54 それぞれの想い
「毎日お祈りに来られているのですね。何かお悩み事でもおありですか?」
あの日以来、カメリアは今日も神殿を訪れ祈りを捧げていた。
すると、頭からベールを被り、更にフェイスベールまで着けた女性神官が声を掛けてきた。
神官服の様相から高位ではなく、見習いか何かなのが分かる。
「あ····はい。願い事はございますが、ここ数日通っておりますのは、丘の上の別邸にご滞在中のグルーバー公爵家の方々から、こちらの神殿に何かお申し出があれば補佐させて頂く為にこちらに待機しております。」
「補佐?」
「はい、こちらの神殿はグルーバー公爵家から援助を受けておられるそうで、先日そのご挨拶に私も神官様と共にご挨拶に伺いました。グルーバー公爵家は王家に次ぐお家柄。サルマ神官様もこの国にいらして日が浅く、更に他の方も貴族の出ではないようですので、万が一不敬があってはならないからと、ご滞在中はこちらの神殿の補佐を行うよう、トーリー男爵様から仰せつかっております。」
実際は、男爵からそうする様に言われた訳ではなかった。
ただ、別邸にアシェルが滞在している間、どうしてもこの神殿から離れたくなかった。
逆に男爵家には、サルマ神官から引き続き頼まれていると話している。
その期間、お給金は出さないでいいなら仕事を休んで神殿に通って構わないと言われていた。
少々話に無理があるのは分かっている。
それでも来ない訳にはいかなかった。
「まぁ、あなたはグルーバー公爵家にお詳しいのかしら?」
「そうですね。あちらの別邸にも何度か伺った事があります。」
「そうでしたか。それにしても何か必死にお祈りをされていましたよね。お時間があるようでしたら、気晴らしにお話し下さい。何か力になれる事があるかもしれません。」
「もしかして、あなたがルイーズ様ですか?サルマ神官様が辺境伯領からいらしたと。」
「ええ、そうです。でもその事はご内密に。王都に居ると、色々厄介な方に付きまとわれるので。」
「厄介な方?」
カメリアが訝しげにしていると、ルイーズはフェイスベールを取り、カメリアに顔を見せた。
カメリアは目を見開き驚いた。
フェイスベールの下のルイーズの顔は、今までにない程整っていて、まるで女神の様に美しかった。
カメリア自身、男爵の目に止まる位には容姿が整っていて、それなりに自信もあった。
しかし目の前のルイーズは格が違った。
ああ、そうなのね。ルイーズ様のこのお顔なら、しつこく自分のものにする為、囲い込もうとする貴族がいてもおかしくないわ。
カメリアは納得する様に頷いた。
「恋のお悩みですか?」
ルイーズの問いに一瞬言葉が詰まる。
確かに彼女なら、色んな男性が言い寄って来るだろうし、カメリアよりも若いが経験は豊富そうだ。
彼女なら身分違いの恋をどう乗り越えるだろうか?
ふと話が聞きたくなる。
「叶わない想いですが·····。」
カメリアはルイーズに、出自を悟られる事のないよう言葉を選びながら、自分の事を語り始めた。
◇◇◇
「ふふふ、面白いわね。」
粗方カメリアの置かれている状況と叶えたい想いを聞いたルイーズは、はじめにそう呟いた。
「え?」
先程とは違う口調でそう言われて驚くカメリアを余所に、ルイーズは言葉を続けた。
「一度名乗り出るべきでしょうね。」
「ですが、今では身分が違います。近づく事もままなりません。」
「カメリアさんは2ヶ月後、王宮で王太子殿下のご成婚の儀があるのをご存知?」
「はい。」
「私も先日聞いたばかりなのだけど、この期間だけ、王宮が下女を募集しているそうなの。」
「下女を?」
「ええ、国内外の招待客が会する訳でしょう?下働きの下女が足りないらしいの。ちゃんと身分を保証した紹介状があれば、この期間だけだけど、王城で働けるそうよ。」
「そうなのですか?」
「グルーバー公爵家の皆様も当然ご出席でしょうから、どこかで上手く抜け出して、運が良ければ声を掛けられるかもしれないわ。」
「運······。」
「元々切れたご縁なのでしょう?運にでも掛けなければ、望んだ幸せは掴めないでしょうね。それで駄目だったなら、諦めた方が宜しいわ。あなたは可愛らしいですし、その内いいご縁もあるでしょう。」
いいご縁·····。
それは期待出来ない。このままだと男爵の愛人にされてしまう。
それに、そうなったらいつか奥様に殺されるわ。
でも奥様は、王城で働ける様に紹介状は書いて下さるはず。
屋敷に戻ったら、早速お願いしてみよう。
「でも、もし王城でお声掛け出来たとして、お側に居られる様にする為に、何を話したらいいでしょう?」
「そんなこと。助けを求めればいいのよ。男爵の愛人にされそうだと。そうでなくても奥様に殺されそうだと。」
「助けを求める······」
「実際、今の状況から抜け出したいと思っての事なのでしょう?それに助けを求めている人を無下にはなさらないでしょう。あとは雇ってもらえる様にすがりなさい。」
「すがる······。」
「そう、出来るだけ惨めに、みっともなく。あなたにはそれしかないでしょう?あなたが貴族のお嬢様だった頃をご存知なら、なおさら効果的だと思うわ。」
確かに、アシェル様はお優しい方。それはきっと今も変わらないはず。
アシェル様のお側に居られるなら、ここが踏ん張りどころなんだわ。
頑張らないと。
それにしても、ルイーズ様は私より年下のはずなのに、何かとても長く生きている様な風格がある。
不思議な方·····。
でも助言を下さったお陰で、王城に潜り込めさえすれば、上手くいく気がする。
「ふふふ、頑張ってね。」
私はルイーズ様に感謝を伝えると、トーリー男爵家に戻り、早速奥様に王城へ紹介状を書いてもらえる様に懇願するのだった。
◇◇◇
何かとてもいい香りがする。
心が落ち着く、優しい香りだ。
暖かい光に柔らかく包まれているのが分かる。
そっと目を開く。
そこには亜麻色の髪をリボンで一つにまとめた美しいアウロラがいた。
どうやら眠っていたらしい。
それもアウロラの膝枕で。
そう、膝枕で······。
結局、別邸に仕事を持ち込んでいるものの、折角昼間時間が出来たのだから、治療を夜ではなく昼間してもいいのではないか、とジョッシュがニヤつきながら提案してきた。
アウロラも1日2回治療出来たら尚いいと同意し、何時も通り部屋で行うかと思いきや、芝生を楽しむ庭に勝手に準備し、勧められるがままいつの間にか膝枕という状態に·····。(侍従達はクッションを持って来るのを忘れたと言ったが、わざとだろう。)
屋敷の人間は勘違いをしている。
ホーヴェット家に縁談の話はしたが、まだ何も決まっていないという事を。
正直、公爵家の申し入れを子爵家が簡単に断る事は出来ない。
だがアウロラの気持ちを無視したくはない。
だから無理強いはしないつもりだ。
だが、この状況を考えるに周りは囲い込もうとしているのが見え見えだ。
当のアウロラは私の治療の事以外、おそらく何も考えていない。
そんなアウロラは、まだ私が目を覚ました事に気付いていない。
視線は何処か遠く······。
アウロラの纏う雰囲気から、グリフォニア辺境伯領へ行ってしまった元婚約者の事を考えているのかもしれない。
思わずそっと手を伸ばしアウロラの頬に触れてみる。
アウロラが私に気付く。
「お目覚めですか?」
柔らかい、包み込む様な微笑み。
アウロラが先程まで何を考えていたとしても、今この時の彼女の視線は私だけに向けられたものだ。
随分と欲張りになってしまったと心の中で苦笑いしながら、半仮面を着けていない素顔で自分も微笑み返す。
「寝てしまっていた様だ。すまないアウロラ。重いだろう?」
「いえ、お気遣いなく。アシェル様の疲れが取れるなら何時でも致しますから。」
アウロラにしてみれば、この事さえも医療行為なのだろう。
言葉を間違えれば離れていってしまうかもしれない。
でも、もう離すことは出来ないよ。離れないで欲しい。
穏やかで優しいひと時とは裏腹に、初めて心に沸き上がる激しい独占欲に、アシェル自身も戸惑うのだった。
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