43 縁談
卒業パーティーの日以来、アウロラの周辺は騒がしくなった。
パーティーに参加し、あの出来事を目の当たりにした面々から話が広まっていったこともあるだろう。
しかし、一番の要因はアウロラが変わったこと。
アウロラは眼鏡を外した。
きっちりとピンで固定され分けられた前髪も、きつく結んだ三つ編みもやめた。
今では、前髪は両サイドに流し、少し波打つ癖のある亜麻色の髪を後ろで緩く三つ編みにひとつでまとめて結んでいる。
一見こちらも地味な髪型だが、緩く結ぶことで見える後れ毛が妙に女性らしさを感じさせるものらしく、男子生徒達がざわついている事をアウロラは知らない。
すっかりアウロラの盾となっているエリナは、子猫を守る親猫の様に周りの男子を威嚇していた。
リリィとマリーも周りの変わりように驚きながらも、学園内ではアウロラに寄り添ってくれている。
その状態は研究棟でも同様で、研究一辺倒の者達がアウロラを目にするや、二度見する程の驚きようだった。
そして未婚の者や婚約者が決まらない者は一様にそわそわして落ち着かない。
それもその筈で、美しさに加え、学生の身ながら褒章を授与され、且つ注目度の高いホーヴェット家の令嬢となれば尚更である。
実家から結婚をつつかれている者を筆頭に、他国からの毒の侵攻に備え、昼夜作業に追われる者達の興奮剤になったのか、皆妙にギラついていた。
それから春休みに入り、アウロラは1日の多くをアウロラに与えられた医·薬学研究棟の一室で過ごす事が多くなっていた。
「アウロラさん、ご実家から生物研究棟にお手紙が届いてましたよ。」
ここ暫くアウロラは解毒薬の調合作業に追われいた。
余計な事を何も考えることなく、ひたすら作業に没頭出来る事は、今のアウロラにとって何よりの事だった。
手紙をわざわざ届けに来てくれたマシューの声で、漸く集中していた意識を解く。
「マシューさん、すみません。お忙しい所有難うございます。」
「いえ、気にしないで下さい。それよりもアウロラさん、身体は休めていますか?」
「え····あ、はい。ここで集中して作業しているせいか、寮に戻り課題を終えると、さすがに疲れてるみたいで、何も考えず、すぐ眠れます。」
「そうですか·····今度一緒に街に出掛けませんか?あ、レベッカとネイサンにも声を掛けて。評判のケーキ屋さんがあるみたいなので。」
「まぁ、嬉しい。是非行きたいです。」
アウロラのほころぶ笑顔にマシューの心臓は撃ち抜かれる。
「うっ····で、で、で、では、行けそうな日が分かったら教えて下さいね。」
マシューは誘っておきながら勝手にパニックになり、そそくさと生物研究棟へ戻って行った。
アウロラは手元の手紙を開封する。
それには兄セオドアから、王都の屋敷に直ぐに戻るよう書かれていた。
◇◇◇
「縁談ですか?」
研究棟に断りをいれて、夕方王都のホーヴェットの屋敷に帰ると、父エイダンと兄セオドアが待っていた。
普段地方に出ていない2人が揃っている所を見ると、婚約破棄の話を聞いた時を思い出す。
縁談と言っても良くない話なのだろうか?
それにしても、ルークと正式に婚約解消したのは卒業パーティーの翌日。それから間もなくルークがグリフォニア辺境伯領に向かったと聞いてから、まだ1ヶ月も経っていないというのに驚きだ。
「婚約解消したばかりだというのに、もう縁談なんてと思うだろう。それがどうしたものか····まぁ、見てみなさい。」
エイダンがそう言うと、家令のオーソンが箱を持ってきた。
見るとそこには20枚ほどの手紙が入っていた。
「もしかして、これは全て縁談絡みですか?」
「ああ。卒業パーティーの翌日から届き始めてね。地方に治療や何やらで出ている事が多いから、セオドアが居る時にたまに紳士だけの集まりに出る位で、録な社交はしていなかったからね。こういう時はどうしたものか。」
そうでした····母も次兄のメイソンと領地で多種に渡る薬草作りに邁進していて、王都で社交なんて全くしていないはず。
治療の要請を受け赴いた領地の貴族達との個別の付き合いはあるものの、それ以外の情報は把握しておらず·····。
「アウロラもまだ気持ちが落ち着いた訳ではないから、オーソンから上手く断りの手紙を送ってもらう事にしたのだか、一つどうしても直接対応しなければならない所があってね。」
「はい·····。高位の方からもお声が掛かったのですか?」
「ああ、それも陛下からの推薦もあってな。」
「ええええぇ!?それは·····というか、もうそのお方には取り敢えずお会いしなければならない状況なのですね······。」
「アウロラ、大丈夫か?」
「はい······それでどなたなのですか?」
「それは······アシェル·セラ·グルーバー公爵令息だ。」
「はい?公爵家ですか?·····か、か、家格が合いません。我が家は子爵になったばかりじゃないですか·····あ、じ、侍女ですか?侍女の募集じゃないですか?我が家のことですから、どなたか身体を悪くされている方のお世話とか。」
「陛下とグルーバー公爵からはアシェル様とアウロラを婚約させたらどうかと。」
アシェル·セラ·グルーバー様······
『アシェル·セラ·グルーバーだ。そんなに緊張しないで大丈夫だよ。』
いつか言われた言葉が蘇る。
背の高い黒髪の半仮面をつけた男性。
見える部分の顔の造形は人形の様な色白さで美しく、神秘的な印象の方······。
「あの、アシェル·セラ·グルーバー様は半仮面を付けられた、紫水晶の瞳をお持ちの方ですか?」
「そうだ。公爵家な上に紫水晶の瞳をお持ちだという事は、王位継承権をお持ちだという事だ。その様な方をどうして······。」
「昨年の中頃まで王太子殿下と遊学されていて、王太子の側近でいらっしゃる方だ。アウロラはよく知っていたね。」
「以前、宮廷に伺った時、迷ってしまって。その時アシェル様が出口までエスコートして送って下さいました。」
「お会いしたことがあったのか?」
「迷った所を助けて頂いたのか?で、アシェル様と直接話したのか?」
「はい、とても美しい方で、緊張していた私にとても優しくして下さいました。」
「王太子殿下とアシェル様とは学年が同じで、学園でたまにお声掛け頂いた事はあるんだが、あの方は直接人と関わる事は避ける方なんだが····。半仮面をされていただろう?あれは昔、毒殺されそうになった王太子殿下を庇って、自らその身に毒を受けられたんだ。顔から手にかけてだったかな。その跡を隠す為に半仮面と手袋を付けられている。」
「そうなのですね。」
「今研究棟では、様々な毒対策がとられているだろう?ホーヴェットの領地でもアウロラはよく毒の治療に対応していた。その事を陛下もグルーバー様もご存知な様で、ついでにアウロラに一度見てもらいたいとも言っている。」
「既に宮廷医師や公爵家お抱えの医師に見ていただいているのでしょう?私なんかがお役に立つかどうか····。」
「ホーヴェット家は常に医療、医薬の最前線で治療を行っている。アウロラもその若さでずっと携わってきたんだ。その辺りの知識はそう引けを取らないと思うよ。」
えぇー·····そうなのだろうか。
「折角の王家と公爵家からのお話を私達がどうこう出来ないなら、せめて縁談というより、お茶の席で毒の治療についてお話をさせて頂く位の感じでお会いさせて頂くのはどうでしょう?」
「そうだな。いくらなんでもアウロラが公爵家の妻になるなんて、そんな重圧には耐えられないだろう。取り敢えず、お茶の席を設けるという方向で話を進めよう。」
「はい、宜しくお願いします。」
あぁ、何だかとんでもない事になってしまったわ。
でもアシェル様の毒の傷痕は、力になれたらいいな·····。
アシェル様にお会いする日程は父エイダンに任せ、取り敢えず研究棟とホーヴェットの屋敷を行き来しながら、アシェル様にお会いする席で失礼のないように、改めて礼儀作法を叩き込まれるアウロラだった。
そして数日経ったある日、研究棟にある手紙が届く。
それはスフィア·ミュランダン侯爵令嬢からの呼び出しだった。
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