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56 アウロラの想い

今日アウロラは、医·薬学研究棟の与えられている研究室で、ディセック教授の助手のラティキア·エトロンにアシェルの治療の報告書を確認してもらっていた。


「エトロン様、こちらの部屋にお呼び立てして申し訳ありません。報告書以外にもお話ししたい事がありまして。」

「構いませんよ。それでアシェル様の治療は概ね終了したといった所でしょうか?」

「はい、後は肌に残っている痕を消す治療ですが、これまでは薬を塗ることで起こる瘡蓋の様な皮膚を取り除く事が必要でした。今は、まだ皮膚が変色しているものの、色もかなり薄くなってきているので、別の薬に変えようと思います。」

「別の薬?」

「はい。このまま使い続けると、薬の再生能力が強すぎて皮膚が硬化してくる恐れがあるので、皮膚再生の効力を穏やかにし自助作用を促し、美白の様な作用も併せ持つものに変えようと思います。」

「なるほど。」

「この新しい薬はただ毎晩塗るだけなので、侍従の方、もしくはご本人にも出来る作業ですので、私は定期検診を行う程度になるでしょうか。」

「新しい薬もナナイロオオトカゲの粘液を用いたものですか?」

「はい、ただ量も濃度も培養液で薄めています。そこに美白の効果があるアセロラという南部の果物のエキス等を加えて作っています。」

「ああ、あの酸味がある果物ですね。」

「はい、食用は甘さがあるものですが、薬に使っているのは酸味が強く、食にはあまり適していないものです。その方が効果が高くなりました。」

「色々実験したのですね。」

「はい、それはもう。9歳の頃、瘢痕が酷い患者さんに出会ってから、何とか肌が綺麗にならないかと思考錯誤した結果です。」

「そうなんですね。アシェル様はアウロラさんに出会えて、本当に運が良かったと言えるでしょう。」

「お役に立てて本当に良かったと思います。」

「アウロラさんの開発した薬に関しては、国の保護が適用されます。製薬方法の資料については、公開条件等は基本的にアウロラさんの意志が尊重されます。ただし、国の許可無しに他への、特に国外への提供は出来ないものと思っていて下さい。」

「はい、承知しております。それで、エトロン様に別途お願いしたい事があるのですが。」

「何でしょう?」

「現在、新薬は私の兄2人にも作れるように伝授しています。実際、既に私が居なくても、兄達は製薬が出来る様になっています。それで、この薬の製薬をエトロン様にもお伝えしたいのですが。」

「私に?ホーヴェット家の秘伝にしなくてもいいのですか?」

「王家に提出するこれらの、特に新薬についての資料には、製薬者が製薬を許可する人物を指定出来ると伺っています。」

「ええ、その通りです。」

「ナナちゃんが古代種という事もそうですし、ホーヴェット家だけでなく、信頼出来る方に 共に保護して頂きたいのです。万が一私に何かあった場合に、という事もありますし。」

「·····アウロラさんが信用して下さるのは、大変光栄な事ですね。私も共に支える事が出来るのでしたら、喜んで承ります。」

「良かった。有難うございます。」


エトロンの言葉に、アウロラは安堵の表情を見せた。


「それと、エトロン様もお気付きでしょうが、ナナイロオオトカゲの古代種の能力は、『身体の擬態』というより、寧ろ『再生』なのではないでしょうか。」

「そうですね。古文書の中には、『不死の薬』と言われる生き物の事が載っているものがあります。不死というよりは、食するとたちまちケガや病気が治癒すると記されています。」

「食す?」

「ええ、その生き物がナナイロオオトカゲと明記されている訳ではありません。ただ、アウロラさんの薬の効果を見るに、その生き物がナナイロオオトカゲの可能性が極めて高いと思います。」

「それは······。」

「ええ、『再生』の能力があると公になれば、国内に止まらず、外国からも狙われます。それはナナイロオオトカゲに関してだけではありません。アウロラさん、あなたはあのナナイロオオトカゲから粘液を採取し、薬を作る事ができる人間です。くれぐれも気をつけて下さい。」


「·······。」


「どうかしましたか?」


「先日、ホーヴェットの屋敷に帰った際、父から早々に、北西部の国境沿いの領地にディセック教授と向かうと聞きました。近隣の村や町に毒症状のある患者が急増しているとか。スヴェナカエルの毒ではないそうなので、その確認の為に。」

「ええ、身体に痺れを起こす毒草の可能性が高いです。毒の種類を解明する為、予定では3日後に出発です。ここ最近各地で起こっている住民の毒中毒は、今のところ全て種類が違います。他国が、このローヴェル王国に大掛かりな何かを仕掛ける前触れではないか、という懸念があります。それがどうかしましたか?」


「······北のグリフォニア領でも戦闘激化の恐れがあるとか。」


「·····そうですね。正直、他国、まぁダラム王国の事ですが、この一連の事態は彼の国の仕業でしょう。そして戦闘が本格的に始まれば、その最前線はグリフォニア領になります。·····まさか···。」


「·····はい。戦争が始まれば、この研究棟からも数人戦地へ派遣されると聞いています。私も志願する予定です。」

「·····アウロラさん、あなたはグルーバー公爵家との縁談の話があるのではないですか?今、危険な所に身を置くのは許されないのでは?」

「確かにグルーバー公爵家からお話は頂いていますが、アシェル様の治療が主で、まだ何かが進んだ訳ではないのです。アシェル様がほぼ回復された今、他の良家のご令嬢との縁談の話が多数出て来ると思います。そもそも王家の瞳をお持ちの方に私の様な者は分不相応です。」


「·····グルーバー家は、アシェル様はそうは思っていないと思いますが。····その件は私が口を挟む事ではないので、ホーヴェット家のご家族とアシェル様ともよく話し合って決めて下さい。」


アウロラが、グリフォニア辺境伯領にいるルークの事を心配して力になろうとしている事は、容易に想像出来た。

ラティキアは、自分の命を危険に晒す事を顧みないアウロラに、どこか危うさを感じていた。


◇◇◇


「宰相のトルーソー伯爵とは上手くやってる?」


宮廷の王太子の執務室で、王太子のオーウェンとアシェルは、オーウェンの成婚の儀の後に行われる、招待国との各種協議についての打ち合わせをしていた。


「ああ、例の学園での婚約破棄騒動で勘当された子息のジョセフが行方不明になっているらしい。そのせいか、業務に支障を来してないが、精神的にまいっているみたいだ。」

「ああ、ジョセフか。伯爵としては頭が切れる自慢の息子だっただけに落胆ぶりは大きいのは理解できるよ。ゆくゆくは自分の後釜に据えようと考えていただろうからね。しかし伯爵家の『影』をつけていたんだろう?」

「同じく平民落ちした仲間と連絡を取り合っていたらしい。商会か何かを立ち上げる予定だったらしいが、忽然と姿を消したらしい。」

「勘当したとはいえ、親としては何か仕出かすんじゃやいかと気が気じゃないといった所か。」

「ああ。一応我が家の『影』にも追わせている。」

「そう、何か分かったら教えてくれ。それから、結局その仮面の下の治療はどうなっているのかな?概ね治療は終わったと資料と共に報告を受けているが。」

「まだ、見せてなかったか。」


アシェルはそう言うと半仮面を取る。


「これは驚いたな。今までの治療ば何だったんだ?もう後は薄い痣が消えるのを待つばかりじゃないか。まだ報告書を詳しく読んでいないが、読むのが楽しみだよ。良かったな、アシェル。私の心の重荷もとれるよ。」


「全てアウロラのお陰だ。」


「まぁ、これで公爵家との縁談に子爵家の令嬢だからなんて批判は通用しなくなったね。君の心も彼女に?」

「ああ。」

「ハハ、そうか、こんなに素直なアシェルも久しぶりだね。君たちが無事に結ばれて、幸せになる事を祈っているよ。」


「北西部にディセック教授とホーヴェット家を送る事になっているだろう?恐らくダラム王国の本命はグリフォニア辺境伯領だ。戦闘が本格的に始まれば、研究棟からもグリフォニア領へ人を派遣すると聞いた。そうなのか?」

「そうだね。ディセック教授達には悪いが、暫く交代で国境につめてもらわなければならないだろう。第2陣は、私の成婚の儀が終わってから行くことになるだろう。まさか、アウロラ嬢が志願するとでも?」

「アウロラならそうするだろうと思ってね。」

「そうなったとして、アシェルはどうする?」

「危険な場所に行かせたくないが、今のアウロラは止められないだろう。」

「まだルークに想いがあると?」

「ただ、今回グリフォニア領へ行くことで、気持ちを断ち切って欲しいと思っている。」

「その前に、アシェルの気持ちをアウロラ嬢に伝えないとね。」

「ああ。」


コンコン·····


「王太子殿下、お話の所失礼します。」


「何だい?」


「グリフォニア辺境伯領から使者が参っておりまして、こちらの書状を取り急ぎ王太子殿下にとの事でございます。」


オーウェンは書状を受け取り、早速目を通すと、深い溜め息をついた。


「アシェル、グリフォニア領に送っていたあのルイーズが、2ヶ月も前から行方不明らしい。面倒だな。まぁ、エマがついているからその内連絡があるだろう。」

「ジョセフの行方不明と関係しているのでは?」


「その可能性が高いね。それにしても何かやらなきゃいいが····。」




読んで下さり有難うございます。

またブックマークをして下さっている皆様、何時も有難うございます。

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