42 それぞの場所で
卒業パーティー後の話に戻ります。
ガタン····ガタン····
一定のリズムを刻みながら、馬車は街道を走っていく。
意識がゆっくり浮上する。
どのくらい眠っていただろうか。
王都を離れて10日が過ぎ、家屋もまばらな田舎の道を20名ほどの騎士を引き連れた一行が通り過ぎていく。
辺境伯の馬車にしては簡素な装飾だが、悪くないクッションの座席。
これも辺境伯領へ続く道だからだろう。
単なる田舎道ではなく、しっかり整備されたものだった。
グリフォニア辺境伯の影響力を強く感じる。
この世界はいつ生まれ変わっても、技術の発達は緩やかだ。
それでも当時この道は馬車で行き交うには狭く、荒れた場所が多かったのが、今は広く、がたつきも少ない。
しかし移動手段も生活環境も代わり映えしない。
医療技術は少し進歩した様だが。
まるでこの世界観が何かに維持されているかのように感じる。
それにしても、今回は上手くいっていたはずだった。
懸念していたテンセイバの影響は、特に感じなかった。
では200年前はやはりあの女が原因だったのだろうか?
今回はどうだろう?
はじめは皆好意的だった。
あのまま上手くいけば、サミュエルやディランの寵妃として、王家に迎え入れられていたはず。
何時から違和感を感じただろう·····。
ルークははじめから私に興味がない様子だった。
まぁ、そういう人間もいるだろう。
途中からダンテも思うような態度でなくなった気がする。
シャーロット?スフィア?
いや、彼女達は負け犬だ。
私に手出し出来なかった。彼女達の影響ではない。
ふと卒業パーティーでのルークと元婚約者のダンスを思い出す。
美しさに皆が釘付けになっていた·····。
まさか····。
不思議とあの女の顔が思い出せない。頭に靄がかかったかのように。
まぁ、いいわ。結局ルークは私のものになった。
未だ私に心を向けていないようだけど、今は邪魔する者はいない。
ゆっくりその心を絡めとっていけばいい。
辺境伯夫人も悪くない。
また次の生に備えればいい。
その為には何としてでも子供を作らなければ。
特に女の子。
私は自身の血を引き継いだ女性からしか転生出来ない。
夫になる人間が駄目なら他の男でも構わない。
とにかく子供を作らないと。
私がいつか女王になるその日まで······。
「ルイーズ様、よくお休みでございましたね。」
向かいに座る女の名はエマ·カールトン、わざわざ王宮から私付きで派遣された侍女だ。
ここまでの道のり、彼女と接してきたので分かるが、王宮で働く侍女の中でも優秀であっただろう、きめ細かい仕事ぶりに感心する。
「あなたも共に辺境伯領に行くことになるなんて、とんだ貧乏くじを引いたものね。」
「こちらで不自由がないようにとの殿下のお心遣いです。」
「殿下?サミュエル?」
エマは薄く笑う。
「それにしましても何かうなされていた様に見えたのですが、大丈夫でございますか?」
ああ、忌々しい昔の夢を見て表情が険しくなっていたのだろう。
「心配してくれて有難う。大丈夫よ。」
エマに軽く微笑み、再びぼんやり窓の景色を眺める。
やがて、高い城壁に囲まれた街が見えてきた。
城塞都市。
国境で未だ続く度重なる戦いの中、他国と独自に交易し、強化してきた結果出来上がった都市だ。
防御力なら王都を凌ぐと言われている。
検問を受け、一行は中に入っていく。
暫くすると、城内でも少し離れた場所にある神殿の前に馬車は停まった。
「着いたようです。」
エマに促され馬車を降りると神官が2人迎えに現れた。
神官達から軽く挨拶を受けると神殿内に案内された。
「失礼ですが、今から婚約式を行うのですか?」
「婚約式?」
「お聞きになっていらっしゃいませんでしょうか?私はこの度養子になられたルーク·グリフォニア様の婚約者としてこちらに参ったのですが。」
「それは伺っておりませんが。」
神官はルイーズの言葉に困惑の表情を浮かべる。
「エマ?」
「はい、ルイーズ様。婚約式は行われません。」
「いきなり結婚式を挙げるの?」
「いえ、違います。 ルーク·グリフォニア様とルイーズ様との婚約の話はなくなりました。寧ろご実家のオヴァフ家共々王都追放の命が下っております。」
「何ですって?どうして?」
「それはお振る舞いを振り返ればお分かりになるかと。今後、グリフォニア辺境伯様の許可なしには領を出ることは叶いません。こちらでは奉仕活動を。傷ついた者や病に罹った者達のお世話をして頂きます。」
何てこと······。
ルイーズは一瞬目の前が真っ暗になった。
◇◇◇
「王国の守護たる獅子、オーウェン王太子殿下にご挨拶申し上げます。」
「ああ、大神官、貴殿も忙しい身なのにすまないな。」
「いえ、先ほど報告があり、無事サミュエル殿下の去勢の手術が終わったと。」
「そうか。」
「お身体が回復次第、こちらのアザレア殿でお預かりさせて頂きます。」
卒業パーティーの後、サミュエル殿下は王位継承権剥奪の上、アザレアの刑に処せられた。
アザレアの刑は『節制』の花言葉の通り、去勢手術を行った上で俗世と切り離し、王宮と神殿を繋ぐ役割を与えられるものである。
王宮と神殿を繋ぐ役割と聞こえはいいが、実際はアザレア殿にある王家の墓守りと催事の手伝い程度のものだ。
基本的に高位の地位にあったものが、何らかの罪を犯した際、幽閉される場所のひとつとして使われる。
「サミュエル殿下はまだお若いのに残念なことです。王妃陛下はさぞお嘆きでしょう。」
「心労で体調を崩され、今は臥せっておられる。サミュエルは度々の王妃陛下の諫言も聞かず、女に惑わされ、他の令息達の中心となって振る舞った結果だ。こんな事で建国からの忠臣であるジェンセン公爵家を失う訳にはいかないからね。けじめは必要だ。それにあの調子だと再びあの女と接触するような事があれば、また同じ轍を踏みかねない。貴殿の親族であるアリア·ハンセン伯爵令嬢にも迷惑をかけた。」
「元婚約者のジョセフ·トルーソー伯爵令息は貴族籍を抜かれたそうです。」
「そうか。」
「シャーロット·ジェンセン公爵令嬢はどうなさるので?」
「他国の王族に嫁がせる話も出たがそれも惜しい。公爵と話して私の側妃に迎える事にしたよ。王太子妃になるアリーチェ王女は身体が弱く公務も難しいだろう。いずれ子が出来たら王妃の座を降ろし療養させる予定だ。それが本人の意志でもある。その時にはシャーロットが王妃となるだろう。」
「そうでしたか。シャーロット様が王妃となられるなら安泰でございますな。
では殿下私はそろそろ行かねばなりません。これにて失礼致します。」
そう言い大神官はその場を後にした。
オーウェン王太子はそのまま、歴代の王達の肖像画が飾られている回廊へと足を延ばす。
静かな回廊に王太子の靴音が響く。
やがて1枚の画の前で立ち止まる。
大きな国王と王妃の肖像画の斜め下に一回り小さい肖像画が飾ってあった。
プレートには『ケイレグ国王とカミーユ妃』の文字が書かれている。
黒髪の美しいカミーユ妃は王宮にある『あかずの間』にある肖像画と同じ顔。
そのカミーユ妃の手を握り、愛しげに寄り添う国王ケイレグ。
オーウェン王太子は目を細める。
「ケイレグ国王か·····。どう見ても私だよね。·····まぁ、この生で最初に出会えなかったのは残念だけど、君の幸せを陰ながら支えていこう。」
そう呟く王太子の声が静寂に溶けていったことを誰も知らない。
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