイドを見て、後ろに控えていた執事が、アシェルを庇うように前に立つ。
護衛の騎士は、1人がカメリアとアシェル達の間に、もう1人が後ろを含め周りを警戒する。
メイドがアシェルの名前を呼びながら飛び出した様は、一見何か火急の伝言か何かを伝えに来たようにも見える。
明らかに警戒された事を感じ取って、カメリアはその場に膝を就き、無抵抗であることを示した。
「私はカメリア·バーネットです。この様な場所で突然申し訳ありません。不敬を承知でお願いがございます。」
「カメリア·バーネット?あのバーネット伯爵家の?バーネット伯爵家は10年前、禁輸斡旋の罪で爵位剥奪の上、国外追放になったはずだが?」
口を開いたのは、アシェルの前に立っている執事らしき男性だった。
「あなた様は·····ジョッシュ様でございますか?」
「私の名前が分かるとは·····。」
「はい、私がアシェル様の婚約者だった頃、ジョッシユ様には何度か公爵邸でお会いしています。バーネット家は没落し、私は両親と別れ、商家の養女になりました。今は別の名です。とある男爵家でメイドとして働いています。今日は今夜のパーティーの為に臨時で働かせて頂いていります。」
「たとえあなたがカメリア·バーネットだとしても、今は立場が違う。アシェル様にお声掛けする事は叶いません。」
「承知しております。ですがこの王城での仕事が終わり、再び男爵家に戻れば、私は男爵の愛人にされ、仕舞いには奥様に殺されてしまうのです。ですからどうか私を公爵家で雇って下さい。お願いします。」
カメリアはそう言うと床に土下座し、ひたすら頭を下げる。
「殺されてしまうのです。お願いです、助けて下さい!」
ひたすら頭を下げ懇願する。
伯爵令嬢だった頃の面影など無いだろう。
きっと憐れに見えるに違いない。
そう、見えなければならない。
憐れな姿しか武器にならないなんて·····。
情けなくて涙が出てくる。
ジョッシュと騎士はカメリアのそんな姿を見て、眉をひそめる。
一方アシェルは、表情一つ変えることなくカメリアを見ている。
「ジョッシュ。」
「はい。」
「ここで騒がれては王太子殿下の披露宴に傷がつく。このまま目立たない様に、取り敢えず公爵邸の別棟に連れて行け。監視もつけておく様に。」
「承知しました。」
感情のこもっていない、淡々とした口調だった。
城内の公爵邸に!
アシェルの態度がどうであろうと、カメリアにとっては何よりの申し出に歓喜した。
◇◇◇
「アシェル、アウロラ嬢を見送って来たのか?もう少し居させてもいいだろうに。」
招待客からの挨拶が一段落した王太子のオーウェンは少し面白そうにアシェルに話し掛ける。
「アウロラ嬢があまりに美しかったから、心配になったんだろう?」
「ああ、その通りだ。他国からの招待客の相手をしなければならないからな。アウロラの側に居てやれない。」
「始めに挨拶に来た時は、あのアリーチェさえもアウロラの美しさに驚いていたよ。側妃にしなくていいのかとも言われた。勿論、そんな事をしたら、アシェルに殺されるかもしれないと答えたけどね。」
「アリーチェ王女は?」
「ああ、先程体調不良という事で下がらせたよ。ラトゥナ王国の使者もアリーチェの姿を確認して満足していたみたいだしね。」
「ラトゥナの使者は王妃弟か?」
「ラトゥナの前女王と殆ど血の繋がりの無い、
今のところさしたる要職にも就いていない、隋分な人間を送って来たものだよ。それでも彼方では次期王太子の叔父になるからね。権力はそれなりに握っているらしい。·····で、アシェルはどうしてそんなに浮かない顔をしているんだ?アウロラ嬢が帰って、そんなに寂しいのかい?」
「······カメリア·バーネットを名乗る女が現れた。」
「は?」
「カメリア·バーネットだ。」
「カメリア·バーネットだって?バーネット家はもう無いから別の名になっているんだろう?今日この会場に居るのか?」
「養女に入った様だが貴族じゃないだろう。下級メイドの姿だった。」
「王城で働いていたのか?」
「まだ詳しい話は聞いてないが、臨時で働いているらしい事を言っていたな。」
「アシェルから声を掛けたのか?」
「いや、突然飛び出してきて、一方的に訴えてきた。」
「はぁ、不敬にも程があるだろう。今さら何だって?」
「この仕事が終わり、雇われ先の男爵家に戻ると、男爵の愛人にされ、その上奥方の嫉妬で殺されるから助けて欲しいと。」
「それで今はどうしてる?」
「通路で騒がれても困るからな。一旦屋敷の方に監視をつけて送っておいた。」
「間諜か?」
「どうだろうな。本人は公爵邸で働かせて欲しいと懇願していたな。」
「ここにきて厄介なお荷物を拾ったな。まぁ、アシェルの恋路の邪魔にならなければいいが。カメリアが何なのか、分かったら報告してくれ。」
「ああ、承知した。」
記憶の中では苦々しい存在となっていたカメリアとの突然の再会に、運命のいたずらを感じざるを得ないアシェルだった。
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