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57 王太子の結婚式 ①

白地のロングトレーンドレスの引き裾は、全てレースで出来ており、全体に施された金糸の刺繍は花嫁をより一層華やかに見せていた。

そして胸元には王家の瞳の色と同じ紫水晶の首飾り、頭には対になる紫水晶のティアラ。

それぞれ見事な細工で、目を見張るものがあった。

それを身につけている王太子妃となったアリーチェ王女は、入国後体調を崩しているという事で宮殿に引き込もっていた為、今回の成婚の儀で初めて面前に姿を現した事になる。

アリーチェ王女は白い肌に夕焼けを思わせる緋色の髪に、ややつり気味の赤みを帯びた茶色の瞳が、どこか苛烈さを連想させた。

今日のアリーチェ王女は本当に体調不良だったのかと疑うほど堂々としており、圧倒的な存在感を放っていた。

王太子と仲睦まじく見つめ合い談笑する姿は、密かに囁かれていた不仲説を払拭するのに充分だった。


元々身体が弱く、アリーチェ王女の体調不良の為半年遅れとなっていた婚姻は、ダラム王国との国境付近の緊張が高まる中であっても、盛大に行われた。


「本日、オーウェン·アドゥ·セラ·ローヴェルとアリーチェ·フィル·ラトゥナが婚姻を結んだ事を表明する。この婚姻は、我がローヴェル王国とラトゥナ王国の友好、且つ共闘の関係を示すものである。」


国王ローガン·ディッセ·セラ·ローヴェルのこの宣言は、北部の国々への圧力と戦争の抑止に繋げるものだった。

ダラム王国との戦争が懸念される中、この婚姻が国民の安心材料の一つになった事は言うまでもない。


そして行われた披露宴。

各友好国の代表か招待されるパーティーで、アウロラは贈られたドレスを着てアシェルの隣に立っていた。

落ち着いた色ながら、多々見られる繊細な技巧を施したドレスに加え、紫水晶がふんだんに使われた首飾りを身につけたアウロラは、アシェルにとって特別な存在であると皆が認識するに充分だった。


アウロラと合わせたデザインを着たアシェルもまた、体調が回復した為か、以前にも増して王位継承権を持つに相応しいオーラを身に纏っていた。


彫刻の様に美しいアシェルと月の女神を思わせるアウロラ。

そんな2人が入場してからは、王太子達とは別に注目を集めていた。


「アウロラ大丈夫?」

「はい。あの····私に至らないことがありましたら、直ぐにそっと退場しますので。」

「はは、相変わらず自己評価が低いな。こんなに皆が君の美しさに見とれているのに?私がアウロラの手を離した瞬間、君を拐いに他の男達が寄って来るだろう。」

「また······アシェル様は私を褒めすぎです。」


アシェルに言われ、頬を赤くしながら抗議してくるアウロラの手を、アシェルは愛しげに取り、その指先に口付けを落とした所でアウロラの恥ずかしさは頂点を迎えたらしい。


「アウロラ、可愛いよ。」


そうアシェルはアウロラの耳元で囁く。


ア、アシェル様ってこんなに····こんなに甘い方だったかしら。


アウロラの脳内パニックをよそに、王太子と王太子妃のファーストダンスが始まり、アウロラ達も2曲目からダンスを始めるのだった。


『グルーバー公爵令息がこのようにダンスを踊るのを見るのは久しぶりだな。それに顔色も良いようだし、何より雰囲気が違う。』

『あのご一緒に踊られているのはどちらのお方でしょう?あの様にお美しい方は社交界でまだお見掛けしたことがございませんわ。』

『ホーヴェット子爵令嬢だそうだ。ホーヴェット家なら社交界にほとんど顔を出さないからね。見覚えがないのは当然だ。』

『娘の話だと、王立学園の研究棟で論文を発表し、褒章を授与されているらしい。』

『まぁ、お美しい上に才女とは。子爵家とは言え、ホーヴェット家ならグルーバー公爵家が目をつけるのは分かりますわ。』


そんな周りの雑音に気がつくこともなく、流れる様なアシェルのリードにアウロラは身を任せ、2人だけの時間を楽しむ。



アウロラはアシェルに感謝していた。

ルークとの婚約解消で心はすっかり(すさ)んでいた。

見るものは色がなく、食べるものは味がしなかった。

アシェルの治療という名目で会う事になり、彼の人柄に触れ、何とか治したいという想いが生まれ、いつしかアウロラの沈みきった心を、もう一度立ち直らせてくれた。

アシェルはその物腰や、アウロラにかけてくれる言葉。

そして何よりあのアウロラを見つめる優しい眼差し。

アシェルの側にいると温かい気持ちになる。


だからと言って、アウロラが独占したいという想いは沸いてこなかった。

アシェルが想う人と幸せになって欲しい、と。

その事を一度アシェルに言葉で伝えねばと、そう思っていた。


「少し休もうか。」


アシェルはアウロラをテラスに誘った。

しかしダンスを終えると、アシェルに挨拶をしようと次々と国内外の貴族から声が掛かる。にもかかわらず、アシェルは軽く挨拶に応えるとアウロラを気遣って上手くあしらっていた。


「少し食べた方がいい。何か持って来させよう。飲み物はジュースでいいかい?」


アシェルは未だ緊張しているアウロラを心配して色々世話をしてくれる。

そんな気遣いが嬉しくて、頬が緩んでしまう。


「では飲み物だけ。·····アシェル様、少しお話ししても大丈夫でしょうか?」


このパーティーは外交の一環でもある。

アシェルをあまり長い時間、自分に付き合わせるのも申し訳ない。


テラスに出ると、満月に近い月の光が優しく2人を照らす。

アシェルが厚めのストールをアウロラの肩に掛けてくれた。


2人黙って月を眺める。


アウロラはアシェルに、次に研究棟に辺境伯領から応援要請が来たら志願する事を伝えようと思っていた。


「アウロラ。」


先に沈黙を破ったのはアシェルだった。


「我がグルーバー家からホーヴェット家へ縁談の申し込みをしている事は知っているよね。」

「·····はい。」

「改めて伝えたい。アウロラ·ホーヴェット子爵令嬢、私、アシェル·セラ·グルーバーと結婚して欲しい。」


周りの音が一瞬にしてなくなり、アシェルの告げた言葉だけが頭の中で反芻する。


「アシェル様·····アシェル様のお申し出は大変光栄な事でございます。しかし私では、アシェル様の隣に立つには力不足です。アシェル様の治療に私が携わった事で好意を抱いて下さる事は本当に嬉しいことです。ただ医療に於いては、患者に真摯に向き合うのは当然の事。私の行った事は、ごく当たり前の事です。きっと別の誰かが同じ様に治療を行えば私に好意を抱く事はないと思います。」


「·····アウロラならそう言うと思ったよ。アウロラの事だから、きっと今までも患者に好意を寄せられる事は多かっただろう。私もそれがきっかけだと言われればそうなんだろう。だが、君とこれまで共に時間を過ごしてきて、治療だけでなく、君自身に安らぎを感じた事は分かって欲しい。ずっとこのまま側で、共に歳を取っていきたいと思ったんだ。」


「アシェル様·····私·····。」


「グリフォニア辺境伯領の事を心配してる?」


「·····はい。ダラム王国との戦闘が本格的に始まりそうだと聞きました。もし研究棟に応援要請があれば、志願して行きたいと思っています。」


「····そうか···そうだね。アウロラは行きたいと言うと思っていたよ。行って欲しくはないが、アウロラのその気持ちを止めることは出来ないだろう。だからアウロラ、君が帰って来たら返事を聞かせて欲しい。」


アシェルの声はどこまでも落ち着いていた。

月の光を受け、より美しさが増したアシェルから目が離せない。


「その時、君の答えが何であろうと、受け止めるよ。」


「アシェル様·····。」


アシェルはそっとアウロラの頬に手を伸ばし包み込む。


「冷えてしまったね。中に入ろうか。」


その時見せたアシェルの微笑みは、どこまでも優しいものだった。


◇◇◇


南部で採掘される『光石』と言われる照明に使われる石がふんだんに使われた宮殿は、夜の中にあって輝いて見える。


ああ、王宮に戻ってきた·····。


カメリアは宮殿を眺めながら、ふと物思いにふける。

無事、臨時ではあるが、王城で下女として働く事になったカメリアは、会場の外で汚れた食器やクロス等を洗い場へ持って行ったり、新しい物と取り替えたりする役割を与えられていた。

裏の仕事なので、会場の中へ入る事は出来ないが、隙があればアシェルに会えないかと様子を窺っていた。


こっそり所定の場所から離れ、仕事をしているふりをし歩き回っていた所、見上げたテラスに人影が見えた。

まだ寒いので、この時期テラスに出て談笑する人間は少ない。

月の光のお陰か、照らされた顔の部分が一部光ったように見えた。


あれは、もしかしてアシェル様の半仮面?

アシェル様があちらにいるの?


細かい動作は見えないが、女性を伴っているのが見える。


誰かしら·····。

今はそんなことはどうでもいいわ。

この機会に何とか会わないと。


カメリアもこの王城で働く事になってから、何も考えていない訳ではない。

早速行動に移すべく、その場を後にしたのだった。


読んで下さり、有難うございます。

ブックマークをして下さっている皆様、何時も有難うございます。

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