50 アシェルの治療 ④
「アシェル様、この後の湯浴みの後にお時間を頂いて、マッサージをさせて頂ければと思いますがいかがでしょうか?」
「「「 !! 」」」
「·······。」
アウロラの無防備な言葉に、その場にいた全員が一瞬固まる。
それから皆の視線が一斉にアシェルに集まる。
アウロラに言われて一瞬目を見開いたアシェルだったが、アウロラの汚れのない眼差しを見ると、少し困った笑みを見せた。
「アウロラ嬢申し訳ない。これから再び宮廷に戻らねばならない。帰りは深夜になるかもしれない。」
「まぁ、そうなのですね。では今から厨房に行き、蒸留水機で蒸留水を作っておきます。お戻りになりましたら、お声掛け下さい。大丈夫だとは思いますが、初めてですので、活性炭をお飲み頂く場に立ち会わせて頂きたいと思います。」
「そうか·····すまない、出来るだけ早く戻る。」
「明日は学園もお休みですし、研究棟にも話をしています。どうぞお気遣いなく。」
本来なら、明日以降に、と言う方がいいのかもしれない。
しかし、常に忙しいアシェルとの時間を都合良く取れるはずもない。
少し強引かと思われるかもしれないが、アウロラは今夜から治療を始めるべく、この様に進言した。
アシェルの表情を見るに、アウロラの気持ちが伝わっている様に見えた。
その後、早々に説明を切り上げ、アシェルを送り出した後、アウロラは早速厨房に行き、蒸留水機の説明を行い使用を始めた。
それからアウロラは先に湯浴みを行い、サブリナに侍女服の様に簡素で動きやすい服をお願いした。
すると、さすがサブリナ。この屋敷でアウロラが調合作業等を行うかもしれないと、そういったワンピースと白衣を数着用意してくれていた。
早速栗色のワンピースに髪は後ろで三つ編みでひとつにまとめ身支度を整えたアウロラは、アシェルが帰って来るまで勉強をしていた。
◇◇◇
そして日付をまたぐ頃、アシェルが戻った事を知らされた。
アウロラは夜番の侍女に、グラスを2つとスプーン、蒸留水を用意するようお願いし、再び呼び出しが来るのを待った。
やがて侍女が来て、アウロラをアシェルの部屋へと案内してくれた。
声を掛け部屋に入ると、湯浴みをしたアシェルが軽装でアウロラを迎えてくれた。
「遅い時間にすまない。」
「いえ、今日もお疲れ様でした。私の方こそ、お疲れのところ無理を言ってすみません。」
「いや、待っていてくれて嬉しいよ。有難う。」
そう言ってアシェルは微笑む。
あまりに美しい笑みにアウロラの頬も思わず緩む。
「では早速、そちらの1人掛けのソファーにお座り下さい。」
アウロラは特に緊張する事もなく手早く準備する。
「 毒味も兼ねて、お先に失礼します。」
アウロラはそう言うと、容器から活性炭を小匙で軽くすくい「量はこれ位です。」とアシェルと侍女に見せ、それから一旦紙の上に乗せると、その紙からそのまま口に運び、グラスの水を飲んだ。
「蒸留水を十分飲んで下さい。ではアシェル様、どうぞ。」
そう言ってアウロラはスプーンをアシェルに渡す。
そしてアシェル自身に活性炭をスプーンですくわせる。
「これ位だろうか?」
「はい。活性炭の量は多ければいいというものではないので、毎日夕食後、少なめを意識して飲んで下さい。」
アシェルはアウロラの言葉を受け、活性炭を渡された水で飲んだ。
「それから今、湯浴み後ですが、瘢痕の状態はいかがでしょうか?痒みはありますか?」
「少し熱を帯びた感覚がある。」
「そうですか。ではこちらの痒み止めを塗らせて頂きます。ですがその前に、仮面をお取り頂いても宜しいでしょうか?右手と顔の瘢痕の一部に、念のため薬を少量塗らせて頂いて、15分程おき、拒絶反応がないか確認させて頂きます。そして待つ間、まず左手のマッサージを行います。」
アシェルは淡々と進めるアウロラに流されながら、仮面を取り素顔をさらす。
アウロラは顔と手の瘢痕の一部に、軽く薬を塗る。
少しとろみのあるその薬は塗るとスッと肌に浸透し、馴染んでいった。
「ではこのまま少し時間を置きます。塗った箇所から痛みや痒み等が出てきたら教えて下さい。お待ち頂く間に左手のマッサージを致します。右手はマッサージが刺激になるかもしれないので、状態が少し良くなりましたら行う様にします。では失礼します。」
アウロラはアシェルの側で膝をつき手を取ると、指を1本1本マッサージしていった。
それから両手で手を包み掌を揉むと、今度は腕を掴む様にして、手首から肘、肘から脇の順番で押し上げる様にマッサージしていく。
「気持ちいいな。疲れがとれる様だ。」
「ふふ、良かったです。マッサージしていると、アシェル様がいかにお疲れかが分かります。」
「そうなのか?」
「はい。疲れると身体の免疫力が落ちますから、薬だけでなく、こういったマッサージも必要です。」
アウロラはそれから首から肩にかけて上から下に押し下げる様にマッサージをした。
「ではアシェル様、申し訳ございませんがおみ足に触れてもいいでしょうか?」
「·····いや、令嬢にその様な事は。」
「治療の一環です。関係ありません。どうぞお気遣いのなき様。」
アウロラはそう言うと、アシェルの足を取りマッサージをし始める。
足は手のマッサージと同様に指、足裏、そしてふくらはぎも下から上に押し上げる様にマッサージしていく。
「先ほどの腕や肩、そして足ですが、この様に身体の中心に向かって血液を流すようなイメージでマッサージして下さい。もし、時間がないようでしたら、熱めの湯に手や足を2分ほど浸けるのも効果的です。」
そう言って振り向くと、何となく空気と化していた侍女が慌ててアウロラの言葉に反応する。
「しょ、承知しました。それから薬を塗ってから30分以上が経過しております。」
「そうでしたか。有難うございます。アシェル様、薬を塗った部分はいかがでしょうか?違和感はございませんか?」
「ああ、特にない。」
「そうですか、良かったです。では今から患部に薬を塗りますね。」
アウロラは一旦手を洗い、消毒した後薬を手に取る。指ですくい、まず顔から優しく薄く塗っていく。
塗られている途中、アシェルは始めは目を瞑っていたが、気がつくとアウロラをじっと見ていた。
アウロラは一瞬アシェルの美しい紫水晶の瞳に惹き付けられる。
本当に美しい方だわ。
この瘢痕は、確かに他の人にとっては、酷く恐ろしいものに見えるだろう。
驚かれるのも仕方がないのかもしれない。
アシェル様は、今までどれほどお辛い気持ちで過ごされた事だろう。
でもこれさえ目立たなくなれば、アシェル様ほどの方は、きっと放っては置かれないだろう。
アシェル様を求める令嬢も多く現れるだろう。
瘢痕の治療が上手くいって良くなって、心置きなく、アシェル様が心を通わせられる方と幸せになって頂きたいな。
治療させて頂く機会を得たんだから、私が頑張らなきゃ。
決意を込めてアシェルの瞳を見返す。
そして右手の甲の瘢痕にも薬を塗っていく。
「アシェル様が良くなります様に。」
塗り終わってから、アウロラは最後に両手でアシェルの手を握り、祈るように呟いた。
それを見つめるアシェルの瞳が揺れる。
「今夜はこれで終わります。この調子で取り敢えず1週間続けて頂いて様子を見ます。今からお休み頂いて、もし夜中痒みや痛み等、体調に変化が出ましたら、直ぐにお声掛け下さい。それではアシェル様、私はこれで失礼します。」
アウロラはそう言い、アシェルに礼をすると部屋を出て行こうとした。
「アウロラ嬢、部屋まで送ろう。」
アシェルはそう言うと仮面を着けようとする。
「あっ、アシェル様、仮面はおやめ下さい。薬が完全に乾くまでお着けになりません様に。そのお気持ちだけで。お身体の為にどうぞ早くお休み下さい。」
「·····すまない。アウロラ嬢、有難う。」
「いえ、アシェル様。ふふ、私の事はどうぞ呼び捨てで。それでは、おやすみなさいませ。」
「おやすみ·····アウロラ。」
そう言って、アウロラは侍女を伴い、部屋へ戻って行った。
残されたアシェルは片手で顔を覆い、深くソファーに座る。
「これは·····好きになってしまうだろう····。」
何気に、ため息混じりにそう呟いたアシェルの言葉を、テーブルを片付けに来た侍従に聞かれていたことを、アシェルは気付いていない。
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