55 公爵家の人々
「アシェル様、こちらは?」
王都郊外の別邸でのアシェルの治療を兼ねた休暇を無事終え、王城内にある公爵邸に戻って来た日、アウロラに用意されている部屋に戻ると、そこには美しいドレスがトルソーに掛けられ置かれていた。
ドレスの色はグレージュと控えめな色だが、布地に地紋があり、胸の辺りとスカート部分に紫色と銀糸の刺繍が施され、レースもふんだんに使われていた。
テーブルにはこのドレスに合わせて、紫色水晶のアクセサリーが置かれている。
あまりの美しさにアウロラは見惚れてしまった。
「とても素晴らしいデザインですね。」
アウロラがそう言うと、突然アシェルから花束を渡された。
「わぁ、綺麗·····。アシェル様、有難うございます。·····それでこれらのお品物は?」
「アウロラ、誕生日おめでとう。明日は一旦ホーヴェット家の屋敷に戻ると聞いていたから、1日早いが今日渡しておこうと思ってね。誕生日のお祝いと治療に力を注いでくれている感謝を込めて用意させてもらった。お礼だと思って受け取って欲しい。」
「いえ、お礼なんて。これは私の仕事だと思っています。どうぞお気になさらないで下さい。」
「それでは私の気が済まない。·····それに、2ヶ月後に王太子殿下のご成婚の儀があるのは知っているよね?」
「はい。」
「アウロラがよければその時、私のパートナーとして、共に出席して欲しいんだ。」
ええええええ?!
「パ、パートナーですか?」
「ああ。」
「ちょっとした夜会ならまだしも、各国の代表も招待されている王族の結婚式で、私のような者がアシェル様のお相手で宜しいのでしょうか?」
「ああ、何の心配いらない。それで、そのドレスをその時に着てくれたら嬉しいのだが。」
「とても光栄なお誘いでございますが·····。」
「駄目だろうか?」
アシェル様のちょっと悲しげな表情に胸がキュット締め付けられる。
アシェル様がこんな表情をされるなんて。これでは····うう···。
「わ、私のような者で宜しければ喜んで。」
「有難う。安心したよ。」
そう言って微笑まれたその表情もまた、神々しく見えた。
アシェルがもし学園にいたなら、きっと親衛隊なるものが出来ていただろう。
治療が始まり、目に見えて状態が良くなったアシェルは、今では屋敷の中では半仮面を外すようになっていた。
以前は美しいという事だけでなく表情の変化もほとんどなかった、そんな所が彫刻の様だと言われる要因だったのかもしれない。
アウロラの返事に少し安堵を見せ、優しく微笑みを浮かべるアシェルを見ると、治療で役に立てて良かったと心から思うアウロラだった。
「それでその前に、両親が領地からこちらに来るんだが、アウロラに一度会いたいと言っているんだ。」
「え?公爵ご夫妻がですか?」
よく考えてみれば、それはそうだ。
アシェルの治療を始めてから、こちらの公爵邸に滞在している。
縁談の話がある位なので、アウロラの身辺については問題がないだろう。
はっ!!そうだわ。縁談······。
アシェル様の治療優先でこうしてお会いしている訳だけど、今の私の立ち位置はどうなっているんだろう?
今さら色々気付いた様で、話の途中、アウロラの表情が停止しているのが分かった。
そして、小刻みに震えている。
アシェルはそんなアウロラを見て、少し笑いながら話を進める。
「今、色々考えているようだけど、本当に心配しないで欲しい。存外、アウロラはいい意味で貴族間では有名なんだよ。今回の治療について、両親もアウロラにお礼を言いたいだけだから。」
ああ、もう緊張して身体が震えちゃう。
本当に大丈夫なんだろうか·····。
「それで公爵様方はいつ頃こちらに?」
「5日後だ。」
◇◇◇
「はじめまして、アウロラ·ホーヴェット子爵令嬢。私がアシェルの父親のウィリス·セラ·グルーバー、これが妻のグレースだ。それとアシェルの2つ年下の弟たちは双子でね、マルシェルとロシェルだ。」
「アウロラ·ホーヴェットです。お会い出来て大変光栄でございます。私の事はどうぞアウロラとお呼び下さい。本日は宜しくお願い致します。」
アシェルのいう通り、5日後にグルーバー公爵夫妻との食事会に招かれた。
王都のホーヴェットの屋敷に戻っていたアウロラは、その日の午後、馬車でアウロラを迎えに来てくれたアシェルと共に公爵邸に向かった。
今日の装いもアシェルが準備してくれたもので、レースが多く使われた紺色のドレスだった。
自分が持っている紺色のドレスより上質で洗練されたデザインだった。
胸元には、同じくアシェルから贈られた紫色水晶のネックレスをしている。
すっかり慣れた公爵邸に入り、早速リビングへ向かう。
食事の前に顔合わせをするのだろう。
こうして通された部屋でアウロラは、公爵一家と初めてお会いしたのだった。
にこやかに話される公爵は、髪型が短髪なだけで陛下によく似ており、背のとても高い方だった。
夫人は、スフィアの伯母というだけに、黒髪の美しい美女だった。
アシェルの美貌は、そんな両親のいいとこ取りなのだろう。
弟たちは髪の色だけ公爵に似て金髪で、顔と目の色は夫人似だった。マルシェルが長髪、ロシェルが短髪だ。
公爵一家はアウロラに対して、好印象を持っているという感じだったので、アウロラは漸く緊張を解く事が出来た。
「今回、アウロラ嬢が治療を行ってくれたと聞いているが、状態はどうなのだろうか?」
今日も半仮面を着けているアシェルを見て公爵は尋ねる。
「顔色はとてもよくなったと思うわ。表情も柔らかくなりましたし。顔の痕だけではなくて、身体の調子も良くなったのではないの?」
アシェルを観察するようにじっと見ながら、夫人も尋ねる。
アシェルはアウロラと一瞬顔を見合わせると、徐に半仮面を外す。
「「「「!!」」」」
刹那、声こそあげなかったが、皆が驚いたのが分かった。
そして夫人の目から涙が溢れた。
「ああ、アシェル·····。」
感極まって、始めに声をあげたのは夫人だった。
アシェルに近づき、そっと頬に触れる。
夫人の涙が止めどなく流れるのを見て、アウロラも思わず涙してしまう。
「こんな事って·····あんなに苦しんでいたのに·····良かった····良かった····。」
「本当に驚いたよ····。アシェル、本当に良かった。アウロラ嬢、心から感謝する。」
父である公爵も、目に涙を溜めていた。
「治療はまだ続いているの?」
その質問にアウロラは答える。
「治療としては、最終段階に入っています。ご覧頂いていますように、すでにアシェル様の身体に残っていた毒は体外へ排出され、肌は紫色のシミの様な状態にまで回復しています。今、ある薬を使って皮膚の新陳代謝を促し、また綺麗な皮膚そのものを増殖させると言いますか、紫色に変色した皮膚を元に戻す治療を行っています。どこまで回復するか分かりませんが、続ける事でそれなりの効果は得られると思います。」
「こんなに回復しているんですもの。きっと美しい肌を取り戻せるわ。」
「今までは集中的に時間をかけて薬を吸収させる方法を行っていましたが、アシェル様もお忙しいと思いますので、時間をなるべく短縮して出来る方法に変えていこうと思っています。」
そうアウロラが話すと、アシェルが何か意味ありげな視線を向ける。
「そうなのね。アウロラさんもまだ学生だものね。ずっとこちらにいるのも大変かしら?」
「いえ、学園をお休みさせて頂いた分は、こちらで家庭教師をご準備下さいましたので、勉強に影響はありませんでした。」
「そう、それなら良かったわ。私としては、これからもアシェルを診てもらいたいのだけど。」
「はい、薬はまだ発表されていない物で、申し上げにくいのですが、今のところ私しかこの薬は作れません。量も他に広められる程作れないのが現状です。ですから、治療の作業自体はジョッシュ様や侍女の方にお任せすることは可能ですが、薬の準備と定期検診を暫くはさせて頂きたいと思います。それから、この薬の件は他言を控えて頂きたく存じます。」
「これ程画期的な薬と治療がどんなものか気になるが、他言しない事は約束しよう。屋敷で働く者達にも周知させるから、安心するといい。」
「はい、有難うございます。」
「私はアウロラさんがアシェルと縁を繋いでくれた事が嬉しいわ。ああ、創造神パパドプリョス様、アウロラさんを創造して下さり感謝します。アウロラさん、本当に有難う。」
いえいえ、私は創造物では····。
それに縁を繋ぐとは····。
「お話は食事をしながらでも。」
興奮している両親を宥める様に、アシェルの一言で場所を移動し、食事会は始まった。
公爵家の人々はとても話しやすく、何よりアウロラに好意的だったので、アウロラも心から食事を楽しむ事が出来た。
◇◇◇
「アウロラさんはお部屋の方へ?」
「ええ、母上がごねるからこのまま何時もの部屋に泊まってもらいました。」
「こんな時間だし、今からホーヴェット家の屋敷に帰って、明日また朝早く起きて学園へ行くよりも、こちらから通ってもらった方が早いでしょう?寮の門限も過ぎてますし。」
「まぁ、そうですが。」
「しかし兄さん、アウロラ嬢は本当に美しい方だね。驚いたよ。」
「騎士団で有名なルーク·ペータース、いや今はグリフォニアか····その元婚約者だろ?あんなに美人だとは聞いていなかったな。上手く隠したものだ。」
「彼女がサミュエル殿下方と交流していたら、彼女の方にご執心だったかもな。」
「彼女は人を狂わせたりはしない。」
「·····兄さんは惚れているんだろう?」
「·····ああ。」
「「「「!!」」」」
狂ってはないが、堕ちたらしい。
「いや、そんなに素直な兄さん、久しぶりだな。」
弟のロシェルは騎士団に所属している。
サミュエル殿下方の話を知っているのだろう。
「王太子殿下はまだしも、サミュエル殿下とディラン殿下には手出しはさせないわ。まぁ、サミュエル殿下が表舞台に立つ事はもうないでしょうけど、ディラン殿下は姪のスフィアとしっかり向き合って頂きます。」
「まぁ、縁談の話も、陛下からの打診だしな。····それで縁談についてはどうなっている?」
「アウロラは、私が回復すれば、私に対する他の良家からの婚約の申し入れが増えるだろうからと。それに治療も仕事のうちだから気にしないで欲しいと言っていました。」
「私たちが縁談の話を取り下げるとでも?」
「ええ。」
「·····ホーヴェット家の人間は欲がないからな。」
「····それに、彼女はまだ婚約解消の傷が癒えていないのでしょう。」
「·······。」
「まぁいい。彼女には公爵家の一員になってもらおう。」
「ええ、私が全力で守りますわ。」
「俺達もアウロラ嬢に虫が寄ってきたら、直ぐ追い払うから。」
「ジョッシュも頼んだぞ。」
「承知致しております。」
こうしてこの夜、グルーバー公爵家の人々が、アシェルとアウロラの婚約に向け、一致団結している事をアウロラは知らない。
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