46 公爵邸にて ②
アシェルはゆっくり半仮面を取った。
少し離れた場所で控えている侍従達が、息を潜めたのが分かった。
仮面の下を診るに当たって許可をもらえたなら、せめて部屋の中でだと思っていたので、アシェルが抵抗もなく、いや、そう感じさせない風に仮面を外した事にアウロラは少し驚いた。
「アシェル様、半仮面をお取り下さり有難うございます。では拝見させて頂きます。」
アウロラはアシェルの行為に感謝しながら、痕を確認する。
毒はおそらく右頬にかかったのだろう。
右頬は紫色に腫れ、右目の目蓋も美しい二重の左目と比べると腫れており、一重になっている。
「失礼ですが、右目の視力はどうなのでしょうか?」
「見えてはいるが、左目よりも視力は劣る。実は仮面の眼の部分には眼鏡のレンズが嵌め込まれている。」
アウロラはそれを聞くと、紙にアシェルの瘢痕の状態を書き留めていく。
「アシェル様、こちらも触れさせて頂いても宜しいでしょうか?」
その言葉に周囲はぎょっとするが、アウロラは全く気付いていない。
「はは、構わない。」
「では失礼します。」
アウロラは腰を上げ、躊躇なくアシェルの両頬を両手でそっと包む様に触った。
アシェルの目がちょっとだけ瞬いた。
左頬に比べ、右頬が熱を持っているように感じる。
「有難うございました。·····この毒の種類は分かっているのでしょうか?」
「正確には分かっていない。」
「そうですか。アシェル様は活性炭を口にされたことはございますか?」
「いや。確かホーヴェット領で最初に作られたとは聞いている。」
「はい、祖父が考案しました。現在、研究棟で量産中です。それでアシェル様の現在の状態を私なりに診断させて頂きますと、受けられた毒は、まだアシェル様の体内に残っていると思われます。その為治療として、まず活性炭やその他日々の食事等を通じて、毒素を体外に出す必要があります。もし宜しければ、今回の診断内容から検討される治療法を調べてまとめ、後日報告させて頂ければと思いますがいかがでしょう?」
「なるほど。ではお願いしよう。。」
「有難うございます。それから治療法をご提案させて頂くにあたって、主治医の先生にご同席頂ければ、ご意見を頂くことも可能かと存じますが······。」
「それなら心配いらない。あそこに控えている執事のジョッシュの父親が私の主治医でね、彼は医師でもある。彼が引き継ぎ、薬の管理と投与については調整してくれている。彼が同席すれば問題ないだろう。」
「そうですか。では、まとめ次第ご連絡させて頂きます。今日はお招き下さり有難うございました。」
アウロラは早速帰って作業に取りかかろうと席を立つ。
アシェルは苦笑しながらも、見送ってくれた。
アウロラには、アシェルの瘢痕について心当たりがあった。確か記録を領地より持って来ていたはずだと、記録を確認したくて逸る気持ちを抑えながら、馬車の窓から景色を眺めていた。
アシェル様の力になれたらいいな。
縁談の話は、完全に頭の中から消えていたアウロラだった。
◇◇◇
「アシェル様、今日は縁談の為の顔合わせだったのでは?」
アウロラの馬車が見えなくなるまで見送る主に、執事のジョッシュが問いかける。
「完全に診察と化していましたが。」
「ああ、そうだな。」
アシェルは苦笑する。
だが嫌な感じはしない。
「さすがホーヴェット家のご令嬢ですね。今までも仮面をとって顔を見せて欲しいと言ってくる令嬢はいましたが、触るまで要求されるとは。」
紫水晶の瞳を持つ公爵家のアシェルに、毒を受けた後も縁談の話は何度もあった。
しかし、実際顔合わで会ってみると、毒の瘢痕を嫌がられたり、子供に影響が出ることを懸念されたり、瘢痕がうつると恐れられたりと、結局先方から色々理由をつけられ婚約に至ることはなかった。
「しかしアシェル様がホーヴェット様と話されている時、随分と柔らかい表情をされていましたね。確か一度お会いになっていらっしゃるんでしたよね?」
「ああ、宮廷で迷っている所を話しかけた事がある。ただあの時は特徴的な眼鏡を掛けて、髪はきっちり三つ編みしていたからな。卒業パーティーでの話は聞いていたが、実際今日見て驚いた。」
「はい、研究棟の研究員達がざわついているという話は聞いていましたが、おそらくホーヴェット様の件でしょうね。あれだけ美しい方で研究棟に出入り出来る程の優秀な方となると、研究一辺倒で結婚を意識していなかった者にはいい刺激になってるでしょう。」
「はは、そうだな。」
あまり表情を変えない主の変化に、ジョッシュは内心大いに驚いていた。
◇◇◇
アウロラ·ホーヴェットか······
今回のサミュエル殿下の処分に巻き込まれた令嬢の1人。
王家が縁談を取り持つとは聞いていたが、まさか彼女との縁談が自分の所に来るとは思っていなかった。
だが悪い気はしない。
子爵になったばかりの家ではあるが、今や国の医療の柱になりつつあるホーヴェット家の令嬢。
技術を欲しがる他国からの縁談も考えられる所、そうなっていなかったのは、彼女が早々にペータース家と婚約を結んでいたからだ。
それがない今、釣書が押し寄せている事だろう。
しかし自分が好ましいと思っているのは、そういう事だからではない。
宮廷で出会った時。
少し慌てておろおろしている姿。
普段なら従僕に任せる所、妙に彼女の仕草が可愛いと思ってしまった。
この私が·······。自分でも意外だった。
声を掛け、ホーヴェット家の令嬢と聞いて納得してしまった。
あの家系の人間は変に貴族前とした所がなく、かといって品がない訳でもない。
論文を書き上げる程の研究熱心な所も尊敬に値するし、応援したくなる。
令嬢と話して、これ程心穏やかになった事はなかったな。
陛下には『今更かもしれんが、折角だから毒の痕も診てもらえ。』と言われた。
ホーヴェット家の人間だから傷痕や病気を診る事には慣れているだろう。
それでも反応が気になった。
そして今日、陛下から言われたというのを理由に、まず手の痕を見せた。
控えている侍従達は長年私を支えてくれている信用の置ける者達だ。
彼等もアウロラ嬢の反応を気にしているのが、ひしひしと伝わってくる。
彼女は瘢痕を見ると少し驚いた様子だった。
そして手に触れていいかと許可を求めた。
私が了承すると、躊躇なく手を取る。
そして眉を潜めた後、診察を始めた。
体温を確かめる様に指先を触る。
そして話ながら無意識なのか、両手で指先を暖めるようにして包み込む。
彼女の予想していなかった行動に私は驚いた。
続いて半仮面の下の瘢痕も見たいと言ってきた。
その時は何故か、自分から早く見せたい気持ちになっていた。
了承の返事もしないまま仮面を取る。
彼女はまたしても眉を潜める。
そして再び触る許可を求めてきた。
了承すると、彼女は立ち上がり私の顔を両手で包み込んだ。
なっ······。
彼女の体温がゆっくり伝わってくる。
人の体温を感じるのは何時ぶりだろう。
彼女の目を見れば、その眼差しは真剣だった。
何かを必死に突き止めようとする眼だった。
それが自分に向けられている事だと思うと、純粋に喜びが沸いてきた。
嬉しいと感じるのも久しぶりだな。
そして彼女の手が自分の顔から離れていく時、名残惜しさを感じる。
ああ、彼女が欲しいな。
その時生まれた感情に、誰よりもアシェル自身が驚いていた。
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