51 侍従達の願い
私の名前はジョッシュ·ハウアー。
伯爵家の4男として産まれた。
4男となると、引き継ぐ爵位も領地もないので、グルーバー公爵家の執事となった。
父は長年、グルーバー公爵家の主治医を勤めており、公爵家からの信頼も厚かった。
グルーバー公爵家に悲劇が襲ったのは、嫡男アシェル様が12歳の頃。
王宮にて、オーウェン王太子殿下の誕生会が行われた際にそれは起こった。
パーティーの来客の中に他国からの刺客が紛れており、王太子殿下の飲み物に毒薬を盛ろうとした。
その直前で王太子殿下本人に見つかった刺客は、その毒薬を王太子殿下にかけて逃げようとした。
それを庇ったのがアシェル様だった。
そのまま意識を失ったアシェル様は、直ぐ様王宮の一室に運ばれ、王宮医師と公爵家専属の父とで治療を行った。
1週間後、意識を取り戻したが、その後も高熱が続いた。
それから1ヶ月後、漸くベッドから起き上がるまでに回復したが、毒のかかった右側の頬と手には、生々しい瘢痕が残ってしまった。
本来ならその時、医·薬学研究棟のディセック教授や、教授と繋がりのあるホーヴェット家に協力を仰ぐべきだったのだろう。
しかし父達は、医療の最高技術を持つとされる王都の医師という、一部の権力者の身勝手なプライドのせいでそれは叶わなかった。
アシェル様にとっては悲劇でしかない。
同じ歳だという事で公爵家に出入りを許されていた私は、父と共にアシェル様の治療を手伝う事になった。
その後の治療もそれ以上効果を出せないまま、結局顔と手に大きく残ってしまった瘢痕を隠すために、アシェル様は半仮面と手袋を着けるようになった。
アシェル様には2つ年下の婚約者がいた。
アシェル様が10歳、令嬢が8歳の頃婚約した。
名はカメリア·バーネット伯爵令嬢。
その父親は当時、外務卿をしていた。
栗色の美しい髪にエメラルドの瞳。クルっとした目が愛らしかった。
またとても人懐っこく、淑女らしからぬと叱られながらも、アシェル様に何時も笑いかけ、公爵邸の広い庭を手を繋いで、アシェル様を連れまわす様な活発な令嬢だった。
そんなカメリア嬢も2年も経つと落ち着き、所作も美しくなったが、彼女の明るさは変わらないままだった。
アシェル様もカメリア嬢をとても大切にしていた。
当然、アシェル様が毒に倒れられ面会謝絶となっても、手紙や花を送ってきてはアシェル様を元気づけ、回復を祈っていた様に思う。
だから私達公爵家に仕えている者達は皆、何処か安心してしまっていた。
そしてそれから半年後、アシェル様の快気を祝うパーティーを、王家主催で王宮で行う事になった。
また、王太子殿下を身を挺して守った事に対する褒章の授与も行われた。
婚約者のカメリア嬢もこのパーティーに呼ばれた。
アシェル様が毒を受けて倒れて以来、久しぶりの対面となった。
カメリア嬢はアシェル様の半仮面と手袋を着けた姿を、どこか緊張した面持ちで見ているのが分かった。
「アシェル様、ご回復されて良かったです。」
そう言うカメリア嬢の声は涙声だった。
それを見ていた周りの招待客達の眼差しは、これからも2人が支え合って成長する事を期待する暖かいものだった。
両親に促され、カメリア嬢はアシェル様の元へと歩み寄る。
その時、緊張のせいか、カメリア嬢の足がもつれ、そのままアシェル様の前に倒れ込んでしまった。
それを支えようと、手を差しのべるアシェル様。
その時カメリア嬢が思わず手を前につきだしてしまった為、近づいたアシェル様の半仮面に、手を強くぶつけてしまった。
一瞬の出来事だった。
カメリア嬢の手により半仮面は撥ね退けられる様な形で外れ、床に落ちた。
倒れ込んだカメリア嬢を近くで支えたアシェル様の顔が、カメリア嬢の目の前に晒された。
「いやあああああああああああ!!」
今まで聞いたことのない様な絶叫だった。
アシェル様を押し退け、後退り、カメリア嬢はしりもちをついた。
そしてまるで化け物を見ているかの様に、表情は恐怖に戦き、泣き出してしまった。
アシェル様は咄嗟に片手で顔を覆う。
それを見た王太子殿下は、直ぐ様床に落ちている半仮面を取り、アシェル様に手渡した。
「令嬢を連れていけ。」
息をのむ招待客達を牽制する様に、王太子殿下の冷たい声が響き渡る。
私もアシェル様の元へと駆け出し、王太子殿下と共にアシェル様を控え室に連れて行った。
この事はアシェル様の心に深い傷となって残った。
その後、バーネット家から謝罪を受けるも、グルーバー公爵家は直ぐにそれを受け入れる返答をしなかった。
そして主催者側だった王家も、面目を潰された形となってしまった。
その影響か、バーネット家に対し監査の手が入る。
今回の事に対する牽制の意味もあったのだろう。
すると取引が禁じられている嗜好品等の品々が、数ヵ国に渡ってバーネット伯爵家の手引きで取引されている事が判明した。
その為バーネット伯爵は外務卿の任を解かれ、爵位返上と領地没収、国外追放となった。
当然カメリア嬢との婚約も破棄された。
和解出来ず離ればなれになった2人。
次期公爵と平民。2人はもう会うことはないだろう。
それ以降、笑顔を失ってしまったアシェル様。
少し落ち着いてからは、婚約の打診は何度もあった。
しかしアシェル様の心を暖かく包む様に愛してくれる者は現れなかった。
あれから10年。
アシェル様はアウロラ嬢と出会われた。
アウロラ嬢は月の女神の様に美しく、且つ研究棟に在席する程聡明で、そして何よりアシェル様の治療に対して、ひたむきに取り組まれている。
皮肉なことに、アシェル様が毒を受け、今日まで回復していないといった状況にならなければ、アウロラ嬢と出会う事もなかっただろう。
公爵邸の中庭にあるガゼボに、爽やかな風が吹き抜ける。
そこにある2人の姿は絵に描いた様に美しく、そして何より穏やかだ。
アウロラ嬢に出会って再び取り戻したアシェル様の笑顔を、これからも守っていきたいと強く願う我々だった。
◇◇◇
王都の外れにある小さな神殿。
中には創造神パパドプリョスの像が天窓の光を受けながら、静かにたたずんでいる。
そして祭壇を前に、ひたすら祈り続ける女性が1人。
「最近よくおいでになられますね。何かお悩み事でもあるのですか?」
老齢の神官が声をかける。
「はい·····昔、許されない罪を犯してしまい、とても大切な方を傷つけてしまいました。」
「······悔いておられるのですね。」
「はい、出来ることならその方のお側で、一生をかけて償わせて頂きたいと思うのですが·····。」
「お会いするのが難しい方なのですか?」
「はい。最早平民となった私が近づく事など出来ないお方なのです。ですから今は祈る事しか。」
「······どのような事情かは分かりませんが、あなたはその方を愛しておられるのですね。」
「はい。私が間違えなければ、今もお互いに愛し合っていたはずなのに。」
「そうなのですね。ここは創造神パパドプリョスの神殿です。あなたの願いが神に届けば、きっとお会い出来る機会が巡って来るでしょう。」
「はい······。」
そう応える女性の目には、うっすら涙が浮かんでいた。
「また参ります。」
「はい、神殿は何時でもあなたを受け入れますよ。」
「有難うございます、神官様。」
「あなたの名前を伺っても宜しいですか?」
「はい。私の名はカメリアと申します。」
「カメリア様、あなたにパパドプリョス神の加護があらんことを。」
神官の言葉にその女性は、花がほころぶ様に美しく微笑んだ。
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